夢を諦めきれずフィリピンに渡った土山直純さんの強さを証明したい…『義足のボクサー GENSAN PUNCH』尚玄さんに聞く!
義足を理由に日本でプロボクシングライセンスを取れず、フィリピンに渡った青年の実話を基に描く『義足のボクサー GENSAN PUNCH』が6月10日(金)より全国の劇場で公開される。今回、尚玄さんにインタビューを行った。
映画『義足のボクサー GENSAN PUNCH』は、不条理な社会の中でもがきながら生きる人々を描いてきたフィリピンの名匠ブリランテ・メンドーサが、プロボクサーを目指して日本からフィリピンに渡った青年の実話を基に描いたヒューマンドラマ。沖縄で母親と2人で暮らす津山尚生(なお)は、プロボクサーになる夢を抱いているが、幼少期に右膝から下を失い、義足であることから、日本ではプロライセンスが取得できない。夢をあきらめきれない尚生は、フィリピンへ渡ることを決意。そこではプロを目指すボクサーたちの大会で3戦全勝すればプロライセンスを取得でき、さらに義足の尚生でも毎試合前にメディカルチェックを受ければ、ほかの者と同じ条件で挑戦できる。尚生はトレーナーのルディとともに、慣れない異国の地で夢への第一歩を踏み出す。沖縄出身で海外作品でも活躍する尚玄さんが主人公の尚生役を演じたほか、プロデューサーにも名を連ねた。
主人公のモデルとなった土山直純さんとは10数年前に東京で知り合った尚玄さん。2011年、東日本大震災の後に沖縄に移住しており、さらに親交を深めた。土山さんのバックグラウンドを聞き、逆境に負けず夢を追う姿に感銘を受け「いつか映画にしたい」とお願いしている。映画化に向け、尚玄さんのデビュー作である『ハブと拳骨』をプロデュースした山下貴裕さんに相談し、2人で監督候補リストを作成しリサーチしていく。撮影の大半がフィリピンであり、英語が話せて演出できる監督である必要があり候補が絞られ「外国人の監督にお願いした方が良いのではないか」と検討。仲良くしているシンガポールのエリック・クー監督(『家族のレシピ』)に相談すると「フィリピンのブリランテ・メンドーサ監督が最適だ」と教えられた。監督作品を観ていたが「まさか…」と半信半疑の中、2018年の釜山国際映画祭で紹介してもらう。以来、少しずつ監督にアプローチしていき「監督に決まってからは早かったですね。予算も確保できました」と順調に決まっていき「ようやく実現出来て嬉しかった。監督の世界ならではのキャストと共演できることは夢のような時間ですね」と感慨深い。世界中の映画人も、メンドーサ監督がボクシング映画を撮ることに驚いており、監督自身からも「チャレンジングな作品だ」と伺った。オファーした際には「彼の話は興味深い。どのように終わらせるか」と考えてもらっており、作品の全体像が未知である中で取り組んでいく。
出演者には台本を渡さないで撮影する手法を執るメンドーサ監督に対し、キャラクターづくりについては十分に話し込んだ尚玄さん。「土山さんは、どのような思いでボクシングに取り組んでいるのか。自分自身を証明すること、母親に対して見せたかったことを、自分の中で作り上げていこう」と果敢に取り組んでおり、自身のバックグラウンドを伝えた上で「僕と直純、2人の人生を掛け合わせた要素が詰め込まれています」と説く。ボクシングに関しては「とにかくやるだけだ」と意気込み、撮影の1年前から始めて、クランクイン前の数ヶ月は死に物狂いでトレーニングしている。「フィジカルは勿論ですが、メンタルの部分のアプローチも大事」だと心得て「日頃からボクサー達と過ごして、彼等がどういう思いを以てボクシングを始めてリングに立っているか、リサーチしながら組み立てていきました」と振り返る。義足に関しては、土山さんに協力してもらうと共に、右足が義足である陸上競技選手だった女性を紹介して頂いており、協力的に助言を頂いた。
外国での撮影経験も多くある尚玄さんは、フィリピンでの撮影が特別に大変だったとは感じていない。監督から台本を渡されない中で「常に演じるキャラクターでいないといけない。明日、どんなシーンを撮影するか分からない時もある。直前まで分からない時もある」と不安とプレッシャーを感じていたが「フィリピンを知っているメンドーサ監督ならではの拘りがあります。僕自身も、直ぐに演じられる役ではないので、現地で過ごして環境に馴染む時間を費やしたからこそ出来上がった」と達成感を得られた。とはいえ、撮影後は、しばらく役が抜けず「時間をかけて作り上げた役だったので、東京に帰って来ても、居心地が悪かった。東京での日常に馴染めなくて、無気力になってしまった」と告白。「右足が義足である」ということはマインドセットをかけていたので、特に役柄を抜けるのに時間を要した。自分自身でも意識していたので「メインスタッフ以外は僕が本当に義足だと思っていた方もいた。自分が役に入り込んでいて、自然に沸き起こっている感情もあった」と振り返った。
完成した作品を鑑賞した際には「こういう風になるんだな」と驚いてしまう。かなりの分量を撮影したが、大半の部分がカットされており「メンドーサ監督が撮ったボクシング映画は、余計なものを削ぎ落して出来上がって良かった」と満足している。尚玄さん自身は、義足に対しての描き方を気に入っており「東京国際映画祭で上映した際には『義足が活かされていない』というコメントがあったが、良い反応だと思っている」とポジティブだ。土山さんについて「自分の夢を諦めきれず、フィリピンに渡った。彼自身は、一人の男として、対等に自分の強さを証明したい。偶々、義足というハンディキャップがあるだけ」とメンドーサ監督もしっかりと捉えており、義足を誇張していない作品であることも好印象に伺える。土山さん自身は多くを語らない方ではあるが「東京国際映画祭で登壇しスピーチもして頂いた。彼自身、ボクサーだったことを言っていなかった時期もあった。現在は、SNSで自自身の半生が映画になったことを紹介しているので、喜んでくれているのかな」と安堵。尚玄さんは作品の中に思いを詰め込んでおり「ボクシングをテーマにしていますけど、父親不在の主人公と息子と疎遠になっているコーチによる師弟愛を描いたり、母親に対する思いも含めて描いたりしているヒューマンドラマだと捉えている。観てくれた人が素直に感じてもらえたら」と劇場公開を楽しみにしている。
映画『義足のボクサー GENSAN PUNCH』は、6月10日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田の大阪ステーションシティシネマで公開。また、京都・九条の京都みなみ会館でも近日公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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