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起承転結のセオリーに従わない。思った通りのテンポでブレずに制作できた…『はこぶね』大西諒監督に聞く!

2023年8月29日

小さな港町を舞台に、事故で視力を失った男が、帰郷した幼なじみの女性と再会する様子を描く『はこぶね』が、「田辺・弁慶映画祭セレクション2023」の一作として9月1日(金)・9月2日(土)に大阪・梅田のシネ・リーブル梅田で公開される。今回、大西諒監督にインタビューを行った。

 

映画『はこぶね』は、新人監督の大西諒さんが、視力を失いながらも感性を失わずに生きようとする男が周囲の人々に影響をもたらす姿を描いた作品。事故で視力を失った西村芳則は、小さな港町で、ときに伯母に面倒を見てもらいながら生活している。かつて一緒に通学していた同級生の大畑碧は、東京で役者をしながら理想と現実の狭間で憂鬱なときを過ごしていた。ある日、西村は大畑と偶然再会する。窮屈だが美しい町を眺める2人は、その景色にそれぞれの記憶と想像を重ねていく。中途視覚障害の青年という難役でもある主人公の西村を、インディーズから商業作品まで数多くの作品で活躍する木村知貴さんが務めたほか、大畑役で高見こころさん、西村の伯母役で内田春菊さんなど実力派の俳優が共演している。若手監督の登竜門である第16回田辺・弁慶映画祭で弁慶グランプリ、観客賞、フィルミネーション賞を受賞し、主演の木村知貴さんにもスペシャルメンションが贈られた。また、第23回TAMA NEW WAVEでもグランプリおよびベスト男優賞を受賞するなど初長編作ながら高い評価を獲得している。

 

会社員時代に双極性障害を患った大西監督は、体の変化を感じ取り、自身の体との向き合い方に興味を持ち始めた。そうした自身の経験を踏まえた上で、伊藤亜紗さんの新書「目の見えない人は世界をどう見ているのか」を読み「ひとりひとり異なる身体的特徴や身体の変容は、世界の感じ方を変え得る」と捉えるようになり、本作を企画する。まずは冒頭のシーンが思い浮かび「主人公の芳則と叔母さんとの関係性に興味が湧いた」とワクワクしながら、脚本を書き上げていった。

 

30分程度を想定した短編映画の台本が仕上がり、インターネットで公開し、出演者を募る。そこに自主商業とらわれず数々の作品に出演してきた経験の豊富な木村知貴さんが応募してくる。そこで木村さんから様々な理由を挙げられ「一緒に長編化しないか」と提案を受けることに。元々は長編にするつもりはなかったが、本作の後半部分を書き足していった。人間の身体感覚に対する興味から企画し始めたこともあり、ストーリーの軸はブレることなく書き進められている。なお、最初は芳則の祖父が登場する予定はなかったが、長編化する段階で追加しており「認知症、体の老化等、比較的身近な身体の変化の中の1つとして、認知症の方が出てくると、話が転がりやすくなる」と説く。なお、大畑を演じた高見こころさんは、『かば』で木村さんと共演しており「脚本を一緒に作っていく中で、木村さんから、『彼女の演技を見てみてはどうか』と提案頂き、オーディションに来て頂いた」と明かす。

 

木村さんの役作りにあたり、東京・新宿にある支援センターへ一緒に訪問し、お話を伺った。ベテラン俳優である木村さんはスムーズに役作りが出来ており「先天的に目が見えないのか、後天的に目が見えるのか。場合によっても全く違う。芳則は後天的に目が見えないことで、イメージしやすい部分があったようだ」と受けとめている。芳則について、中途失明の代表者としては描いておらず「あくまで、芳則という一人の人物のパーソナリティがあった上での作品。彼が遭遇した経験の後にどうなるのか想像していきましょう」と慎重にキャラクターを作り上げていった。

 

脚本では、芳則が釣りをすることを書いており、脚本の6割程度が出来上がっている段階でロケ地を探すことに。港町を探していく中で、山に囲まれている港町として真鶴町を見つけ「斜面に家が並んでいる。山に囲まれている港町というロケーションピッタリだ」と気に入った。実際に真鶴町を訪れ「バス停に物語の要素を感じた。ここなら、芳則は住んでいるんじゃないかな」と想像は膨らみ、バス停のシーンを書き足している。だが本作について「起承転結に関する映画的な文法に乗っかっていない。よくある映画と比較してテンポが遅い」と認識しており「明確な出来事が起きるわけでもない。最終的にどのバランスで今作が着地するのか、やってみないと分からない」と独特の緊張感で大変な撮影が行われた。

 

編集作業では、スタッフにも見てもらいながら行っており「様々なことを言われました。例えば『歩いているシーンは長くないか』『バスに乗っているシーンは長過ぎないか』等言われた」と打ち明けながらも「そこは絶対切らない方がいい。人の意見を聞きつつ、聞かないつつ、やっていた」と意志は堅い。とはいえ「イメージする音楽を聞きながら、脚本を書いていた。その曲のテンポやリズムがあり、合わせているかもしれない」と冷静に思い返していた。なお、本作のタイトルは最後に決めており「ノアがはこぶねに動物を乗せたように、自分は何を生かしてのか、という話。自分のこういう部分とか、こんな感情を生かしていくことを自分で決めていくことが大事な話だと思っているので、タイトルにもその要素を入れている」と解説する。

 

完成した作品について「人に観てもらった時に映画になった」と感じており「自分達の中だけのものならば、映画とは言えない。人に見てもらって、様々な感想を頂くことで初めて映画だ」と実感。「初めて人に観てもらう作品だったので、自分のことを知らない人に見てもらう時、映画を作ったんだな」と感慨深げだ。映画祭で上映した際には幅広い感想を頂いており、意見は分かれることもあるが「厳しくも優しい映画だ」と言ってもらったり「自分とは違う知覚を持った人の自覚っていうのがどういうものなのか、と想像させる」と言ってもらったりした。

 

第16回田辺・弁慶映画祭では、弁慶グランプリ、観客賞、フィルミネーション賞、スペシャルメンション(木村知貴さん)と多くの賞を受賞しており「脚本を書いているだけだから、多くの人に見てもらつもりはなく作っていたので、びっくりしています。こんなに見てもらえることになったことにびっくりします」と驚きを隠せない。「人に観てもらう前提で作っていく時は難しさがある。ここで楽しんでもらうとか、軸がブレてしまうこともあり得る。自分が本来作りたかったものが、徐々にずれてしまう可能性もあり得る」と想定しており「自分が自分のために、自分が面白いと思うことだけを作っていこうと決めてやっていたから、特殊なのかな。起承転結で別に何も起こらなくてもいい。自分の思った通りのテンポでいいんじゃないか。ブレずに決めていけたことが制作経緯ではあるので、個性になっていった」と自負している。既に、次に撮りたい作品の企画をしており「脚本になっていませんが、準備を始めています。自分が作りたいものがあれば作っていく。なくなったらやめる」と映画に対する真摯な姿勢を語ってもらった。

 

映画『はこぶね』は、「田辺・弁慶映画祭セレクション2023」の一作として9月1日(金)・9月2日(土)に大阪・梅田のシネ・リーブル梅田で公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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