学校は、生きていく上で必要な”ものさし”を作ってあげる場所…『小学校~それは小さな社会~』山崎エマ監督に聞く!
イギリス人の父と日本人の母を持ち、ニューヨークに暮らす山崎エマ監督が、自分の重要な価値観は小学校で培われたと感じ、日本の公立小学校で長期的に取材・撮影を行った『小学校~それは小さな社会~』が12月13日(金)より全国の劇場で公開される。今回、山崎エマ監督にインタビューを行った。
映画『小学校~それは小さな社会~』は、日本の公立小学校に通う1年生と6年生の学校生活を春夏秋冬にわたって描いたドキュメンタリー。4月、入学したばかりの1年生は挙手のしかたや廊下の歩きかた、掃除や給食当番など、集団生活の一員としての規律と秩序について初めて学ぶ。そんな1年生の手助けをするのは6年生で、子どもたちはわずか6年の間に自分が何者であるかという自覚を持ち、6年生にふさわしい行動をとるようになる。コロナ禍で学校行事実施の有無に悩み議論を重ねる教師たち、社会生活のマナーを学ぶ1年生、経験を重ねて次章への準備を始める6年生。3学期になると、もうすぐ2年生になる1年生は新入生のために音楽演奏をすることになる。イギリス人の父と日本人の母を持つドキュメンタリー監督の山崎エマさんが、公立小学校で150日、のべ4000時間にわたる長期取材を実施。掃除や給食の配膳などを子どもたち自身がおこなう日本式教育「TOKKATSU(特活=特別活動)」の様子もふんだんに収めながら、さまざまな役割を担うことで集団生活における協調性を身につけていく子どもたちの姿を映しだす。教育大国フィンランドでは4ヶ月のロングランヒットを記録するなど、海外からも注目を集めた。
監督1作目の『モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険』を制作する前から今作を考えていた山崎エマ監督。6年をかけて30校も訪問していったが、カメラが入ることについては承諾いただけなかった。2作目の『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』を撮り終えた頃、やはり「小学校を撮りたい」と切望し様々なアイデアが思い浮かぶ中で、翌年の開催を予定していた東京オリンピックのアメリカチームのホストタウンが世田谷区だったことから「私の夫はアメリカ人。私自身もアメリカに住んでいた。『世田谷区の小学校をアメリカや外国に向けて発信しましょう』という提案だけでも聞いてもらえるかな」と着想。世田谷区側も「区全体で盛り上げていきましょう」と乗り気になり、区内で様々な小学校を訪問。本作で映し出される世田谷区立塚戸小学校は、監督が通っていた大阪・茨木の小学校と同じくマンモス校だったこともあり「大きな小学校には親しみがあると共に、雰囲気がすごく良かった。当時の校長先生は、特別活動、委員会活動、異学年交流などに注力していた。平均以上に取り組んでいる」と感じ、取材先に決めた。
©Cineric Creative/Pystymetsa/Point du Jour 2023
小学校にカメラが入ることについて「空気のような存在にはなれない。でも、環境の一部にならないといけない」と認識した山崎監督。入学式の頃から伺っていたこともあり「1年生にとっては、学校はこういうところなんだ、と思える。学校に行けば先生がいるしカメラマンもいる、という感覚になる。入学初日は緊張しているから、手を振ることもない」と述べ「2年生以上になると、同じようにはならない。もう少し工夫が必要になる。でも、150日間もいたので、いなかったら珍しくなるレベルになっていた。私自身はカメラを携えていないので、先生に見えるかもしれない。現場にいることが当たり前になるような環境を最初から作っていた。撮影していない時間は児童と遊んでいた」と話す。じっくりと時間をかけて撮影しており「学校は様々な大人に出会う場所であり、その中で関係性を作っていったので、後半になるほどいい画を撮ることが出来た」と自信がある。
©Cineric Creative/Pystymetsa/Point du Jour 2023
小学校、という存在自体を主人公にしている本作。その中で様々な人間が時間を共にしているが、4月1日にならないと、担任の先生が分からないし、各クラスの児童も分からない。事前に近隣の保育園をまわって入学予定の子ども達と知り合い「なるべく早い段階から知り合うことが撮影を成功させることの鍵だ、と思い関係性も作っていった」と明かすが「最初に撮った子達はクラスが離れていた。もしクラスが一緒だったら、撮れた画があったはず。入学当初4月の様子は映画に入ることが分かっていた中でも難しい。撮影を始めた1か月目は小学校の近くに住み、臨機応変に対応できる体制を作った上で撮影しながら、何らかの出来事があれば始まりと捉えていく。最初は選択肢を多く持って撮り始めることしかできない」と小学校の姿を撮影し始めることの大変さを実感。本作に名前の出て来ない先生も沢山撮っているが、6学年の中で1年生と6年生のとあるクラスに注目し、本作において2つの軸となっていく。学年も離れており対照的になったが「学校は様々なタイプの先生達が集まって成立している。厳しい先生ばかりでもダメ、優しい先生だけでも成立しない。きっと教育委員会が、各学校にバランスよく配置している」と感心。「今は、厳しい指導を実践しづらい時代になっている」と鑑みており、1年間の撮影を通じて「学校や先生達に何を求めるか」と熟考していった。「学校は、子ども達にとって楽しい場所であるべき。でも、何かを乗り越えていく経験を与える場所でもあり、教育の大事なポイント。短期間の中で出来なかったとしても、挑戦し乗り越え達成感を学ぶことも大切。あるいは、周囲に迷惑をかけ、よろしくない状態になったら大人が注意する。生きていく上で必要な”ものさし”を作ってあげることは子供時代には大事なこと」と説き「厳しい、と言われる先生達が抱える苦しみも理解した上で、自分の子どもにはそんな先生が担任になってほしいな」といった願いも含めて、本作を手掛けている。
©Cineric Creative/Pystymetsa/Point du Jour 2023
1,000人規模のマンモス校で1年かけて撮影することについて「十分な配慮の上で、基本的にはどんな場面を撮っても大丈夫。でも、選択肢が多すぎる。各学年で4~5クラスもあり、常に学びの場があり、事前に頂いていた時間割も変更する可能性がある。興味を持って臨んだクラスに入ってみると、突発的な出来事に遭遇することもある。さらにおもしろいものに期待して学校の中を動き回っていた」と振り返り「目の前で見たのに、カメラが捉えきれなかった場面もある。日常に影響を与えるような大事な出来事が起きている時、子ども達や先生達を撮り続けられる環境を作るには、学校に関わる全ての方達との関係性がないと成立しない。1年間の最後にある卒業式と翌年の入学式を撮り終えるまで気が抜けなかった。毎日が真剣勝負だった」と本音を漏らす。なお、コロナ禍真只中の2021年から2022年に撮影しており、監督やスタッフ達は毎週検査を受けながら臨んでおり「誰も陽性にならなかったが、緊張感と責任感を以て撮影の日々を過ごしていた。行事が急になくなったこともあった。企画段階の時点では、そういった状態を撮りたいとは思っていなかった。でも、コロナ禍を経た今だからこそ浮き彫りになった社会の特性を振り返られる」と実感している。
元々、編集マンとして映像業界でのキャリアをスタートした山崎監督は、本作においては、共同編集の井手麻里子さんと鳥屋みずきさんに撮影段階から携わってもらっており、まとめてもらったものを小学校がお休みの時に確認し、次の撮影計画を練っていった。1年間の撮影を終えた後、自身の部屋の中にシーンを書いたカードを貼っていきながら、作品全体を構想していく。「編集の極意は再編集にある。何度も観て、改めて頭の中をまっさらにして、更に何度も観る。試行錯誤を経た上で凝縮した真実を詰めたドキュメンタリーを私は目指している」と説き「現場で4000時間を過ごした。でも、700時間の素材から、皆さんも同じ現場にいたかのように思える体験を99分で届ける必要がある。そのためには、凝縮した映像の撮り方や音の拾い方等も含めて拘らないといけない」と物語る。テスト試写を行っていく中で様々な方々に観てもらっており「伝わっている、と思っているところが伝わっていないと不安になる。それは自分だけでは判断できない。今作はナレーションがなく観点の幅もあるが、私が意図している着地点がしっかりと伝わっている」と手応えがあった。完成した本作の世界初上映は、昨年開催の第37回東京国際映画祭。出演の子ども達や先生達も鑑賞するために来てもらっており、一緒にレッドカーペットを歩いてもらった。その後も世界各国の映画祭で上映してもらっており「ギリシャやインドネシアやボスニア・ヘルツェゴビナ等々、日本から遠く離れた国の方々とも議論になっていく。これこそが、映画を完成させたと感じられる一時だ」と嬉しそうに話す。
©Cineric Creative/Pystymetsa/Point du Jour 2023
映画『小学校~それは小さな社会~』は、12月13日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のテアトル梅田や難波のなんばパークスシネマ、京都・烏丸御池のアップリンク京都、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
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- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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