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何十年も蓋をしていた記憶は、あまりにも壮絶な体験だった…『スープとイデオロギー』ヤン ヨンヒ監督に聞く!

2022年6月10日

自身の家族と北朝鮮の関係を描いてきたヤン ヨンヒが、韓国現代史のタブーとされている、“済州4・3事件”を経験した母の姿を追ったドキュメンタリー『スープとイデオロギー』が6月11日(土)より全国の劇場で公開される。今回、ヤン ヨンヒ監督にインタビューを行った。

 

映画『スープとイデオロギー』は、自身の家族と北朝鮮の関係を描いてきた在日コリアン2世のヤン ヨンヒ監督が、韓国現代史最大のタブーとされる「済州4・3事件」を体験した母を主役に撮りあげたドキュメンタリー。朝鮮総連の熱心な活動家だったヤン監督の両親は、1970年代に「帰国事業」で3人の息子たちを北朝鮮へ送り出した。監督は、父の他界後も借金をしてまで息子たちへの仕送りを続ける母を見ながら、なぜ兄たち三人皆を北朝鮮へ行かせてしまったのか、と心の中で責めてきた。年老いた母は、心の奥深くに秘めていた1948年の済州島での壮絶な体験について、初めて娘に語り始める。アルツハイマー病の母から消えゆく記憶をすくいとるべく、監督は母を済州島へ連れて行くことを決意する。

 

1995年、『ディア・ピョンヤン』を撮り始めた頃から自身の家族をカメラで追い続けたヤン ヨンヒ監督。「娘のカメラに撮られることは慣れている」と認識していたが「済州4・3事件」については、長年語られてこなかった。韓国社会において、1980年の光州事件は長年タブーだったが、少しずつドラマや映画になり日本でも知られるようになっている。だが、「済州4・3事件」は韓国の歴史上において最大のタブーとして長年扱われてきた。「1948年4月3日の1日だけで出来事ではない。1年前の1947年の3月1日の済州島での集会から警察と軍による弾圧が始まり、市民の不満が爆発する。1948年4月3日に済州島のハルラ山で武装蜂起が起きたことをきっかけに、「赤狩り」の名の下、島民に対する無差別な殺戮が敢行される。子供や妊婦までも殺され、村には火を放った焦土化作戦だった。日本の植民地支配から解放された半島に対するアメリカと旧ソ連の分割統治は始まった、半島の南での出来事だ。米軍政下、半島の南半分での単独選挙を実行するために、それに強く反対した済州島民を見せしめのように虐殺したのだ。大阪府ほどの大きさの島で3万人が殺された。「韓国国民は長年に渡って独裁政権に反対する民主化闘争を続けてきた。しっかりと国を変えないと、少しぐらい戻されても、あの恐ろしい時代に引き戻されないようにしないといけない」と韓国人の友人からよく聞かされたことを明かす。

 

2009年に父が亡くなり、初めての一人暮らしをするようになった母は、考える時間が増え、娘に様々な昔話をするようになった。2010年頃、『かぞくのくに』を準備している時期に母が「済州4・3事件」について曖昧ながら少しずつ語り始めていく。『かぞくのくに』で俳優達と仕事している娘の姿を見て、ようやく映画監督と認めるようになり「自分達の話を映画に出来るんやな」と実感し「こんな映画も出来るよ」とおもしろいエピソードを沢山聞かせてくれるようになった。母が途切れ途切れに語る「済州4・3事件」についてもヤン監督はカメラを回していく。しかし「何十年も蓋をしていた記憶なので、一気に出てこない。少しずつ断片的に話していった。あまりにも陰惨な内容だったので驚いた。でもオモニの証言だけでは長編作品にはならない」と受けとめ、短編作品を考えていた。

 

また、フリーライターの荒井カオルさんと親しく付き合うようになり、結婚の申し入れのために、母に挨拶したい旨を告げられ「『ディア・ピョンヤン』が好きな彼。『日本人は駄目』と云っているのが、気になったのかもしれません。オモニに挨拶しにいこうとするチャレンジ精神は、コメディ映画みたいだから、撮ってみよう」とひらめく。だが、母は迎える準備をしており、歓迎ムードだった。「済州4・3事件」と、新しい家族を迎える、という二つのトピックによって、長編作品となる可能性を感じ、さらにカメラを回していった。

 

2017年11月、韓国の済州島から、済州4・3研究所の研究員が来阪し、母は3時間も喋っていく。ヤン監督は「昔の記憶をどこまで掘り起こせるだろう?」と気がかりだったが「皆さんエキスパートなのであり、長年かけて膨大な量の生存者の聞き取り調査を国内外で実施し、DNA鑑定まで整理している。オモニが話すキーワードをすぐさま裏どりして、記憶の正確性をチェックしていた」と説明した。その後、母の認知症が進んでいく。2018年4月、3人で済州島を訪れたが、記憶は戻らず。「あまりにも辛い記憶なので戻らなくても良かったかな。良い瞬間だけでも画に収められたので」と自身を納得させながら「もう少し早い頃に当時の出来事を理解していれば、オモニにもっと聞けたかもしれない」と悔やみながらも「1本の映画が出来たので納得するしかない」と気持ちを整理していた。「済州4・3についての入門編的な作品として、さらに理解を深めていくきっかけになれば。忘れられない台詞やシーンが必ずあってほしい」と願っている。

 

なお、「済州4・3事件」について、当時を伝えるニュース映像は入れたくなく「10代の頃のオモニが見た光景を表現するべく、紙芝居のようなアニメーションにしたい」と考え、絵本作家のこしだミカさんの原画を検討。「こしだミカさんが絵本作家として活躍する以前から、彼女の絵が大好き。独特で力強い。大地に根を張っている力強いタッチに惚れてます」とべた褒めだ。編集は韓国で行うことを決め「アニメーションと編集作業で1年ぐらいかかるかな」と想定していたが、コロナ禍によって、濃厚接触者が1人出ると2週間も作業が止まってしまう等、思うように進まなかった時期もあった。だが「寝かせる時間を持てた」と前向きに受けとめている。KOFIC(韓国映画振興品)からの助成金を得て、アニメのスタッフの人件費に充て、日本でのクラウドファンディングを実施し、夫となった荒井さんの協力を得て、完成に至った。現在、作りたい作品の構想は十分にあり「今後は劇映画。オリジナルを手掛けたい」と意気込んでいる。

 

映画『スープとイデオロギー』は、6月11日(土)より全国の劇場で公開。関西では、6月11日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場や心斎橋のシネマート心斎橋、京都・烏丸の京都シネマで公開。また、神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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