様々な出会いやときめきによって想像していなかった人生を送れるんだな…『94歳のゲイ』吉川元基監督に聞く!
日本の同性愛史を辿り、94歳の同性愛者に密着したドキュメンタリー『94歳のゲイ』が5月18日(土)より関西の劇場でも公開される。今回、吉川元基監督にインタビューを行った。
映画『94歳のゲイ』は、激動の時代を生き抜いてきた94歳の同性愛者の姿を通し、日本の同性愛史をひも解いたドキュメンタリー。1929年生まれの長谷忠さんは、自身がゲイであることを誰にも打ち明けることなく、ずっと孤独の中で生きてきた。そんな彼にとって唯一の拠り所は詩作で、1963年に現代詩の新人賞「現代詩手帖賞」を受賞して以来、著作も複数刊行され、95歳となった現在も日々、短歌を詠んでいる。かつて同性愛は“治療可能な精神疾患”と公然と語られていたが、時代の流れとともに同性愛者を取り巻く環境は大きく変化した。そんな中、ついにカミングアウトを果たした長谷さんは、理解あるケアマネージャーの存在に支えられながら、日々をたくましく生きていたが…
詩人として成功を収めながらも生きづらさを抱えていた過去と現在の日常生活を通して長谷さんの孤独な人生を浮き彫りにするとともに、日本初の商業ゲイ雑誌「薔薇族」の元編集長である伊藤文学さんのインタビュー等を交えながら、日本の同性愛者たちが歩んできた歴史を辿る。
元々は報道記者だった吉川さん。大阪市西成区あいりん地区でもよく取材をしている。高齢者が非常に多い街であり、様々なボランティア団体が支援しており、その関係者の1人から「90代のゲイの人が住んでいるよ」と伺った。90代のゲイという存在について、初めて聞き驚いてしまったが「私自身も不勉強で恥ずかしいです。今も昔も変わらずゲイの方はいたはずなのに、今は存在さえもなかったことにされてきたんじゃないか」と考察。「実際に話を聞きに行きたいな」と思い、取材に伺った。
初めて長谷さんにお会いし、御自宅に入れてもらったが、「あんた結婚しているの?子供はいるの?」と吉川監督の人間性を探られてしまう。そして「僕は結婚もしていないし、子供もいない。ちょっとおかしいな?って思うやろ」と尋ねられ、監督自身は返答に困惑。吉川さんは徐々に自身のことを隠さず曝け出していきながら、長谷さんの人生を少しずつ話してもらい、距離を縮めていく。長谷さんの自宅を訪ねる人はケアマネージャーの方々程度で、部屋でずっと過ごす生活をしていた。「話すのが好きな方ですね。その話を聞いていくうちに、こちらにも心を開いてくれるようになったのかな」と受けとめ「ドキュメンタリーを撮りたい」とお願い。だが「僕には家族もいないし、恋人もいないから、どんな風に描いても悲しむ人も喜ぶ人もいない」と言われ「取材を許可するかどうか、ではないのかな」と気づかされる。そこで、最初はカメラを入れず、一緒に炊き出しへ行きながら関係を築いていき、途中から自然にカメラを入れていっており「初めは少しカメラを意識して、カメラ目線になっていたんですけど、1日経てば自然に話してくれました。長谷さんの中でも、自身を曝け出し何も隠さない覚悟が決まっていったんじゃないかな」と受けとめていた。
「自分がゲイであることをずっと黙っていた」と長谷さんから聞き「何故この人は黙ってきたのか。何故言えなかったのか。社会的背景や歴史的背景から知りたい」と望んだ吉川監督。文献を調べていく中で、同性愛は病気として扱われてきたことが分かり「何故病気とされたんだろうか」と深堀していき「歴史的な事実と長谷さんの人生を重ねていこう」と最初のテーマを掲げた。とはいえ、長谷さんは90代であり、記憶の限界がある。「長谷さんは、自身について言葉を用いて表現し続けてきた。幼少期の頃から60代ぐらいの時までを6冊にわたって書かれている。それは、人に読ませようと思って書かれたものではない。当時の思いや細やかな出来事を記録している」と分かり、その内容を引用し「この時は、どんなことを思っていたんですか」と聞いていった。また、長谷さんは昔の写真を沢山持っており、当時の出来事を振り返りながら、カメラの前で語ってもらっている。
本作では、「積極的にLGBTQの高齢者の方々を支えたい」という思いがあるケアマネージャーでゲイであることを公表している梅田さんの姿も捉えていく。長谷さんが住むマンションは、福祉関係のサービスを運営している企業が管理業務を手掛けており、梅田さんは関係者の方から「90代のゲイの方が住み始めた」という報せを聞き、積極的に長谷さんに関わっていった。以降、長谷さんは部屋で過ごすだけでなく、積極的に出かけ、様々な人と接するようになっていく。そこで「まずは、男性の同性愛に関する歴史と長谷さんの人生を伝え、LGBTQの人達に見てもらおう」とジャーナリズムを強く意識した番組として編集され、2022年6月にMBSで、後にTBSでも放送された。その後、当事者の方々から「社会に溶け込んで、自分のことを隠しているゲイの人を取り上げてくれてありがとう」という声が多く、特に若者から「高齢のゲイがいるとは思わなかった」という感想が多く届いている。他にも、40代以上の男性の方から「(番組内で登場する)日本初のゲイ雑誌『薔薇族』の編集長があんな人だったんだ」といった驚きの声が多かった。また、福祉関係の仕事をしていてカミングアウトしているボーン・クロイドさんが番組を観て梅田さんに興味を持ち、コンタクトを取ってみることに。そして、釜ヶ崎まで訪れた際に長谷さんを見かけ声をかけたのがきっかけで、長谷さんの人生に興味を持ち、話を聞くようになっていった。そんな姿も吉川監督は取材をし続け「長谷さんの人生が動き出していく中で、LGBTQの話だけにとどまらず、1人の人間としての生き様や生き方をテーマにしよう」と編集方針を以て、映画版である本作を製作している。
既に、東京・東中野のポレポレ東中野で公開されており、舞台挨拶では長谷さんやボーンさんが登壇。お客さんからは「作品を通して、長谷さんの生き様を見ながら、表情等がどんどん若くなっているね、どんどんキラキラしているね」「当事者の 方に関わらず様々な人達が生きていることは良いな」といった感想を受け取っている。『薔薇族』編集長の伊藤文学さんも登壇し「『薔薇族』に救われた人と『薔薇族』を作った人が初めて対面し、長谷さんは伊藤文学さんに感謝の言葉を述べられました。伊藤文学さんも長谷さんと会えて『ここまで生きていてよかった』と話されました。その様子に涙を流している人が何人かいらっしゃいました」とレポートした。
現在、長谷さんは95歳を迎え「まだまだ元気です。取材当時よりも若返っている、と感じています。様々な出会いがあったり、ときめきがあったりしながら、こんなふうに変わるとは想像していなかった。非常に活動的で、私達には想像できないような人生を今歩んでいるんだな」と吉川監督は感心せざるを得ない。取材は今も続けており「舞台挨拶で初めて新幹線に乗って東京に行っている。4月21日に開催されたレインボーパレードやプライドパレードに初めて参加した。物凄い人の多さで『こんなに理解してくれる人がいるんだ』と仰っていた」と伝え「長谷さんが58歳の時もゲイのグループに参加してデモをしましたが、当時は、長谷さんは年齢が一番上で、他は20代、30代で若い人達ばかりだった。今、東京のプライドパレードに参加したら『こんなに仲間がいるんだ』と中高年のゲイがいることに非常に驚かれていました。時代の変化を長谷さん自身が認識されている状況ですね」とカメラを回しながら感じ取っていた。また、本作を通じて伊藤文学さんに会い「時代の流れに逆らい、世の中を変えていった伊藤文学さんについて1本のドキュメンタリーができるんじゃないか」と今後の作品づくりも楽しみにしている。
映画『94歳のゲイ』は、関西では、5月18日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場やシアターセブン、5月24日(金)より京都・烏丸御池のアップリンク京都、6月8日(土)より神戸・元町の元町映画館で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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