困難な状況に直面させられている香港の人達と世代や国境を超えて連帯できる…『Blue Island 憂鬱之島』チャン・ジーウン監督に聞く!
自由を制限されていく香港を映したドキュメンタリーとドラマが融合した作品『Blue Island 憂鬱之島』が7月22日(金)より関西の劇場でも公開される。今回、チャン・ジーウン監督にインタビューを行った。
映画『Blue Island 憂鬱之島』は、香港の自由を求める闘いの歴史を描いた、香港・日本合作によるドキュメンタリー。一国二制度の理念が蝕まれ、市民の自由が急速に失われつつある香港。20世紀後半には文化大革命、六七暴動、天安門事件と、世界に波紋を広げた様々な事件に遭遇してきた。天安門事件を経験して自身を脱走兵と戒める林耀強(ケネス・ラム)、文化大革命を逃れ恋人と共に命懸けで海を渡った陳克治(チャン・ハックジー)、抵抗者から経済人へと変わった石中英(セッ・チョンイェン)ら異なる時代を生きた実在の3人を中心に、自由を守るために闘った人々の記憶を、ドキュメンタリーとドラマを融合させながら描き出す。監督は、香港の雨傘運動を題材にしたドキュメンタリー『乱世備忘 僕らの雨傘運動』のチャン・ジーウン。北米のドキュメンタリー映画祭「Hot Docs 2022」で最高賞に輝いた。
2000年代には、文化大革命に関する沢山の映画が日本でも上映された。ほとんどの作品は、歴史上の出来事として、いわばトップダウン型として描かれている。今作において、チャン監督は「歴史的な背景の下で個人がどのように経験し、どのような気持ちを抱いていたのか、個人的な角度から描いた」と違いを示す。
日本では2018年に公開された前作『乱世備忘 僕らの雨傘運動』の日本での配給が決まった2017年頃、雨傘運動が終わり、香港全体の空気感が沈んでいると感じたチャン監督は「過去の運動に対しても皆が関心を持っていない。ならば、こういった状況を記録する映画を撮ろう」と決断。前作のラストシーンで「これから20年後、30年後、今抱いている信念を抱き続けるか」と運動に参加した若者達に問いかけており、今作について「前作の続きである一面もありますが、かつての若者が香港で様々な運動や出来事を経験した人達に問いかけることで始まった。前作とは逆のアプローチで年配の方達に信じていた理念を今も信じているか」といった視点を以て2017年より撮り始めた。2019年には、香港で逃亡犯条例改正案に反対する大きな運動が起こり「私が映画を撮っている最中、考え方を変え、今の運動に参加した若者達を取り上げ、直面している困難な状況を、どのように映画を通して皆さんにお伝えできるか」と考えながら、構成を変更した一面もある。
なお、香港では、紀元前からなる中国の歴史を学校の教科書で習うが「香港の近現代史について書かれていても分量は少ない。香港人自身があまり香港の歴史を書かない。返還前はイギリス人が香港の歴史を書きます。返還後は中国の人が香港の歴史を書いている」と説く。「文化大革命や1967年の香港左派暴動、1989年の天安門事件は香港に大きな影響を与えたにも関わらず、香港の歴史教科書の中では、そんなに描かれていない」と気がつき「私達の周りにこういった出来事を経験した人は沢山いますが、我々は何故聞かなかったのか。彼等に聞かなかったので、分からなかった。映画の中でインタビューして、様々なことを聞いて学ぶことが出来る」と着想した。
とはいえ、香港左派暴動や天安門事件を体験した人達は多いが、語りたくない方も沢山いる。今回登場した方々は、いずれも新聞のインタビュー等で彼らの記事を読んだことがあり、取材のアポイントメントをとってみると、快諾頂き「若者に伝えるために、歴史的な出来事を映画の中で取り上げてほしい」という気持ちを受け取っていく。また、インタビューの際には、再現ドラマの制作についても受け入れてもらっており「彼らは、自身の経験や経歴に関して文章化し発表していた。その素材も翻案し映画に脚本化している。編集段階で、映画は香港では公開できないと思い、内々でラッシュ状態のものを見てもらった」と話す。
また、本作においてもデモの撮影を行っている。基本的には安全で平和なエリアで撮影していった。しかし、最前線のエリアでの撮影は危険が伴う。警察からの暴力は物凄く、沢山の催涙弾が発射されていた。一度だけチャン監督の胸辺りに直撃し、マスクをつけていても耐えられない状態に。「警察が使っている高圧な放水車から発射されている水には様々な成分が含まれ、肌に水がくっついて離れない」と明かしながら「現場で取材を続けている記者たちにも危険が及んだ。私も取材証明書を携えていたが、一度、警察が私を地面に押さえつけて、逮捕するべく脅迫されたが、長時間かけて交渉した末に理解され逮捕に至らなかった」と振り返る。
今作を撮っていく5年間の中で、香港の状況は次々と変化しており、チャン監督は制作の手法や考え方も変えていった。2019年に運動が終わった後、2020年には本作のエンディングを迎えるために、どういう方針で作るのか決める必要が迫られる。「ドキュメンタリー映画は、一つの時代や運動を記録しようとする時、なかなか終えられない時がある。タイミングとも密接な関係がある。いつ、どこで、どういう形で映画が完成させようと思うか、いつも変化していく」と踏まえ「香港は2020年に運動が終わった後、全体が困惑していた。香港はこれから何処に向かうのか、迷っていた。考えた挙句、本作のエンディングを思いついた」と告白。さらに、撮った映像を16日間かけて編集しており「編集過程は本当に辛かった。沢山のバージョンを編集したが、どれも満足できなかった。時間をかけて何度も編集し最終的に出来上がったのが本作。今年の3月に全ての作業が終わり、やっとこの映画が完成したんだ」と、5年間の努力が実った実感を得られた。
完成した作品を北米最大のドキュメンタリー映画祭「Hot Docs Canadian International Documentary Festival」でプレミア上映し「カナダに移民している香港人は沢山おり、我々香港人のアイデンティティを考えさせられるものがありました」と香港の方から良い反応が得られている。だが、香港以外の外国人は理解できるのか心配していた。審査員の方々は香港のことをよく知っていなかったようだが「香港が直面している状況をよく理解できた」と聞き、感激。「外国の観客が理解できるように、編集段階で苦労している。沢山の内容を盛り込みたいが、複雑過ぎて言いたいことが伝わらない可能性がある」という心配もあったが「何らかの形でメッセージをシンプルな形で伝えることによって香港の複雑な状況を映画の中でお伝えできれば」と願っていた。審査員のコメントを聞き「映画の中にある普遍的なメッセージ、困難な状況に直面させられている香港の人達はどういう気持ちでどういうことをやり遂げようとしているのか、世代を超えたコミュニケーションがどのように図られるか、再現ドラマを通じて世代間のギャップを埋められ連結できる」と確信が得られている。
今後も「香港をテーマにした映画を撮りたい。今、香港は言論の自由が失われつつあり、このような状況下での香港の真実とは何か、ずっと取り扱っていきたい」と話しており、構想中である作品の一つとして「LGBTQに関するドキュメンタリー映画をドラマを描くような形式で撮ろうと思っています」と挙げてもらった。
映画『Blue Island 憂鬱之島』は、関西では、7月22日(金)より大阪・梅田のシネ・リーブル梅田や京都・烏丸の京都シネマで公開。また、神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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