芸人・松元ヒロの視点から世の中を見つめ、不寛容な社会をどう生きるべきか伝えたい…『テレビで会えない芸人』四元良隆 監督と牧祐樹 監督に聞く!
1990年代末にテレビから舞台へ活動の場を移した、芸人の松元ヒロさんを追ったドキュメンタリー『テレビで会えない芸人』が全国の劇場で1月29日(土)から公開。今回、四元良隆 監督と牧祐樹 監督にインタビューを行った。
映画『テレビで会えない芸人』は、立川談志や永六輔、井上ひさしらに愛された芸人・松元ヒロの生き方、彼の笑いの哲学から現代社会を映し出したドキュメンタリー。2020年5月に鹿児島でのローカル放送後、全国で放送され、日本民間放送連盟賞最優秀賞などさまざまな放送賞を受賞したドキュメンタリー番組に追加撮影と再編集を加え、劇場公開。かつて社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」のメンバーとして人気を博した芸人の松元ヒロさん。1990年代末、舞台に活動の主戦場を移した彼は、政治や社会問題を題材にしたスタンダップコメディで人気を博す。日本国憲法を人間に見立て、20年以上語り続ける松元さんの代表作「憲法くん」は渡辺美佐子さん主演で映画化もされた。なぜ、松元ヒロさんはテレビから去ったのか。テレビで会えない芸人の生き方を選択した松元ヒロさんの笑いの哲学から、モノ言えぬ社会の素顔を浮かび上がらせる。
2004年、別のドキュメンタリーの取材で、『篤姫』や『Dr.コトー診療所』の音楽を手掛けた鹿児島出身の音楽家である吉俣良さんの取材をしている時に「鹿児島出身のおもしろい芸人がいるんだよ」と聞いた四元監督。「テレビでは絶対にやれないネタばっかりなんだけど、その舞台を観ると胸がスッとするんだよ」と云われ「そうなんだぁ」と思った。同時に「テレビマンにテレビでは出来ないネタばっかりなんだけど」と云われ、ハッとさせられる。時が流れ15年後の2019年、松元ヒロさんが故郷の鹿児島で講演会をする機会があり、実際に舞台を観て「おもしろくて、ちょっぴり泣けて、深く考えさせられて、これは凄いな」と驚愕。その夜の酒席で「舞台が凄くおもしろくて、考えさせられました」と松元ヒロさんに直接伝えると、ニコッと笑われながら「テレビで会えない芸人を最近はテレビ局の人が観てくれるんです」と云われると共に「皆さんが必ず云うんです。『ヒロさんおもしろい。でも絶対テレビに出せない』と」と添えられた。15年前に吉俣さんから同じことを云われたことを思い出しハッとしながら「自分達のテレビの有り様があった。では、テレビで会えない本当の理由は何処にあるのか、松元ヒロさんから覗いてみたい。そして、自分達を見つめてみたい」と受けとめ、松元さんに取材を依頼。「ヒロさん、カメラを向けさせてもらっていいですか」、とお願いし「いいですよ」と承諾頂けた。「本当にいいんですか」と何度も確認してしまったが「きっと、鹿児島の焼酎を沢山呑まれていたので、酔っ払って良い気持ちになって『いいよ』と云われたのかな。故郷が助けてくれたんだな」と納得している。
ドキュメンタリー制作にあたり、自身で企画書を作成し通した四元監督。とはいえ「ドキュメンタリーというジャンルは、鹿児島テレビでは若い子達が今はなかなか作れない状況にあった。その責任は僕等にもあった。深く考えさせてこなかったことにつながる」と理解し「後輩達と制作することで、大事なものをバトンにして渡せる」と確信し、牧監督を選び、2019年3月から取材を始めた。牧監督は「最初から”この企画をやりたい”と飛びつきやすいものではなかった」と打ち明けながらも「テレビで会えない芸人さんにカメラを向けると何かしらのことが起きるんじゃないか、と大丈夫なのか」と躊躇してしまう。「ヒロさん自身が舞台という場所を自分で進んで選んでいる。『テレビに出ない』と云っている方にカメラを向けて、テレビに出すことは、果たしてどういう意味があるんだろう」と最初に感じると共に「どのように制作が進んでいくんだろう」と疑問を持ちながら現場に立った。取材を進めていく中で「こういう芸人さんをテレビの世界では観ないな。果たして、ヒロさん自身がテレビを見限ったんだろうか。それはテレビにも責任があるんじゃないか」と疑問を感じながら取材を続けていく。なお、制作前には四元監督と話し合い「この芸人さんを見つめることで、テレビの今を考えることになるんじゃないか」とベクトルは共有している。
牧監督の姿を見ながら、四元監督は「いやぁ、それは…」という彼の心中を察していたが「取材に入る時は、先入観があったとしても、現場でカメラを向けた時に違う風景が見えたら、答えは全く違う風景になっている。それは計算しない。あくまで、そういうことがあるんじゃないか」と説く。松元ヒロさんによる舞台のチケットは入手困難で多くのお客さんが劇場に詰めかけている、という事実があり「通常、テレビは話題性のあるものに飛びつく。でも、松元ヒロさんにはテレビは向かわない。だけど、舞台は満員で話題になる。何故なんだ」という疑問に端を発し「心の中で引っかき傷のように残った思いや世の中を表したものがあるんじゃないか」という動機を大切にして取材を進めてった。次第に、自身が思い描いた風景を松元さんに見せつけられ「世の中はこうなっているんじゃないの」と気づき「松元ヒロさんの芸や生き方を通して、僕等が向き合わないといけない」と実感。「牧君も『最初は意識が全くなかった』と云っていたが、松元ヒロさんという人間を世の中に見せつけられる。『考えないといけない』『そうだよな』と学び、様々な意味で、松元ヒロさんという人を更に深く理解すると共に、疑問を重ねながらカメラを向けていくことの繰り返しだった」と取材を振り返る。
政治や社会問題を題材にしたネタが豊富に披露されている本作。撮り終わった段階で、四元監督は「世の中に対して表現と言論の自由を訴求し、今のメディアのあり方を忍ばせながら、もう一方で、不寛容な社会をどう生きるべきなのか忍ばせている。どれが一番伝わるか、と考え一つ一つの取捨選択に関しては苦労していない」と自信がある。牧監督も厳選しており「僕等が見た松元ヒロさんを描けるネタをチョイスしています。自分達自身が面白いと思ったり、観られる方に提示したくなったりしたものを選んでいます」と添えた。二人の監督による制作体制について、四元監督は「大きな枠組みでは僕が構成していて、牧君が編集していく。お互いに流れを決め、実際に編集してみると『ここはこうですよね』『じゃあ、どうかな』とお互いに構成と編集をしていく」と説明すると、牧監督は「枠組みを決めた後は、1人こもって物語を作っていって、また一緒に見ながら確認していった。基本的に一緒に並行してやっているかな」と振り返る。また「意外と僕が頑固だったかもしれないですね」と冷静になりながら「編集していて、ディスカッションしながら、より良い形を探っていったかな。上司と部下ですが、対等にさせてもらった」と感謝していた。
撮影素材は、およそ350時間もあったが、牧監督は編集作業を重ねながら「『これはどういう話なんだろう』と二人で話しながら構成していっている。テレビで会えない芸人である松元ヒロさんを通じて、今のテレビを見つめてみようよ、という主軸があり、どういう風に物語が入り込んで、最終的に、どういう風に問題提起出来るのかな」と構想。一番最初に30分番組を制作しており「そもそも30分番組だけの予定ではなく、もう少し長尺にしようとしていた。次に50分のバージョンを作って、深夜放送しました」と説明。深夜放送した際には反響があり、再放送を望む声まであり、さらに放送メディアに関する賞を受賞するまでに至り「ゴールデンタイムに放送しましょう。深夜の再放送ではなく、ゴールデンタイムにしないと意味がない」と四元監督は決断する。「松元ヒロという芸人から世の中を見つめることが主眼なので、1時間見てもらって、文句があるなら言って来て下さい」と意気込み、CMにも力を注ぐとクレームを受けることもあったが、放送後に抗議の電話は一切なく、さらなる再放送を望む声も受けた。
映画化にあたり、牧監督は「50分から81分になので、違う印象を持って頂けたらいいな」と願いながら制作しており「追加撮影していた部分と、テレビ版の撮影時で収容出来ていなかった素材を、新たに松元ヒロさんの芸を伝える時に、このネタを入れると物語としても輝くんじゃないか、松元ヒロさんの人との関わりを加えることによって、作品が豊かになるんじゃないか、とシーンを加えてブラッシュアップしていきました」と明かす。四元監督は、それぞれのバージョンに意図を込めており「映画として楽しみながら、根底は何も変わらない。映画になった時、尺が長くなるので、空気感が出せる。不寛容な社会をどう生きるべきなのか、松元ヒロさんの生き方を通じて、より分かりやすく伝わる。これが映画なんだな」と実感している。
既に、1月14日(金)から地元である鹿児島の劇場で先行公開しており、四元監督は「松元ヒロさんのファンの方から『松元ヒロはきっと鹿児島テレビが作るドキュメンタリーで描けるわけがないので見ませんでしたが、映画を見て、本当に申し訳ありませんでした。これから鹿児島テレビを見ます。テレビは何だって出来るんですね』と言ってもらった時、届くんだな、ちゃんとこちらがなにかの思いがあって、ど真ん中に心をめがけて投げると届くんだな」と映画公開によって改めて教えてもらった。テレビマンとして「通常、テレビは観る人を信じてやりますが、目の前にはいなくて。映画は足を運んで映画館に来てもらってお金を払って観てもらう。そこに視聴者がいる。届けたい人がいるんだな」と実感させられ「大きな意味のあるものを教えてもらった」と感慨深い。
映画『テレビで会えない芸人』は、1月29日(土)より全国の劇場で公開。関西では大阪・十三の第七藝術劇場、京都・烏丸の京都シネマ、神戸・元町の元町映画館で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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