皆が監督のつもり、良い作品にしようと信頼関係が出来上がっている!『横須賀綺譚』大塚信一監督としじみさんに聞く!
東日本大震災を背景にして、当時の気持ちを忘れて生きてきた男の心のさまよう様を切り取っていく『横須賀奇綺譚』が8月29日(土)より関西の劇場でも公開中。今回、大塚信一監督としじみさんにインタビューを行った。
映画『横須賀綺譚』は、東日本大震災で亡くなったと思っていたかつての恋人の生存情報をもとに旅へ出る男を主人公にしたドラマ。春樹と知華子は結婚を目前に控えた恋人同士だったが、知華子の父が要介護になったため別れることとなった。それは知華子との生活と東京での仕事を天秤にかけた春樹が、仕事のほうを選択した結果だった。東日本大震災が起こり、あれから9年の時間が過ぎた頃、春樹は被災により亡くなったと思われていた知華子が「生きているかもしれない」との怪情報を耳にする。そして春樹は半信半疑のまま、知華子がいるという横須賀へと向かう。
『恋の罪』『こっぱみじん』の小林竜樹さんが春樹役を演じるほか、しじみさん、川瀬陽太さん、烏丸せつ子さん、長屋和彰さんらが脇を固める。監督・脚本は本作がデビュー作となる大塚信一さん。
不思議なストーリーが展開されていく本作。大塚監督は、当初SF映画を撮ろうとしており、フィリップ・K・ディックの『地図にない町』と小松左京の『戦争はなかった』を参考にした。長崎県出身の監督は「原爆なんか落ちてないよ」と云われる男の話をプロットまで執筆し、短編映画として準備していく。だが「『地図にない町』は、今なら福島だよね。福島を舞台にすると、近しい過去なので重く、ジャンル映画として自由に遊べなくなってしまう」と迷いながら、シナリオと現場を突き進めていった。改めて「SF不条理劇でもないし、リアリズム映画でもない。1つ1つの課題に真面目に取り組んでいったら、結果的に我ながら妙な映画になった」と顧みている。しじみさんが「台本は何度も変わり、最初はタイトルも違っていた。撮り終えた時にタイトルが決まった」と明かすと、大塚監督は「最初は『震災綺譚』だった」と告げ「皆から大反対を受けた。クランクアップの日の朝に『〇〇綺譚』が良いなと思った。永井 荷風の『濹東綺譚』に地名をプラスした」と打ち明けた。なお『地図にない町』を考えた時に「東京近辺でゴーストタウンを舞台に撮ろう」と考え、ゴーストタウンを探していく中で、横須賀が合っていると発見。深く調査していき「土地に高低差があり、高齢化が進み、上の土地に高齢者が住まなくなりゴーストタウンになっている。まさにリアルな問題があった。また、横須賀は米軍基地がある街。桃源郷という名の偽りの楽園を作り、平和に住ませているのがアメリカのメタファであり、そこから抜け出したいのが日本のメタファ。立体的に設定すれば豊かになるかな。地名にも歴史がある。はじまりの場所だから、震災以後に変わっていく日本を残していきたい」と本作への思いは次第に強くなっていった。
主人公とヒロインの間にいる重要な役には、川瀬陽太さんをキャスティングしている。大塚監督と川瀬さんは10数年前からの古い付き合い。監督の仕事場で『ヘブンズ・ストーリー』の売り込みを受けた時に、一緒に働いている方にまず頭を下げて腰低く接して頂いており、物凄く信頼できる方になっている。今作では、ナイーブなキャラクターを設定したく『ハッスル&フロウ』のテレンス・ハワードに川瀬さんがそっくりだと気づき、オファーした。本作の前に長編を1本撮っていたが、公開がダメになっていく過程を川瀬さんはずっと見ており「何とかしてやろう、という凄まじいエネルギーを注いでくれた。今回は俺に対して本当に厳しかった」と漏らす。さらに「初日から”お前と仲良く映画を撮るつもりはないよ”というオーラにやられていました。カメラマンとは白熱し朝五時まで議論していました」と明かしていく。しじみさんは、川瀬さんについて「熱い人ですね。現場でも監督を”愛がないんだよ”と本気で叱っているところが印象的」だと話すと、大塚監督は「実は、おふくろに云われた言葉をトレースして台詞にしています。おふくろは頭が良いな。『あんたはモノに対して執着がないけど、人に対してもそうでしょ、愛がないのよ、あんたは』と凄いこと云うと感心した」と告白。この発言を受け、しじみさんは「川瀬さんはおふくろ並みの愛情で叱ってくれたんですね」と納得した。
厳しい撮影現場だったと伝わってくるが、大塚監督は「実は楽しかった。厳しかったけど、映画を潰そうと思っている人はいない。良い作品にしようと信頼関係が出来上がっている」と物語る。しじみさんも「今までバチバチの現場を体験したことがなかった。全員が監督のつもりで意見を持っていることが凄い」と刺激を受けていく。シリアスな役柄を演じたが「幽霊みたいな台詞があり、生きているのか死んでいるのか分からない役。幽霊役が多いので自分の雰囲気を活かせたかな」と満足している。大塚監督も「しじみさんがいつもの手札だけで演じていなかった」と太鼓判を押す。なお、クランクイン直前にロケ地が使えなくなり、土壇場で変更した台本を以て撮影しており「編集してみたが、やはり違う。元に戻したくて追撮したい、とスタッフらに相談したら、皆が嫌がった」と反対されながらも、半年から1年かけて説得していく。無事に本作を完成させ「この後の出来事をお客さんは知っている。まさに、これから始まる物語。お客さんが当たり前だと思って立っている足場を薙ぎ払うために良い」と自信の出来映えとなった。既に、東京の劇場では公開されており「反応が良いですね。劇場の方から応援されています」と体感し、大変な状況下においても「皆の期待に応えていきたい」と劇場への思いは絶やさない。なお、既に次回作の台本を執筆しており、映画制作にかける情熱はますます高まっている。
映画『横須賀奇譚』は、大阪・十三のシアターセブン、神戸・元町の元町映画館で公開中。また、9月25日(金)より京都・九条の京都みなみ会館でも公開予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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