家庭の中だけの問題ではない。苦しんでいる子供たちが現在進行形で存在している…『詩人iidabii ある宗教2世の記録』松井秀裕監督と津田友美監督に聞く!
特定の信仰を持つ家庭で育った、“宗教2世”の詩人iidabiiを追ったドキュメンタリー『詩人iidabii ある宗教2世の記録』が7月25日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開される。今回、松井秀裕監督と津田友美監督にインタビューを行った。
映画『詩人iidabii ある宗教2世の記録』は、特定の信仰のもとで育った、いわゆる”宗教2世”の朗読詩人であるiidabii(イーダビー)さんが、自らの過去と傷、葛藤をさらけ出す姿をとらえたドキュメンタリー。言葉の力、魂の叫びを全身で解き放つ朗読詩人のiidabiiさん。親が信仰する宗教の中で育ち、疑問を抱くことさえ許されない幼少期を過ごした彼は、やがて”詩”と出会う。複雑な生い立ちと吃音というハンデをもつ彼にとって、詩は沈黙の中で感情を叫ぶ武器となり、自分自身を再定義する手段となる。そしてその詩は、社会の片隅に生きる人々と深く共鳴していく。本作ではそんなiidabiiさんの人生の軌跡と創作の過程を3年間にわたって記録し、信仰と家族と言葉、そして自由をめぐる物語を描き出す。監督は、テレビのドキュメンタリー番組を数多く手がけてきた松井秀裕さんと津田友美さん。
報道系のTVドキュメンタリー番組を手掛けるメディア・メトル 株式会社を経営している松井秀裕さん。番組の企画を立て、TV局に提案し、番組として採択された後に制作し、放送後に売り上げとなるビジネスを営んでいる。時流を読み、社会問題、時事問題、国際問題、経済問題、ヒューマンドキュメントといった様々な番組の企画を立てて作って放送するのが事業だ。2022年7月8日、安倍晋三銃撃事件が起こり「何事が起こっているのだ」と思い、そこから「報道系の番組で、”宗教2世”に関する問題を取り上げられないか」と検討。描き方も含め、主人公となる人物を探し始めた。そこで、何人もの宗教2世の方からヒアリングを行いながら、ポエトリーリーディングの活動をしている詩人のiidabiiさんと出会うことに。10月8日に菊池真理子さんの 『「神様」のいる家で育ちました〜宗教2世な私たち〜』についての出版記念会で、iidabiiさんに初めてお会いし、映画化の企画等もない中で取材が始まった。
当時、メディアはこぞって宗教2世の人達を取材しており、YouTubeを中心に活動していたiidabiiさんへの取材も多く、あくまでその中の1つとして取材を受けてもらうことに。当初は、TVドキュメンタリー番組の企画として想定し、そのための取材を行っていった。どのような内容になるか、も分からず「次は、どこで何をしますか」「今は、何に取り組んでいますか」と方向性を定めようとしながら、取材に伺っていく。津田さんも、宗教2世についてはニュースで見聞きすることはあるものの「どういった方がどのような体験を実際にしたか、本当のことが分からない」と認識しており、松井さんのiidabiiさんへのアプローチは最後まで慎重に行っていった。津田さんは、iidabiiさんのプライベートに関する領域には立ち入らないように「プライバシーの関することは絶対に守っていかなきゃいけない。 誰も傷つけちゃいけない」と戒め、御家族への取材に関しても「番組から映画にシフトするにあたり、作り方や手法が全て変わる。それまでの撮影素材があり、映画にするための足りたいピースを埋めるためには、どのような取材が必要になるか」とiidabiiさんと共に検討し、可能な範囲で交渉している。松井さんとしては、iidabiiさんとの関係性をフラットに保つことを心がけており「分からないことが多く、これはどのように受けとめるべきだろう、と悩んだこともあった」と打ち明けながらも「知らないことが沢山ある中で、気づかされることもいっぱいあった」と発見があったことを思い返す。
取材は、国会議員が2世信者を参考人として招致し意見を述べ、法整備や救済を訴えた現場でも行っている。当時は、TVドキュメンタリー番組化しようとしていた最中であり、報道系のスタンスで、iidabiiさんの行動を追いかけており、連絡を取り合いながら、国会に伺う旨を受け取った。そこで、iidabiiさんや主催の国会議員の方への許可を承諾した上で、取材に伺っている。松井さんは、この後にどのような展開になっていくか、詳しい事情が分からない中で撮影していた。その後、iidabiiさんは、親が信仰する宗教の日本支部まで伺うことに。その日、津田さんは初めてiidabiiと直接お会いした。「 駐車場で待ち合わせをして、”こんにちは”という感じ。すごく穏やかで”落ち着いた方だな”と思いながら、世間話をしていた」と振り返りながらも「今から何をやるのか、私もよく分かっていなかった。 すると、車からアンプ等の機材を出してきたので、こういう感じの方なのかな」とカメラを向けることに。そこで、作中に映し出されるパフォーマンスを見せつけられ「何故このようなことをするのかな」と疑問を抱いてしまう。「本当だったら来たくもない場所だと思います。どうして今このタイミングで…」と思い、尋ねてみると「こういうことはいつかしなきゃいけない、とずっと思っていた。新曲が出来たタイミングだったので、今がいいかな、と思って来ました」と落ち着いて話してもらった。とはいえ、直接的に訴える内容の詩であったことから、現場にいたジャーナリストの藤倉善郎さんと藤田庄市さんも「ここまで言葉が激しいのはあまりないよね」と驚くばかり。津田さんとしては「日本支部の前であれだけのことをやったので、騒ぎになったり、警察呼ばれたり、いざこざが起きたりしないか」と心配になったが、通行人の方も立ち止まらず横目で見て通りすぎる程度で「これが、現在の私たちが置かれている社会の現状だ、と皮肉にも体現している」と感じざるを得なかった。iidabiiさんから「見過ごされてきた」と聞いていたが「私も、知っているけど見ておらず、本気で向き合ってこなかった1人だった。現在はこういった社会だよな」と体感してしまった1日となった。その後、iidabiiさんは、2024年12月に開催されるポエトリースラムの全国大会を目指し、転々と朗読会をやっていくことに。松井監督は、2024年の夏頃に「映画にしよう」と決めており、それまでに1年半ぐらい追いかけた素材があったので「あと半年ぐらい取材して映画として完成させたい」とiidabiiさんに伝えた。そして、ポエトリースラムの発表会が終了した後、iidabiiさんは「パーティーが終わって」という詩を書いている。それまでは、宗教2世に関連した、過去の自身が体験した苦しさを訴える内容の詩が多かったが、「パーティーが終わって」の詩を聞いて、津田さんは「清々しい気持ちになった。今までの詩と全く違っていて、この詩で映画を終えられる」と直感。松井さんも、約3年の取材を通してiidabiiさんの詩を沢山見聞きしていたが「皮が一枚剥けた。今までのトーンとは全く違う」と察した。その後、最終的に2025年3月まで取材し、撮影を終えている。
編集作業は津田さんが行った。途中から参画した立場ではあるが「最も客観性を以て入った」と認識しているが「私自身もディレクターなので、企画段階からずっと携わっていると、どっぷりと嵌ってしまいます」と打ち明ける。撮影素材から、iidabiiさんのパフォーマンスを見た時に衝撃を受け「自分で編集しながら、国会のシーンでは、いつもウッと涙が出てしまうのです。 見過ごされた子供の心が壊れたら、もう二度と元には戻らない、という一言が、本当に突き刺さってきた。自身に言われているような気になり、その感覚を大事にしたい」と思い「このことを本当に知らなきゃいけないな」と実感。「こんな苦しいことは忘れた方が、第二の人生で、自分の人生を生きようと思える」と考え「iidabiiさんは過去のことを思い出すのに、何故そういったことを詩で表現するのか」と疑問に思うこともあった。だが「これは家庭の中だけの問題ではない。そこで苦しんでいる子供たちが現在進行形で存在している。児童虐待やネグレクトが行われていることが問題。子どもたちが信仰しない権利は、どのように守られるのか、に尽きる」とiidabiiさんが訴えたいことに編集しながら気づいていく。そして、問題の核心にふれていく中で「私たちが理解してきたプロセスを映画の中でも表現しよう。自分たちが感じたことを分かってもらえるのではないか」と検討し「可能な限り客観性を保ち、当時の自分が感じた衝撃を伝えられるようにできたら」と願い、完成させていった。
出来上がった作品について、まずは関係者試写を実施。iidabiiさんを含め出演者とスタッフ、そして、宗教2世の方々や関連するジャーナリストの方々に観てもらった。iidabiiさんからは「こんなにカッコ悪い主人公で大丈夫だろうか」と心配だったようだ。だが、宗教2世やジャーナリストの方々からは、本作にある価値を各々に感じ取ってもらった、と津田さんは実感していた。その後、iidabiiさん本人の変化も鑑み、その心情に近づけられるようにするため、主軸は変えずに編集してブラッシュアップさせ、メディア向けの試写会を迎えている。すでに、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで劇場公開しており、お客様からは「涙した」「見てよかった」「自分の過去と重なった」「色々と考え考えさせられた」と反応が良く、現時点では、会場では多くの好意的意見をいただけた。松居監督は「宗教2世のことも皆が忘れかけていたところがあるので、もう一度思い出したのではないか」と捉えており、開催したトークショー後の反応を目の当たりにしながら、安堵している。本作の第二弾について訊ねられることもあり「ある程度のお客さんに観ていただけることが実証できれば、この世界も自分たちにとってはありだな、と認識でき、次に向かいたい、と私自身は思っているのです。 私自身もテーマは山いっぱいありますが、また作ります、と宣言できない。ですけど、社会的なテーマ自体は沢山ある、と思っています。 自分でも沢山持っていますので、いずれは何らかの形でまたやるかな」と期待したいところだが「とはいえ、経営者としての責任がありますの、今すぐに次はこれをやります、と威勢のいいことは正直ちょっと申し上げられない」と真摯に語ってもらった。
映画『詩人iidabii ある宗教2世の記録』は、7月25日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。なお、7月25日(土)にはteppeiさん(from 梅田サイファー/ラッパー・映像クリエイター)と松井秀裕 監督と津田友美共同監督、7月26日(日)にはiidabiiさんと鈴木エイトさんと松井秀裕 監督と津田友美共同監督、8月5日(水)には京都府立大学文学部准教授の横道 誠さんを迎え、上映後に舞台挨拶を開催。
随分と大人になるまで宗教とはほぼほぼ無縁だった…というのは子どもの頃にあった感覚で、実際はキリスト教系の幼稚園に出入りしていたり、YMCAのサマーキャンプに参加したりと、近からず遠からずな距離感だった。それでも宗教のことは意識したことはなかった…ただただ近かっただけ。生まれた頃にあれこれ事件があり、信仰していない限りそこまで大っぴらに喋る人もいなかったのかもしれない。だからこそ、実際には周囲にいたかもしれない宗教2世である同級生の存在にも気づけていなかったのかもしれない。気づけていても、自分には何かできたとは思えないが、少なくとも世間と隔絶された彼ら彼女らの気付きの一つになれていたかもしれない。
仕事を始めて、奈良に住んだ。住み始めて10年経つか経たないか、そんな頃に通勤経路の中間地点で政治家が撃たれ死亡した。ニュースでも以前に比べて宗教関係の話題は耳にするようになっていたが、この事件を境に世界が変わったと思うほど連日の報道。どんなことであれ人を殺めてしまうのは駄目だが、宗教2世の置かれた状況を知りながら解決できなかった側にも責任の一端はあるのではないか?と感じた。様々な問題が入り組んでいたとしても取り組まなければいけない問題である。本当に困っているのか疑問を抱くことにばかり躍起になり、本当に困っている人のことを考えず、困っていない側の拘りで何も進展させる気がない話し合いを繰り返しているからなのではないか。私自身も人のことを言えたものではないが、年々増える自分なりの投票の決め手の1つとして考えるようにはなった。
信仰が悪いわけではない。それに頼る必要がある人はいるだろうし、健全な運営状況のそれは悪ではない。自分以外の人間に強制することは問題が起きやすく、子どもたちである宗教2世は逃げようがなく、自分の意志とは言えない状態で信仰を(ほぼ)強制されてしまうのはハッキリと問題だ。詩人のiidabiiさんは、離れることができたのにも関わらず苦しみ続けている。それがどういうことなのか。ただただ家庭の問題では済まない状況だと認識できないものなのか。ポエトリーリーディングのパフォーマンスも自身を削りながら、しかし吐き出さずにはいられない言葉たちがズシズシとのしかかって来た。彼は常に自分で道を切り開き、必死に走ってきたのだろう。その先で彼がたどり着いた2025年時点での現在地は、彼がさらに大きくなっていくきっかけのように感じた。そうだよな。どれだけ憎んでいても親なんだよな。
言葉にすると軽くなってしまうが、あなたは本当に凄いし、カッコいい。映画にはiidabiiさんのパフォーマンスシーンがコレでもかと詰め込まれている。気持ちが乗った膨大な言葉がとめどなく溢れていた。どうしたって溢れるその言葉の数々は力強く美しかった。多くの人に見られ、同じ環境にいる人の悩みに光を映画になる、と思っている。
fromブライトマン
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
- 最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

















