望まぬ妊娠をした女子大生がたった1人で闘う『あのこと』がいよいよ劇場公開!
(C)2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINEMA – WILD BUNCH – SRAB FILM
中絶がまだ違法だったフランスで望まぬ妊娠をした大学生が孤独に戦う12週間を描く『あのこと』が12月2日(金)より全国の劇場で公開される。
映画『あのこと』は、法律で中絶が禁止されていた1960年代フランスを舞台に、望まぬ妊娠をした大学生の12週間にわたる戦いを、主人公アンヌの目線から臨場感たっぷりに描く。労働者階級に生まれたアンヌは、貧しいながらも持ち前の知性と努力で大学に進学。未来を掴むための学位にも手が届こうとしていたが、大切な試験を前に自分が妊娠していることに気づく。中絶が違法とされる中、解決策を見いだすべく奔走するアンヌだったが…
本作は、2022年度のノーベル文学賞を受賞した作家アニー・エルノーが若き日の実体験をもとにつづった短編小説「事件」を映画化。『ナチス第三の男』等の脚本を手がけたオドレイ・ディワンが監督を務め、『ヴィオレッタ』のアナマリア・バルトロメイが主演を務め、『仕立て屋の恋』のサンドリーヌ・ボネール、『燃ゆる女の肖像』のルアナ・バイラミが共演。2021年の第78回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。
(C)2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINEMA – WILD BUNCH – SRAB FILM
映画『あのこと』は、12月2日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田や心斎橋のイオンシネマシアタス心斎橋、京都・烏丸御池のアップリンク京都、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開。
2022年、ノーベル文学賞を受賞したのはフランスのアニー・エルノーだった。彼女の小説は個人的な体験をベースにした自伝的なものが多く、自分自身を深く洞察することでしか描けない葛藤や境地に、多くの人々が惹きつけられている。そして、彼女の自伝的な体験は、多くの女性たちが感じている疎外感や不条理を自然と浮き彫りにしていく。望まぬ妊娠が発覚した大学生アンヌの切迫した状況や葛藤を描いた代表作である「事件」を映画化した『あのこと』もまた、観客に大きな衝撃を与え、自分事のように感じずにはいられない作品になっていた。
望まぬ妊娠で未来ある人生を壊されたくないアンヌはあらゆる解決策を模索する。しかし、周囲の人々からは理解されない。人工妊娠中絶の合法化を定めたヴェイユ法が制定される以前のフランスでは、中絶は犯罪行為だったからだ。医者からも拒否され、友人たちからも賛同を得られず、男たちは身勝手な振る舞いばかり。両親や教授にも打ち明けられないままアンヌは孤立し、時間だけが残酷に過ぎていく。まるで自分が同じ境遇におかれているかのように、彼女が感じる怒りや悲しみ、不安がダイレクトに伝わってくる。
監督のオードレイ・ディヴァンはアンヌの経験を臨場感たっぷりに描き出す。アナログテレビのように狭い画面サイズとアンヌに寄り添う撮影は観客に没入感を与え、妊娠週のテロップや劇伴は彼女の切迫感を追体験させる。アンヌを演じたアナマリア・ヴァルトロメイの真っ直ぐな視線も、観客を掴んで離さない。そして、今作は強い覚悟と信念をもって「ありのまま」を映し出す。アンヌの経験や彼女を取り巻く状況は、今も存在しているし、決して他人事ではないのだ。ぜひアンヌが辿る結末を、目をそらさずに見届けてほしい。
fromマリオン
きっと「中絶の権利について深く考えるようになったのは、あの映画と出会ったことがきっかけだった」と思い出すことになる…そんな予感が残る作品だ。
一人称視点かと錯覚しそうな後方からの至近距離によるアングルで撮るカメラワーク、原作小説ではモノローグで語られている部分も多いアンヌの心情を繊細に演じてみせるアナマリア・ヴァルトロメイの演技力。映画としてのテクニックはとても高く、キャストの演技も素晴らしい。撮影前にディヴァン監督と原作者のアニー・エルノーは映画化について綿密に語り合った、と知った。本作がこれほどの熱量と緊迫感を持つのは、原作が創作や取材によるノンフィクションではなく、作家アニー・エルノーが自身の若き日に体験したことを振り返って記しているため。ディヴィアン監督の「この作品に妥協を含めるわけにはいかない」という矜持が伝わってくる。
「中絶の権利」問題について、今まで素通りとは言わないまでも深く関心を抱いてこなかったことを深く恥じてしまう。フランスでは中絶が違法だったのはいつからいつまでの時代なのか。日本ではどうだったのか。世の中のルールに対して、どんな人達が声を挙げてきたのか。調べる意欲さえあれば、沢山の書籍やネット上の文章から多くの情報を得られる。フランスでは1810年から1975年まで中絶は違法であり刑罰の対象であった。20世紀前半では規制は緩むことはなく、むしろ厳正化され死罪となった者もいた。そのため、非合法で危険な中絶手術で命を落とした女性が多くいた。そんな状況下、1970年代にようやく中絶の合法化を求める運動が加速し、変化が訪れていく。「343人のマニフェスト」という言葉を検索してみてほしい。知っておくべき歴史が記されている。
本作の字幕翻訳は丸山垂穂氏。フランス文学や映画の翻訳だけでなく、手話通訳もしており、ソシュール言語学の研究で著名な丸山圭三郎氏を父に持つ。文学・語学の知識と経験を積み重ねてきた方が手掛けた、知性と品格が漂う言葉選びによる字幕は、本作の内容が観る者の心の奥深くに届く後押しをしていると保証する。原作者が今年のノーベル文学賞を受賞、映画は多くの映画賞を受賞と話題沸騰中であり、ただドラマ作品の映画として観るだけでも十分に堪能できる作品だ。そして、もしもこの話題をもう少し考えてみたいと思ったのであれば、書籍でもネットの記事でも講演会でも、何かに手を伸ばしてほしい。きっとそれこそが、原作者や監督、その他この作品を世に出し広めたいと考えて支えている多くの方々の想いを受け止めることになるはずである。さらに加えるならば、原作本である「嫉妬/事件」(ハヤカワepi文庫)の巻末に本書の解説として掲載されている井上たか子氏の言葉を読んで頂きたい。獨協大学の名誉教授で、ボーヴォワールなどのフランス文学の翻訳を手掛けてこられていて、現在も講演会などで活躍されている方だ。ただ深く頷くばかりの内容であった。
fromNZ2.0@エヌゼット
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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