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様々な立場の人間が思いの丈を話せるような映画にしたい…『ある職場』舩橋淳監督に聞く!

2022年9月9日

© BIG RIVER FILMS

 

実在した事件への取材や、当事者の証言をベースに、セクハラとジェンダーバイアスという難しい問題を正面から描き出す『ある職場』が9月10日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場でも公開。今回、舩橋淳監督にインタビューを行った。

 

映画『ある職場』は、実際に起きたセクシャルハラスメント事件をモチーフに、その後日談として創作された会話劇。ホテルチェーンに勤める大庭早紀は、密室で上司からセクシャルハラスメントを受ける。事件はすぐにホテル内外に知れ渡り、SNS上でも炎上する事態に。ホテルの同僚スタッフたちは職場の暗い雰囲気を変えようと、大庭を誘って湘南の社員用保養所への小旅行を企画する。しかし大庭は旅先でもスマホに張り付き、ネットをひたすらチェックしている。同僚たちは彼女を励まそうとするが、やがてSNS上でバッシングをしているアカウントが同僚である可能性が浮上。疑心暗鬼に陥った彼らは、互いに腹を探り合うが…
『フタバから遠く離れて』等のドキュメンタリー作品も手がける舩橋淳監督が、事件をフィクションとして再構成。舞台設定のみを与えられた俳優たちが即興に近い演技でリアルな会話を繰り広げる。

 

様々な場所や国で映画を撮り続けてきた舩橋監督。「1人の主人公を中心にした物語を作るよりも、複数の登場人物を通して社会の網の目を見えてくる複数の作品を撮りたい」と志し、時代に対する意識が浮き上がってくるような作品を撮り続けてきた。

 

今作では、以前から考えていたジェンダー不平等をテーマにしている。日本は、世界経済フォーラムが発表するジェンダー・ギャップ指数が世界で116位、先進国の中では最下位であり、2007年にアメリカから帰国した監督は「アメリカよりジェンダー不平等が酷い」と実感せざるを得なかった。そこで「何らかの映画を作りたい」と検討していた頃、2017年にあるホテルチェーンでのセクシャルハラスメント事件を耳にする。人づてに関係者を紹介してもらい、まずは、カメラを持たずに伺い、被害者の女性、周囲の同僚、関係者諸々、最後に加害者を取材した。カメラを携え、ドキュメンタリーを撮れるか相談してみたが、拒否されてしまう。特に被害者や加害者はNGを示しており、改めて、被害者の心痛を感じ取っていく。だが、フィクションとして再構成することは了解を頂き、事件を特定できるような表現を使わずに制作することになった。

 

とはいえ、映画化にあたり、難題だったのは、男性の監督が作ること。「『男性の監督が考えたことでしょ』と批判を浴びるのではないか、自身が監督して良いのか、自分の視点は正しいのか」と不安が募り「私が脚本を書き、女性の監督が手掛けた方が良いのではないか。若しくは、女性の脚本家と作る」と様々な案を熟考。現代の日本において、セクシャルハラスメントは様々な意見が飛び交うも結論は出ず、法令も整備されていない。其々の解釈が独り歩きしており、被害者が守られていない状態が放置されている。関係者へ取材した際にも「情報がハレーションを起こしており、噂が独り歩きして真偽が膨らみ、誹謗中傷が酷かった」とショックであり「日本の組織は隠しており、処理をするのは一部の上層部。透明性を以て発表されない。ごく一部で処理しようとするので、真相が分からない」と混迷を極めた。被害者の方から実態を聞き、特に胸に刺さったのは「セクシャルハラスメントはとても辛い。けど、その後組織の中で生きていくことが同じぐらい辛かった」ということであり「セクシャルハラスメントの事件を周囲がどのように受けとめるか」が本質的な問題だと受けとめ、焦点を当てた。

 

そこで「其々の人間が其々に思いの丈を話せるような映画にしたい」と構想し、本作では脚本を書いていない。ロケ先の準備だけはしたが、各シーンで誰が何を言うか具体的には決めず、其々の役に関する設定は皆で話し合い肉付けしながら決めていった。「何も整理されていない日本社会の酷さをぶっちゃけた映画にしたい。其々に正義がありぶつかり合う映画にしたい」と考え「撮影では本音で話してもらう空間を作り上げる。しかし、本音と建て前がある会社の職場では本音は絶対に話さないだろう」と察し、セミパブリックな空間でとして会社の保養所をロケ現場として設定している。「皆が無礼講で、リラックスして話せるムードの中で、軽はずみのトークが重くなっていき、腹の中が出てくる空間を作ろう」と練り上げ「現場の人間がどのようにセクハラを受けとめるか、といった本音がボロボロと出てくる空間こそ、映画として作る意味がある」と確信した。

 

なお、最初のタイトル(旧題)にしていたのは『些細なこだわり』。「1人が些細で粗末なことだと思っているが、他の人にとっては無茶苦茶重大だ、というのが、セクシャルハラスメントにおける擦れ違い、セクシャリティの解釈の違いだ」と気づいたが「その感覚の違いを私が押し付けてはいけない。本人の感覚が表出されるドキュメンタリーのような映画にすべきだ」と思い、慎重に取り組んでいった。「フィクションの流れがある箱を作り、各々が話すことはドキュメンタリー。本人が感じている性に対するリアルな言葉が出てくる仕掛けを作り、私は助けることがあっても指示はしない。本人によるリアルな感覚がぶつかり合うように」と方針を定め、ディベートを撮ったドキュメンタリー映画のような作品にしようと試みる。

 

役柄を肉付けするにあたり、舩橋監督は、キャスト毎に質問をしていった。特に、被害者役の女性・大庭早紀(平井早紀)には沢山の質問を投げかけており「彼女は自分なりの思いを話す。質問することで、自分の考えが深まる」と考えた。また、一番辛辣な発言が出来る部外者としてフリージャーナリストを配置した。「身内の話にずかずかと介入し、辛辣な言葉を投げかけ掻き回す役、火に油を注ぐ役が必要」と思い、「ドキュメンタリーなら作り手である私がインタビューする。劇映画なら私はインタビュー出来ないので、インタビューする人間を作中に置いてみよう」と考えた。観客が置いてきぼりにならないように、聞いてほしいことを投げ掛けてもらうことにした。このように、其々のキャラクターについて理論武装する時間をつくり「どのような心理に基づき、どのような正義を以てキャラクターが生きるか深めていくことが出来た。即興で撮影しても、自分が思っていることを生の言葉で発せられる」という現場が実現した。

 

撮影は、1年にわたり4回に分けて敢行され、1回につき4,5日程度の時間をかけた。1回の撮影が終わる度に再度様々に案を練っていき、1年分を束ねて映画にしている。「予算はないが考える時間があることは、インディペンデント映画にとって一番の武器になる。時間をたっぷり確保して少しずつ考えを深めながら、どのような場所があればテーマが深められるか」と考え、「ドキュメンタリーを撮る過程に似ている」と説く。「撮影と撮影の間にある期間が重要。フッテージを見ながら自分で批評する。次に向けての課題や議題が挙げられていく」と制作過程を振り返りながらも「最終的にどこに落ち着くか全く分かっていなかった」と明かす。1年で撮り終える、と決めていたが「3回目を撮り終えて、4回目をどうやって終わらすか」と再び熟考。最後のディベートが最大の熱量となるように仕込んでいき「ディベートが終わった翌日に皆が余韻に浸ってどうなるか分からない。決裂して終わるのか、手に手を取り合って仲良く終わるのか分からない。分からないけれども、この夜に大きな熱量を以て炸裂してぶつかり合う瞬間があった後に翌日に余韻に浸るようなシーンがあり終わってゆく」と想定し撮り終えた。だが、翌日を迎えた余韻のシーンは編集で全てカットしており「最初からオチを考えていない。最終的には編集で考える。映画として最も力がある瞬間で終わった方が良い。最後はハラスメントの実態調査の数字を示し、観客に本質的な問題を問いかける」と述べ、編集作業の中で本作の終わり方を発見したという。

 

既に、関東の劇場で公開されており、舩橋監督は、何度もリピート鑑賞するお客さんがいることに気づいた。話してみると「観る度に解釈が変わっていく。ある人物に対する正義感がぐらつき、何が正しいのか分からなくなっていたら、映画が終わってしまった。なので、考えを深めるために再度鑑賞した」と聞き、感心したという。パンフレットでは、様々な識者の方による多様な観点をもって書いてもらっており「読んでみると、再び鑑賞したくなる」と作り手としての嬉しい反応もあった。同様の事件に関する被害者の方も少なからず鑑賞し、感想を寄せて頂いており「我が事として見にこられる方が多いです。中間管理職の中高年の男性が1人で観にきて、「自分の会社でもハラスメント事件が起きて、どう受けとめたらいいか分からず観にきた」といわれたり、ジェンダー不平等問題への考え方をアップデートしたくて見に来られる方が多いです」と確かな手応えを感じている。

 

映画『ある職場』は、関西では9月10日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。なお、公開初日には、平井早紀さん、伊藤恵さん、舩橋淳 監督を迎え上映後に舞台挨拶が開催される。また、9月24日(土)より大阪・十三のシアターセブンでも公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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