ウチナーンチュではなくナイチャーだからこそできる…『遠いところ』工藤将亮監督に聞く!
沖縄県コザを舞台に、幼い息子を抱え夫と暮らす女性が過酷な現実に向き合う姿を描く『遠いところ』が全国の劇場で公開中。今回、工藤将亮監督にインタビューを行った。
映画『遠いところ』は、沖縄県のコザで幼い息子を抱えて暮らす17歳の女性が、社会の過酷な現実に直面する姿を描いたドラマ。沖縄のコザで夫と幼い息子と暮らす17歳のアオイは、生活のため友達の海音と朝までキャバクラで働いている。建築現場で働く夫のマサヤは不満を漏らして仕事を辞めてしまい、新たな仕事を探そうともしない。生活が苦しくなっていくうえに、マサヤはアオイに暴力を振るうようになっていく。そんな中、キャバクラにガサ入れが入ったことでアオイは店で働けなくなり、マサヤは貯金を持ち出し、行方をくらましてしまう。仕方なく義母の家で暮らし、昼間の仕事を探すアオイにマサヤが暴力事件を起こして逮捕されたとの連絡が入る。『すずめの戸締まり』に声優として出演した花瀬琴音さんが主人公アオイ役を演じ、映画初主演を果たした。『アイムクレイジー』の工藤将亮監督が、実際に沖縄で取材を重ねて脚本を執筆し、オール沖縄ロケで撮影を敢行。第23回東京フィルメックスのコンペティション部門で観客賞を受賞している。
2019年から沖縄に入り取材に行ってきた工藤監督。アオイのような若年母子のシングルマザーや若いキャバ嬢等とは、シェルターを介した取材前に、監督自身が実際にキャバクラに行って探していた。ナイチャー(沖縄県民以外の人を指す)として取材し、ウチナーンチュ(沖縄県民)の様々な対象者と出会っていき「当事者の周辺にいる様々な人達。NPO法人や福祉関係、行政機関や政治家、様々な人へと話を広げていった。すると、当事者達は、自分が被害者だと思っていない。問題は現在進行中であり、自分たちはどうしたらいいか分からない」と気づかされていく。取材時、当事者達は「自分達に悪いことが起こらないか」と警戒しており「僕達はマスメディアではない。社会的に優位な立場でもない。彼女達と友達になり仲良くなっていく上で、話をさせて頂いた」と十分に時間をかけている。児童相談所等の現場で働いている方々は、物凄い対応件数と過酷な環境の中で働いており「皆さんが多忙過ぎることもあって、取材をさせてもらえる機会に恵まれなかった。何度も断られ続けても何度も取材に伺い、僕達の思いや気持ちを伝えた」と振り返ると共に『なんで大和がそんなことやるんだ』と御年配の方に言われたこともあった。それでも、こちらの純粋な気持ちを伝えることで、みなさん納得していただき、自分のことのように協力していただいて、最終的にはご飯を作ってもらえるようになるほど仲良くなりました」と感慨深げだ。今となっては「絶対に取材出来ないな、と感じたことは今のところないです」と自負がある。
脚本に関しては、フィールドワークに入る前から監督自身で取材していたエピソードをつないだプロットを用意していた。だが、取材を進めていく中で、原型からは影も形もなくなってしまう。自身が聞いた言葉や人から聞いた少女の面影を取り入れると共に「最初に伺った児童養護施設に聞いたら『ちょうど監督が探しているような子がいて…昨夜2時頃に2mの柵を越えて子供を取り返しに来た人がそのまま逃げたんですよ、ガラスをぶち破って…』といったエピソードから映画の着想を得ている」と話し「そんな様々なエピソードや言葉を余すことなく漏らすことなく細部にわたって紡いでいき、今の物語になった」と説く。
当事者である若年母子の方達を沢山見てきたことで、キャスティングのために実施したオーディションの時でも彼女達の面影が脳裏から離れなくなっていた。「一番シンプルなのは、そこに生き続いている当事者達をなんとか仕込んでいくことだ」と一瞬は頭をよぎったが「徒に出来ない。責任や社会的な立場も考えた。原点に立ち返り、これは役者がやる仕事だ」と認識。「主人公たちは当事者でキャスティングするのではなく、東京でウチナーンチュになれる子を探そう」と決意し取り組んだ結果として「彼等や彼女達は素晴らしい子達。これ以上ないキャスティングだ。」と自信がある。また、1ヶ月以上前から現地入りして生活しており、沖縄の言葉も習得していった。監督自身はそれらの言葉遣いが上手いのか厳密には分からないところもあったが「映画を観たほとんどの方が、ナイチャーだと知ってビックリされてました。彼女達が血の滲むような努力をしたんだと僕は思います。役者なので、方言やイントネーションを覚えるのは当たり前かもしれませんが、彼女たちが真摯に向き合った成果、沖縄の方々からお褒めの言葉を頂くことが多い」と実感している。
彼女達を取り巻く登場人物には、日本映画界のベテラン俳優が揃っており「これは日本映画であり、日本映画界で活躍する人達を否定したくない」という思いが根幹にあった。「一緒にこの問題やこの映画の在り方について、先輩達や後輩達も含めて一緒に取り組んでもらいたい。こういう作品であるから、誰も知らないキャスティングで良いんだ、インディーズ映画なんだ、ということではない」と受けとめており「先輩達には背中を押してもらう。後輩達は今後の日本映画をずっと担っていく方々なので、こういう映画もありなんじゃないか、と道を示してほしい、という思いに賛同頂き出演頂いた」と感謝している。沖縄出身の尚玄さんも出演しているが「ナイチャーが描く沖縄の映画や沖縄の問題に懐疑心を持っている。『違うじゃん、それって。』という意識がある」と聞き、プロデューサーのキタガワユウキさんと共に時間をかけて説得しており、今作に向き合う姿勢に「こいつら、本気だな」と理解してもらった。
撮影にあたり、ロケ地としてお世話になった場所については、取材中から頻繁に出入りしていたこともあり、快く貸してもらっており「アンダーグラウンドな方々から行政の方々、映画館の館長から様々な店主、ハーフの方から純粋なウチナーンチュ、アメリカ人や日本人、様々なコザの街全員がこの映画を撮っていることを知ってくれていた。皆、熱い想いで手伝ってくれた」と思い返し、今となっては信じられないことだ。沖縄の中でも描きにくい部分について、ウチナーンチュでは表現出来なかったこともあり「『この問題を描くことは、大和の人間だから出来ることかもしれないけど、沖縄の私達が協力しないのは違うでしょ。私達の問題だから協力するよ』と多くの方に言って頂いた。全員がこの映画に向き合ってくれた。知らない人はいない。この問題に対して真摯に向き合って、協力していただいたので撮影しやすかった」と振り返る。楽しく撮影を終えられたが、編集段階となり「この素材の多さはどうすりゃいいんだ」と絶望したこともあり「何をつないで良いのか全く分からない地獄の期間があった」と明かす。
どうにか完成した本作について、最初のこけら落とし上映となったのは、第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ)でのワールドプレミア。1257人キャパのメイン会場で上映され、スタンディングオベーションが起こり「映画でこんなに人が喜んでくれるんだ。お客さんが観て初めて完成するんだな」と報われた。とはいえ、現地の方々は、日本がこんな状態にあることを知らず、沖縄を知っていてもリゾートエリアのイメージが大きく、驚いてしまう。そこで、工藤監督は日本とチェコの共通項を探っていき「ヨーロッパでも貧富の差はある。日本と違って国固有の軍隊がある。それによって、NATOやロシア、中国やインドらのせめぎ合いの中間地にいるので、沖縄に近い感覚がある。国と国との間にある理不尽を押し付けられている場所でもある」と気づき「それらによって生じた社会的弱者が沢山いる国でもある」と初めて知った。第53回インド国際映画祭に訪れた時にも「インドではさらに貧富の差がある」と知り「杖を突いた90歳のおばあさんが、Q&Aの最中にハグして号泣して『Thank you.』と言ってくれたのが衝撃的だった。自分のことだと思ったらしい。インドではDVが多いらしく、来場していたインドの社会学者から『こういったことはインドだけだと思っていた。日本は金持ちなんじゃないのか?』と尋ねられた」と話す。
既に、沖縄の劇場では1ヶ月前から先行上映が行われ、たくさん反響を頂いており「ありがとう」という言葉と共に「これが間違って伝わらないように努力して下さい」「この映画によって今まで自分達が観てこなかった部分を観られました」と工藤監督自身も驚くほどの反応が得られた。改めて「社会を変えようと思っていないし、変えてはいけないと思っています。心配だったが、映画を観た後とは思えないほどの複雑な感情でこの映画を捉えて下さった」と身に染みている。「映画は、行間を読んで頂く芸術。本作は、限りなく観客に問いかけている映画」だと認識しており「お客さんには、自由に想像して映画を完結させてほしい。社会に絶望するのではなく、明るい社会や明日に向かってお客さんと共に歩んでいけるような映画を作りたいです」と今後の映画制作に目を輝かせていた。
映画『遠いところ』は、全国の劇場で公開中。関西では、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田や心斎橋のシネマート心斎橋、京都のアップリンク京都で公開中。また、7月21日(金)から神戸・三宮のシネ・リーブル神戸でも公開予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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