韓国でのプロフェッショナルな仕事ぶりにも助けられ、無事に完成できた…『湖底の空』佐藤智也監督に聞く!
日本人と韓国人の間に生まれた姉弟が、セクシャリティや家族との軋轢を乗り越え、アイデンティティーを取り戻していく姿を描く『湖底の空』が7月23日(金)より関西の劇場でも公開。今回、佐藤智也監督にインタビューを行った。
映画『湖底の空』は、日本人の父と韓国人の母の間に生まれ、ある秘密を抱える双子の姉弟を描いた日中韓合作映画。韓国・安東(アンドン)で生まれ育った一卵性双生児の空と海。現在、イラストレーターとして上海で暮らす空は、出版社に勤める日本人男性・望月と出会う。似たような境遇を持つ2人は惹かれ合い、親密な関係を築いていく。そんな空のもとに、弟の海が訪ねてくる。インターセックスだった海は、性別適合手術を受けて女性になっていた。海は空と望月の恋愛を後押ししようとするが、空は何かに追い詰められ、精神的に不安定になってしまう。イ・テギョンが空と海を1人2役で演じ、「花より男子」シリーズの阿部力さんが望月を演じた。監督と脚本は『マレヒト』の佐藤智也さん。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020でグランプリとシネガーアワードをダブル受賞した。
短編作品を制作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭によく応募していた佐藤監督。2001年、『L’Ilya イリヤ』が審査員特別賞を受賞した。審査員の中には韓国の富川国際ファンタスティック映画祭のプログラマーがおり、富川の映画祭に参加し初めて韓国を訪れる。共に参加した山野内扶さんは韓国を気に入り、そのまま居着いて現地で俳優や声優を営むことに。彼の紹介で韓国映画界の方と知り合い交流が続いており、いつかは韓国で撮ることを熱望。また、最近の中国映画業界は活況であり、中国も巻き込んで本作を企画し、制作に向けてアプローチしてきた。
脚本執筆にあたり、一卵性双生児である双子の女性に話を聞き、双子のアイデンティティ形成に感心。「子供の頃はいつでも一緒におり、大人側は2人1組で接する。相手が亡くったら自分も消えてしまうのではないか、と思う程に絆が強い。思春期を迎え自我が芽生えてくると、夫々の趣味に入っていく」と知り「思春期を迎える前に強制的に別れさせられてしまった双子がお互いのことを想いつつ…」とストーリーを作り出していく。
キャスティングの際には、韓国のキャスティングディレクターに助けられた。必要な情報を添えてリクエストすると、20人程度の方について資料が届けられ「写真や動画で確認して何人かとソウルでオーディションをして選ばせて頂きました。キャスティングディレクターの方が子役や現地在住の武田裕光さんを見つけて頂いた」とお世話になった。韓国では俳優事務所の縛りが強くなく、事務所をまたいで探すことも可能で、日本の場合とも違っている。阿部力さんについては、中国語が堪能な日本人で二枚目な役者をスタッフに相談し即答頂いた。また、アグネス・チャンさんとはツテがなかったが、スタッフが事務所に電話し、シナリオを好意的に受けとめてもらい、出演頂けることに。
主な舞台となった韓国の安東は地方都市で、大きな安東湖があり、民俗芸能が盛んな場所。「市役所に撮影協力をお願いしに伺ったら、日本人の方が働いていた。ロケ場所などを提供して頂いた」と意外な出会いがあり「現地に向かうのは大変ですが、撮りやすかった。街の人達も協力的でした」と助けられた。撮影2ヶ月前には、主演のイ・テギョンさんに日本へ来てもらい、シナリオを最初から最後まで説明しており「シーンの意図や登場人物の気持ちを最初から最後まで説明した。私も初めての経験でしたが、イ・テギョンさんの中で役作りが出来た。1人2役なので、2人分の演技を全て作ってもらった。撮影に入るとスムーズにNGを出すことなく出来ました」とコミュニケーションの壁も解決させている。また、韓国の子役は、母親が付いて全て説明してもらっており「皆さんがしっかり準備をして下さったので、現場はスムーズに出来ました」とプロフェッショナルな姿勢に感謝している。
今作では、ブラックマジックデザイン社のカメラで撮影しており、付属のカラコレ機能が強い編集ソフトを用いて色調整を実施。膨大の編集作業になったが「綺麗な色合いが出せました」と満足。一人二役での双子であるため合成にも時間をかけていると同時に、安東の風景について20年分の時間差を配慮している。完成するまでは「どうなるんだろう」と心配だったが、無事に完成してキャスト・スタッフに観てもらい、ようやく達成感が得られた。
完成後、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020に出品し、グランプリとシネガーアワードのダブル受賞をしている。オンライン開催だったため、リアルなリアクションが分かりづらかったが「他の作品に比べると地味に観えるかもしれない。閉会式の際にコメントを頂いた。審査員全員がグランプリに推して頂いた」と肩を撫で下ろす。シネガーアワードでは、世代がバラバラな3人の審査員全員が推しており「様々な世代に受け入れられた」と実感している。既に東京の劇場などでは公開されており、劇場やSNSを通じて「トラウマを抱えた人物達の気持ちをしっかりと理解してもらえていた。また、3ヶ国語でのエンディングクレジットにも関心を持ってもらった」と喜ぶと同時に「音楽を誉めてくださる声が多かったですね。谷口尚久さんによる主人公に寄り添うような音楽が良かった、と言ってもらいました」と感激している。なお、映画祭でグランプリを受賞したことによって制作支援金を頂いており「なんとか1本撮りたい。完成すれば映画祭でお披露目できます」と決意。映画祭の特徴を踏まえて、ゾンビものを構想中だ。とはいえ「シナリオを書いていたらゾンビがあまり出てこなかった」と漏らす。「ゾンビものは人間が変わってしまって、皆がどのような対応をするか、ということを描きたい。親しい人がゾンビになった時、あなたはどうしますか?が問われている」と説き「生と死の境界線をどう描けばいいんだろう、といつも考えています。死者に対する生者の思いや生と死の境界にある人間の気持ちを描きたい」と制作に対する真摯な思いを語った。
映画『湖底の空』は、関西では7月23日(金)より京都・九条の京都みなみ会館、7月24日(土)より大阪・十三のシアターセブンで公開。なお、京都みなみ会館では、7月24日(土)13:30回上映終了後に佐藤智也監督と武田裕光さん(リモート)、7月25日(日)13:30上映終了後に佐藤智也監督とみょんふぁさん(リモート)、7月31日(土)13:30回上映終了後に佐藤智也監督とさんとイ・テギョンさん(共にリモート)による舞台挨拶。シアターセブンでは、7月24日(土)15:30回上映終了後に佐藤智也監督とみょんふぁさんと武田裕光さん(リモート)、7月25日(日)15:30上映終了後に佐藤智也監督とみょんふぁさん、7月31日(土)10:30回上映終了後に佐藤智也監督とさんとイ・テギョンさん(共にリモート)による舞台挨拶を開催。
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- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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