脚本無しでロケハン・シナハン・キャストをスカウトしながらの撮影スタイルが完成した…!『すべて、至るところにある』リム・カーワイ監督に聞く!
パンデミックと戦争に見舞われた世界で、バルカン半島を旅した女性が、姿を消した映画監督を捜していく道程を、セルビア、マケドニア、ボスニアの風景、旧ユーゴスラヴィアの建築物と共に映し出す『すべて、至るところにある』が3月15日(金)より関西の劇場で公開される。今回、リム・カーワイ監督にインタビューを行った。
映画『すべて、至るところにある』は、大阪を拠点に国境と言葉を越えて映画を撮り続けるマレーシア出身のリム・カーワイ監督が、『どこでもない、ここしかない』『いつか、どこかで』に続いて制作したバルカン半島3部作の完結編。旅行でバルカン半島を訪れたマカオ出身のエヴァは、そこで映画監督のジェイと出会う。その後、パンデミックと戦争が世界を襲い、ジェイはエヴァにメッセージを残して姿を消してしまう。彼を捜すためバルカン半島を再訪したエヴァは、かつて自分が出演したジェイの映画が「いつか、どこかに」というタイトルで完成していたことを知る。ジェイの行方を追ってセルビア、マケドニア、ボスニアを巡る中で、エヴァは彼の過去と秘密を知る。『いつか、どこかで』でも主演を務めたアデラ・ソーが主人公エヴァ、『COME & GO カム・アンド・ゴー』『あなたの微笑み』でもカーワイ監督と組んだ尚玄が映画監督ジェイを演じた。
ドキュメンタリーに近い撮影スタイルで制作してきたリム監督。バルカン半島3部作では、カメラマンと録音担当とリム監督の3人がロケハンやシナハンをしながら、現地にいる役者やおもしろい人に出会ってスカウトして出演してもらい、撮影していった。あくまで、ドキュメンタリーではなく劇映画を撮っていくが、脚本を用意しない。右往左往しながら6週間以上を要したが、1本の映画として『どこでもない、ここしかない』が完成。手応えがあり「もう1本撮りたいな」と模索。同様の方法を以って、現地のスタッフと話し、1ヶ月以内に撮りたいものを全部撮り終え編集し『いつか、どこかで』が完成。そして、バルカン半島3部作構想が膨らんだ。監督自身の中でも「こういったスタイルで撮れる」と自信がついた。脚本が無くともバルカン半島で撮った経験は重要で「撮影の規模は違えど、同じような方法論で『COME & GO カム・アンド・ゴー』や『あなたの微笑み』を撮った。僕の中では、撮影スタイルが完成した」と自負。「バルカン半島3部作も脚本なしでも撮れる」と自信があった。
だが、2022年、コロナ禍の真只中は、ワクチンを3回打たないと、日本との入出国ができない情勢だ。当時、ヨーロッパ諸国では既に制限が解除されており、ワクチン2回あれば、入国できる。「これはラストチャンスかな」と察し「3部作を撮ろうとしたら、今こそ行くしかないな」と直感。そして、アデラ・ソーさんに声をかけてみることに。当時のアデラさんも中国・マカオにずっと閉じ込められていたが「外に行きたい」という気持ちも強くなり「もう行きましょう」と賛同。2022年の夏に「共に旅をしよう」という気分でバルカン半島を訪れることに。とはいえ、彼女が主人公であることは決まっていたが、何を撮るか決めておらず。だが、ロケハンをしながら、尚玄さんの出演が決まったことは重要で「尚玄さんをキャスティングしていなかったら、映画監督に関する作品になっていなかったかもしれない。現地の人がキャスティングされていたかもしれない。設定も違ってくる。尚玄さんとスケジュール調整ができ『手伝うことがあれば行きますよ』と言ってくれたのが心強かった。尚玄さんのキャスティングによって、何ができるか考え、映画監督役を演じてもらうことになった。そこで、映画全体の構想が生まれてきた」と振り返る。
アデラ・ソーさんは『いつか、どこかで』に出演し、日本の劇場で公開されが、コロナ禍の影響を受けてしまう。だが「彼女と、もう1本作りたい」という気持ちがあり、シベリア鉄道を移動するロードムービーを模索。しかし、2022年2月25日、ロシアのウクライナ侵攻が勃発し、全世界がロシアをボイコットした。ロシアに行くことを考えられる状況ではなくなり「実際、ロシアに行くことは出来るけも、誰も行かない」と計画を断念。そこで「バルカン半島3作目も彼女にお願いしようかな」と構想。尚玄さんは『あなたの微笑み』に出演し「素晴らしい俳優だ」と絶賛。脚本なしでリハーサルがなくとも演じられる、という条件にピッタリだった。尚玄さんも抵抗感なく演じており「僕にとって、やりやすい。彼は、日本人とも外国人とも見えない独特なイメージを持っている俳優。ぜひ彼といつかまた撮りたいな」と展望し、親交を深めている。
撮影期間間もコロナ禍真只中であり、ロシアのウクライナ侵攻もあり「映画監督役の尚玄さんには、世界情勢に惑わされていく姿を演じてもらいたい」と検討。「映画監督でなくとも、敏感な人であれば、不安定の世の中に身を置けば、これからどうやって生きていけばよいのか、前向きになれない状況ですよね。そういったクリエイターの話にしよう」と取り組んだ。リム監督自身は、戦争を体験していないが「バルガン半島は、37年前に紛争があった。終戦後、戦争があった国をリアルに見ると違う感覚があるかもしれない。民族や宗教の問題に翻弄され、独裁者にも利用されている」と述べ「沢山の人が犠牲になり、一般人も巻き込まれながら、戦争はいつか終わる。でも、終戦後には、体験した人々の中には、色々なものが残っているんじゃないか。別の話題に関心を向けるが、また別の事態が起きるかもしれない」と説く。バルカン半島3部作を撮りながら「どの作品も、誰も興味がなかった人々を撮っています」と表現し「バルカン半島は今どうなっているか、誰も知らない。実は、すごい平和で、日本人と変わらない生活をしている。だが、誰も彼らのことに興味がない。でも、やっぱり何らかのことがあるんじゃないか」と感じ取り、撮り続けてきた。
最少人数でロケハンやシナハンをしながら撮り続けており、移動時は、現地在住である録音のボリス・スーランさんが運転。不安定な道を行き来しながら、録音の仕事もしてもらっている。リム監督は申し訳ない気持ちになりながらも「撮るしかない」の一心で取り組んでいた。劇中に登場するカフェは、ロケハンをしながら偶々見つけた。事前情報もなかったが、偶々カフェの店内に入ってみて、好印象な雰囲気で「撮影したい」と決め、オーナーらに相談。「親戚や家族をなくした現地の戦争体験者らが時間を潰すために集まる場所だ」と分かり「彼らを撮影していると、言葉はあまり通じなくとも仲良くなり、楽しかった」と良き体験となった。
編集にあたり、本作について「クラシカルな映画であり、ロードムービーであり、ラブストーリーでもある」と表現。音楽に関しても「クラシックの音楽があればいいな。そして、サイバーパンク的なシンセサイザーを用いた音楽も取り入れよう」と考え、音楽を担当する石川潤さんに依頼した。尚玄さんが映画監督役に決まった段階で「今回の映画は、3部作の最終章にふさわしい映画となるな」と予感。「彼が映画監督であることを示唆するため、どんな映画を撮ったか説明しないといけない。彼が撮った映画に登場した人物も出演しないといけない」と認識し「本作の構想が決まった時、3部作の構想が出来上がった。これはおもしろい」と実感。完成した作品については「こういうストーリーになるのか」といった驚きの反応を受け取ると共に「すごく気に入ってくれていた」と感じ取った。長期間の撮影を共にしたボリス・スーランさんには、編集し終わった映像を最初に見せており「すごく感動してくれたんですよね。すごく嬉しかったですね」と感慨深げだ。
映画『すべて、至るところにある』は、関西では、3月15日(金)より京都・出町柳の出町座、3月16日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォ、3月22日(金)より兵庫・豊岡の豊岡劇場、3月23日(土)より神戸・元町の元町映画館、3月29日(金)より兵庫・宝塚のシネ・ピピアで公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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