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コミュニケーションが苦手で、何かを作りたい気持ちを上手く発散できない10代だった…『ミューズは溺れない』淺雄望監督と上原実矩さんに聞く!

2022年11月19日

美術部員の女子高校生達による、コンクール受賞作品と作品のモデルをめぐる少女達が育む心の動きを繊細に描く『ミューズは溺れない』が11月19日より関西の劇場でもロードショー公開される。今回、淺雄望監督と上原実矩さんにインタビューを行った。

 

映画『ミューズは溺れない』は、アイデンティティのゆらぎや創作をめぐるもがき等、葛藤を抱えながらも前進しようとする高校生のひと夏をみずみずしく描いた青春エンターテインメント。高校で美術部に所属する朔子は、船のスケッチをしている最中に誤って海に転落。それを目撃していた美術部員の西原が「溺れる朔子」を題材に絵を描いてコンクールで受賞したうえ、その絵が学校に飾られることに。さらに新聞記者から取材を受けた西原は、朔子をモデルに次回作を描くと勝手に発表する。悔しさから絵の道をあきらめた朔子は、代わりに新たな創作に挑戦しようとするが、物事が思うように運ばない。そんなある日、美術室で西原と向き合った朔子は、なぜ自分をモデルに選んだのか西原に疑問をぶつけるが…
本作の監督は、大九明子監督などの下で助監督を務めながら中・短編を製作してきた淺雄望さん。朔子役は主演作『この街と私』で注目された上原実矩さん、西原役は『ジオラマボーイ・パノラマガール』等で活躍する若杉凩さん。上原さんは第22回TAMA NEW WAVEでベスト女優賞、若杉さんは第15回田辺・弁慶映画祭で俳優賞をそれぞれ受賞した。

 

関西では、昨年開催の第15回田辺・弁慶映画祭で初上映された本作。コロナ禍で現地には監督だけが招待され、紀南文化会館大ホールで上映された。コンペティション部門入選作品の監督達とキネマイスター審査員による厳かな鑑賞の後、アフタートークが開催される流れが粛々と執り行われ、淺雄監督は「大丈夫かな、笑ってくれぇ」と不安に。「全ての賞を取ってやるぅ」という意気込みで挑み、最終的に、弁慶グランプリ・観客賞・フィルミネーション賞・俳優賞を受賞。監督自身が存分に作品を気に入っており「何も貰えなかったとしても平気だな」という心意気だったが、名前を呼ばれた時は驚き、頭が真っ白になっていた。

 

10代の頃を振り返り、淺雄監督は「コミュニケーションが上手く出来なかった。何かを作りたい気持ちがあったが上手く発散できなかった。抑圧やジレンマ、もがきを感じていた。人生に絶望しかけていた」と告白。当時の苦しみを思い出したが「映画を通して救ってもらった。映画というエンターテインメントを通して、現実を忘れられた」と感慨深げだ。しかし「映画を撮りたいと思った時、自ずと誰かと一緒に何か作業をしないといけない。無理やり関係性を構築しないといけない」と認識し「その関係性を作っていくうちに、お互いに救い合える関係性に出会えた」という喜びがあった。これまで短編作品を数本制作し「暗かった10代から映画を通して救われてきた全てをこの映画にぶつけたい」と本作の企画を練っている。2012年頃から「絵を描く人と絵を描かれる人の話をやろう」とプロットを描き続け、次第に「モデルと画家の関係がライバルだったらいいな」と着想。2016年頃からは「モデルの子も絵を描く少女だったらどうなるんだろう」と考え、ある日突然に「主人公が溺れているところを絵が上手い子に書かれてしまったらどうなるんだろう」と”シーン1”が出来上がり、そのまま最後までシナリオを書き上げた。

 

キャスティングにあたり「私自身、コミュニケーションが得意ではない。オーディションをするのは苦手だなぁ」と困惑。インターネット上で各事務所のプロフィールを拝見している中で、上原さんの写真と出会い「カメラ目線で、目力が魅力的な御写真だったので、是非会いたいな」と切望。翌日には事務所にアポイントメントを取り、事前にシナリオを読んでもらった上で会った時には、朔子のイメージそのものだった。オファーされた上原さんは、監督を前にして劇中のやり取りを演じてみせており「自分が朔子として臨んでいた。脚本を読ませて頂いた時、朔子に対して違和感がなかった。他人のようには思えなかった。自分にも血が通っている感覚があったので、監督に会いに行った」と振り返る。初対面の段階では、シナリオレベルで共感できることを伝えたが、撮影現場では、さらに違った気持ちが生まれていた。2019年の夏に撮影しており、当時は20歳の上原さんだが「まだ10代に足を突っ込んでいる時期、やさぐれていたのが良かったかな」と懐かしみ「監督からは、朔子や作品に対しての愛情を感じる。朔子だけじゃなく、他のキャラクターに対しても、淺雄さんの脳内ピースのような要素を感じていた。それらを手繰り寄せながら作っていた」と明かす。最初に脚本を読んだ時には、変な役作りをしよう、とは思わなかった。淺雄監督と会った時、少しだけ茶髪だったことから「ビジュアルを寄せていく作業で苦労した。制服を着ながら現場で近づいていった」と外見からも役作りを重ねており「シナリオを読んで理解していたことが、実際に演じてみることで違和感が生まれ疑いを持ち始め、自分が想像していたものと違っていると気づきながら、少しずつ朔子になっていた」と思い返す。朔子のことが分からなくなった時に現場でもがいたが「朔子の心理と似ていた。皆さんに様々なことを言われ困惑するのは朔子だった」と発見し「脚本を読んで理解した時は自分だけど、現場に入って分からなくなる。朔子として現場にいるので、彼女が分からないからこそ、その状況に自分を置いているので、それこそが朔子だったかな」と気づかされた。

 

シナリオ執筆段階から朧気に朔子のイメージがあり「私は誰よりも朔子のことを知っている」と確信していたが、上原さんが現れると「私の知らない朔子を演じている。朔子は存在していた」と気づき「上原さんを通して朔子を発見していった。助けられている」と実感。初対面では、絵を描かれるシーンを演じてもらい「不機嫌そうに椅子を持って来て座るシーンについて指示を出さずとも自然とやってくれた。体の動きがおもしろいな」と興味津々。その理由を尋ねてみると「自然と身体が動きました」と云われ、興味深くなり「この人を通して朔子を知っていこう」と脚本を書き直していく。自身と照らし合わせ「私には朔子的な部分がある。八方美人だったり、友達に言いたいことが言えなかったり。抑圧を抱えているけど、外に出せなかった」と10代の頃を思い返し「私の10代の頃の思いを投影して作り出していった朔子というキャラクターが、上原さんに演じていただくことでよりリアルに、人間味を持って現れた。朔子って実在したんだなぁと嬉しくなりました」と感慨深い。

 

若杉凩さんについて、淺雄監督は「ミスiD2017」の動画を偶然にも発見。絵画が得意で、鉛筆を削って自分の思いを話す動画を見て気になり「体の線が細くて佇まいが頼りなげ。喋り出すと芯があり、強いものを持っている人だなぁ」というギャップも印象的で、会うことに。上原さんは、衣装合わせ兼リハーサルの日に初めて会い「同世代だったので、顔を見たことがある」というレベルの面識だったが、リハーサルしていく中で、やり取りを重ねていった。リハーサルは2日間程度で、綿密に組み立てて演じる段取りではなかったが「朔子は様々な人に様々なことをいわれて、様々な状況下で彷徨っている」と脚本から感じ取り「周囲のキャラクターが強く、芯を持っているので、各々が捉えて現場に立っていた。皆に頼りながら、現場で朔子を構築していくことで関係性が出来上がった」と台本が役立っている。淺雄監督としては「いやいや、役作りのおかげです」と謙遜するばかりだ。なお、本作には、ジャンルを問わず様々な作品に出演している川瀬陽太さんもキャスティングされており「初めての仕事。ベテランの方なので、私よりも場数を踏んでいる。私は新人なので、様々な指示をするのが申し訳ない。撮影を重ねるにつれて、次第に汲み取って下さり、馴染んで演じて頂いた」と助けられている。

 

撮影は12日間という短期間の中で、淺雄監督がやりたいことが沢山あり「12日間で撮り切れるのか。12日間、皆が健康でいられるか」と心配だった。「低予算の自主制作映画で万全の環境を作れるわけではない」と認識しており「みんなの睡眠時間や休憩時間を削って撮影をしなければならないという状況にはしたくなかった。でも、自分の能力も、予算も決して十分ではなかったので、1人1人がしんどい場面もあったと思う」と振り返る。「撮影中は、誰一人怪我することなく撮影が終わればいいなと願うばかりだった。スタッフ、キャストの皆さんのお力添えあって、なんとか全てのシーンを撮らせてもらった。本当に甘えさせていただいて、助けていただいたと思う」。上原さんは、撮影後にメイキングを観て、当時を改めて思い出し「この現場を乗り越えたので、他の現場が怖くない。日数が少ない中で様々なことをやらなければならない。長編作品に初めて主演することでのプレッシャーがあったので、自分自身との戦いがあった」と振り返り「誰も現場を引っ張ってほしいという期待はしていないが、自分が立っていないといけない。嵐のような12日間だった。経験値として大きい」と体感している。

 

冒頭で描かれる朔子が溺れるシーンについて、上原さんは「淺雄さんに初めて会った時に『溺れてみて下さい』と指示され、溺れているような写真を撮ってもらい絵にしてもらった」と明かし「予行演習をしてディスカッションできた。あとは飛び込むだけ。水中でやるだけ。飛び込むこと自体は楽しい」と前向きだ。淺雄監督は「助かりました」とホッとしており「私は泳げないので、恐ろしい行為を役者さんに強いてしまっているな」と申し訳ない気持ちがあった。撮影では、一発撮りで一発OKとなり、上原さんが凄い笑顔で「涼しいです」と言って海から上がってきた姿を見て「頼もしいな」と更に信頼を寄せている。上原さんは「上手く落ちなきゃ」と意識し、スタッフの実演によって感覚を掴んだ。着衣状態で飛び込むので大変だったが「こんなに人がいるから、死ぬことはないだろうな。危うい時があっても誰かが助けてくれるかな」と安心感があり「楽しくやらせて頂きました」と飄々と話す。淺雄監督は溺れる演技を指示しておらず「とにかく無事に戻ってきてください」と伝えるだけだったが「難しいことを伝えて本当に溺れたら、どうしようもない。飛び込み方が素晴らしく、身体能力がある方」と太鼓判を押す。また、西原と朔子が喧嘩しながら階段を上がっていくシーンを撮った時には「二人の勢いやキャラクターがシーンに詰まっている。二人の関係性は、このシーンだけで全て表現できている。凝縮されて映画的なものが詰まったシーンになったな」と手応えがあり、さらに「カメラマンの大沢佳子さんが、撮り終えた後に「この映画は大丈夫だね」と言ってくれた」ことで本作への自信が高まった。

 

今作の中盤から朔子が作る船のオブジェについては、淺雄監督が美術の栗田志穂さんや造形の笹野茂之さんやカメラマンの大沢佳子さんに相談。物語の進行上で作っていき、壊して、作り直して…と段階毎にどういう見せ方をしたいか、と綿密に話し合った。「完成形イメージボードを作り、部品に何を使うかなどを決めた上で、制作過程を段階的にリスト化してクランクインした。撮影初日が船を作り始めるシーンだったので、上原さんにもどういう流れで部品をくっつけるかなどを相談しながら、撮影が進む裏で、少しずつ船を作ってもらった。」上原さんは、家や学校で撮影している中で、裏で作り上げられていく船を見ており「朔子の頭の中が具現化されているものであるので、要素が取り入れられている」と助けられた。淺雄監督は「電子基板が好きなんですよ。機械を壊して中身を確認するのが好きだった」と打ち明け、現場では、上原さんに「もっとニヤニヤしてください」と伝えており「最高の笑顔で演じてくれました」と絶賛。上原さんも「好き勝手にやらせてもらいました。楽しかったですね」と気に入っている。

 

編集作業は、撮影中から万遍なくずっと取り組んでおり、まずは荒編集レベルで繋ぎ90分弱の作品が出来上がった。更に精査する作業をしていき「リズムが出てきた時に映画になってきた。82分の完成版に向けてメリハリがついてきた。素材を見直すことで、何をいつどのように見せるべきか」と考え、編集を進めていく。リズムを掴めた時に朔子の表情が見え始め、一旦全部繋いで短くしてみることで「これはおもしろいぞ」と自信が湧いてきた。出来上がった作品に対して、観客からは真っ先に「役者の演技が素晴らしい」と云われ「でしょ」と満面の笑みだ。上原さんは試写で観た時に「淺雄さんが編集で私の演技を助けて頂いた。現場で立っているだけだと、演技力は足りているのかな、と不安だった。救ってもらって構築してもらっている。編集の力を感じた上で、評価されている」と感じた。東京では知り合いの方に観に来て頂き「皆さんが様々な角度から観て頂いた。映画には余白があり、それぞれの関係性に意味や思いがあり、受けとめてもらっている」と感じ取り「私視点でしかなかったものが、観てもらうことで視点が増えて感想が増えている。良い経験だな。私よりも朔子のことを知っているんじゃないか、と思わせてくれた。人によって意見が異なり新発見もあり得る」と作品の理解を深められた。本作は、様々な著名人からコメントを頂いており、淺雄監督は「尊敬する方々が、それぞれに映画の要素を汲み取って、各々の視点で話して下さった。私のやりたいことを詰め込ませてもらった作品ですが、一緒に作り上げてくれた皆のおかげで、たくさんの方が深い部分で受けとめて下さるものになったのではないかと思う」と感謝している。

 

淺雄監督は、自分自身が映画を作ることを通して救われてきた部分があり、本作を制作中にコロナ禍を経験し「不要不急という言葉に傷ついた。エンターテインメントの必要性を考え分からなくなった時期があった。改めて映画があることで救われている部分がある」と今まで映画に救われてきたことを見つめ直した。「映画をもっと作りたいし、映画を通して誰かを元気づけたり救いになったりするものになればいいな」という思いが改めて強くなり「自分の気持ちの変化や経験を今後も映画にしていきたい。何かしらを作っている人の映画を自分も作りたい」と創作意欲は高まっている。上原さんは「映画作りのおもしろさ、予期せぬことが起きても乗り越えて、映画祭での受賞がある。この3年間は私にとって成長できる経験をさせて頂いた」と感謝していた。現在は「ここがスタート地点。評価して頂いたからこそ、ここから歩き出す」と意気込んでおり「今作のメッセージを受け取ってもらい、嬉しい。一つ一つの映画との向き合い方が変わるタイミング。関わる作品には愛情を以て自分なりのメッセージ性を以て人の心が救える作品であればいいな」と今後を楽しみにしている。

 

映画『ミューズは溺れない』は、関西では、11月19日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォや京都・出町柳の出町座で公開。なお、公開初日には、シネ・ヌーヴォに淺雄望監督を迎え舞台挨拶開催予定。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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