エンターテイメント・ドキュメンタリーとして、おもしろい作品を作りたい!『いただきます ここは、発酵の楽園』オオタヴィン監督に聞く!
畑で穫れたみずみずしい野菜と戯れる子供たちの元気の源の秘密を探りながら、人にも自然にも優しい暮らしのヒントを探る『いただきます ここは、発酵の楽園』が関西の劇場でも9月5日(土)より公開。今回、オオタヴィン監督にインタビューを行った。
映画『いただきます ここは、発酵の楽園』は、食育で知られる保育園を描いたドキュメンタリー『いただきます みそをつくる子どもたち』の続編。第2作の本作では「植物、微生物、ありがとう」をテーマに、田植え、稲刈り、羽釜の炊飯まで園児たち自身がおこなっている「畑保育」を実践する保育園や、「菌ちゃん先生」として子どもたちと土づくりのワークショップを続けている野菜農家の吉田さん、有機農業でアテネオリンピックチームに強化食を提供した菊池さん、年間40時間もの農業授業で食農教育を続ける山形県高畠町の和田小学校、「奇跡のりんご」として知られる木村秋則さんのりんご畑の現在などを紹介。食育の原点にある「食農」、植物を育てる喜びを追っていく。小雪さんがナレーションを担当。
外国で話題になった『土と内臓 微生物がつくる世界』を読んだオオタヴィン監督。「ある農家の方が『土と内臓は繋がっているんだ』と仰っている。科学者夫婦が具体的な日常生活の中で微生物の重要性に気づいていく内容」だと述べ「いわゆるアカデミックなエビデンスがある中で、この内容を公に発言しても向き合ってくれる」という印象を受けた。日本でも発売され、即座に購入し4,5回読んで「これを映画化したい」と切望する。また、発酵について「まず味噌や醤油を連想します。まさか田んぼや畑でも発酵しているとは思わない」と驚き、見ている世界が変化した。微生物のことを全然分かっておらず「DNA解析を用いて詳しく分かるようになった。微生物に関する古い常識に囚われて『微生物を皆殺しにしないと人類の健康は守れない』というのが一昔前の科学的な常識の発想。腸内環境を強くして免疫力を上げていけば、健康な人間になっていく」と認識するようになる。映画を制作するにあたり「様々なタイプの方がいるなかで、映画として観に来てもらって、笑ってもらって、心が動いて、気持ちよく日常生活に戻って頂くことが重要」だと訴え「観る前と観終わった後に日常生活にちょっとした変化があることがドキュメンタリーのおもしろさ」だと説く。今作のベースをエンターテイメント・ドキュメンタリーとしており「まず劇場で楽しんで頂きたい。本来ある生活の豊かさや子供達の純粋さを次世代に残していきたい」と願い、普遍的で子供達に伝えたいものを映像に残した。監督自身がカメラマンとなり「自分自身が食を変えると体が変わることを実感している」と自分の実体験も強みにしている。
元々、オーガニック農業に個人的な興味があり、監督は、取材対象として相当な数をリストアップした。その中から、明解に自身の言葉で「微生物や田畑の発酵を以て人間を健康にしていくことが農業の目的だ」と言語化されている方を取材していく。地方を訪れると、子供達が農作業していることは多々あるが、映像的に魅力がある保育園を選んでいる。有機農業に関する映画にしておらず「人が土と触れながら健やかに生きていくことを子供をプロトタイプにして描いていくことがメイン。エビデンスとして、オーガニックファームの方が参加している構造にある。微生物に関する認識が大きく変化する中で、共生していく喜びを描いています」と強調し「記録映画ではなく映画を目指しているので、映像的な魅力が大事」と撮影していった。取材で訪れた保育園の子供達は言語能力が発達しているように感じるが「4,5歳児なので、思ったことしか言わない。驚くような言葉を発するので、幸運だし、ドキュメンタリーでないと出てこない」と監督自身も驚き「ドキュメンタリーならでは。ストーリーがないことによる面白さ」だと実感する。なお、「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんも自身の回想シーンに出演しているが、監督は、杉山修一先生の「すごい畑のすごい土 無農薬・無肥料・自然栽培の生態学」を読み、木村さんの世界観に対する杉山先生の科学的なエビデンスとセットで「奇跡のリンゴ」後の世界を表現した。「奇跡のリンゴ」について「微生物レベルで科学的に分析していくと、奇跡ではなく、論理だてられた行動をしていたということになる。この技術を応用していくと、木村さんでなくとも実現できる」と提言する。
撮影は、田植えに始まり収穫まで1年間をかけて実施行い、土の変化を大事にしていった。編集には3ヶ月かけており、収録した100時間を2時間のディレクターズカット版に編集し、さらに80分の劇場版へと再編集していく。コントラストが強調された映像になっているが、エンターテイメント・ドキュメンタリーの制作をモットーにしており「外国ではけっこうある。テーマ性もあるが、その手法がドキュメンタリーなんだけどエンターテイメント。普通なら矛盾するが、外国では両立している作品が沢山あるし、おもしろい。そんな作品を作りたい」と語る。そこで、高学年の小学生でも理解できるようにしており、ナレーションも分かりやすいように制作した。音楽についてもエンターテイメント・ドキュメンタリーでは必須だと考えており「農業を扱うと地味になりがちなので、POPでROCKなものにしたい」とオリジナルの音楽以外に坂本美雨 with CANTUSやザ・ハイロウズの楽曲も取り入れている。なお、本作には、市民プロデューサーとして、映画監督の安藤桃子さんが賛同した。現在、安藤さんは、高知県で映画館「weekend Kinema M」を営んでおり、映画の企画から監督・上映まで自ら行っている。上映イベントのゲストとして呼ばれ、坂本美雨さんのLIVEと一緒にイベントを実施頂いた御縁があった。安藤さん自身にもお子さんがおり、今作には個人的な興味も持って頂き協力頂いている。
SDGs(持続可能な開発目標)が云われている昨今、監督は「最もSDGsなアーティストは宮沢賢治」だと挙げた。「SDGsの言葉がない時代から模索して、説明的にならず童話というアートに昇華してきた。その表現の仕方に共感を覚える。普遍性と未来性がある」と感じており「童話という小学生でも読める形に結実していることが、小学生でもマイクロバイオームが分かる表現に出来ないかという発想になっていく」だと解説する。本作は関西でもようやく公開を迎えるが「映画は最終的に観客がいて完結する。最終的な判断は劇場上映が終わって2,3年経たないと分からない」と述べ「作る前の思いから予想外のものが沢山現れたことを純粋に楽しんだ。間口を広くし奥行きを深くしたいなかで編集していった」と制作の日々を懐かしみながら、今後の展開を楽しみにしていた。
映画『いただきます ここは、発酵の楽園』は、関西では、9月5日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、9月11日(金)より京都・九条の京都みなみ会館、9月12日(土)より神戸・新開地の神戸アートヴィレッジセンターで公開。
ファイトケミカルやオーガニックなど、言葉ではよく耳にする聞き慣れた単語を交え、人間が生きるということを「食」を通してわかりやすく紐解いてくれる作品。有機野菜は虫喰い野菜という、ぼんやり自分が抱えていた浅はかな考えは見事に打ち砕かれた。農薬を使わないというと、なんとなく「食品の安全性が高い」という風に意識しがちになってしまう。だが本作を鑑賞すると、「農薬を使わない=安全」という単純な結果の話だけではなく、安全という言葉の裏に、微生物などに助けられながら我々人間が生きている事実を知ることができる。自分が普段食べている野菜や果物1つに様々な農家の方の苦労が詰まっており、我々と共存してくれている微生物の存在を感じることで、惰性で口に出していた「いただきます」という言葉の、命をいただくことへのメッセージの尊さに改めて気づく。
fromねむひら
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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