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現場で働く方を信じ、裁量が委ねられ、自分達の能力を活かしている…『その鼓動に耳をあてよ』足立拓朗監督と圡方宏史さんに聞く!

2024年1月30日

“断らない救急”をモットーにしている名古屋掖済会病院に運ばれてくる患者達と、コロナ禍で窮地に立たされたERをありのままに収録した『その鼓動に耳をあてよ』が2月3日(土)より関西の劇場で公開される。今回、足立拓朗監督とプロデューサーの圡方宏史さんにインタビューを行った。

 

映画『その鼓動に耳をあてよ』は、愛知県にある名古屋掖済会病院のER(救命救急センター)を取材したドキュメンタリー。名古屋港から北へ3キロの場所に位置する名古屋掖済会病院のERは、救急車の受け入れ台数が年間1万台と県内随一で、24時間365日さまざまな患者が運び込まれてくる。「断らない救急」をモットーとする同病院では、身寄りのないお年寄りから生活困窮者まで誰でも受け入れてきたが、新型コロナウイルスのパンデミックにより、救急車の受け入れ台数は連日過去最多を更新。他の病院に断られた患者も押し寄せ、みるみるベッドが埋まっていく。かつてない窮地に立たされたERの様子をありのままに記録し、ERの仕事を“究極の社会奉仕”と捉えて日々全力を尽くす医師達の姿を映し出す。東海テレビによる劇場公開ドキュメンタリーの第15弾で、『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』の阿武野勝彦さんと圡方宏史さんがプロデュースを手がけ、足立拓朗さんが映画初監督を務めた。

 

東海テレビのニュース番組内にある10分のコーナー枠で、名古屋掖済会病院のERに密着し医師も大変であることを伝える特集の取材をした圡方さん。救急科センター長の北川喜己医師と仲良くなると共に「いつかはドキュメンタリーとして長く報道してくださいね」と依頼を受けた。「もしかしたら…」と応えながらも「まさか、そんなわけないだろう」といった心持ちに。2020年以降、コロナ禍となり「ドキュメンタリーで、あの病院を追いかけたら興味深いかも」と思い浮かんだが「自分向きじゃないな」と判断。当時、足立さんも名古屋掖済会病院で新型コロナウイルスに関する取材に取り組んでおり、圡方さんは「彼がやった方がおもしろい作品になるんじゃないか」と着想。誘ってみると、足立さんは、本作に関する企画書を書いていた頃だった。

 

今回、スポットが当てられた名古屋掖済会病院は、名古屋市中川区の下町エリアに位置する。生活保護を受けている区民や独居老人の人が多く、周辺には長屋や町工場が多くあり、元々は、船乗りの方が伺う病院だったこともあり、患者が担ぎ込まれてくることが多い。近年、救急車をタクシー代わりに使って病院に行く人までいることが報道されており、圡方さんは「けしからん」と思っていたが、足立さんが撮った映像を見てみると「病院に来ることが出来ない事情もあるんだな。逆に、救急車を呼ぶのを躊躇う人がタクシーを呼ぶ例もあるんだな」と考え方を改めるようになった。名古屋掖済会病院では救急車を使わず自ら救急外来に来る人だけでも1日あたり100人近くおり「さらに、救急車が何十台も到着する。凄い人数ですよ」と足立さんは力説。「実は、この病院を取材し始めるまでは、救急外来があること自体も知らなかった」と打ち明けながらも「何でも診察してくれる病院がいつでも24時間OPENしている、と住民が知っている。平日の昼間だけは救急外来は開いていないけど、救急車から運ばれてきた患者も同じ受付で対応し、最後は会計窓口となるので、受付は必ず常駐しており、外来患者は来てしまう。しかも初診料を請求しない」と驚くばかりだ。映画の中では、ERの事務所にカメラを向けると、大量の未払い請求書が映し出されており、圡方さんは「普通、医療事務の方は権限で持っておらず、医師や院長といった判断力を持つ人が采配する。ここは、自身の判断で見せてくれる。リスク管理が徹底される現代においては、素敵なことだと思った。ああいうとこで働きたいな」と羨望の眼差しを送る。なお、このシーンがTVドキュメンタリーとして放送された際に視聴者からのクレームもなく、病院内では問題にすらなっていない。

 

医師と看護師の連携も素晴らしく、足立さんは「通常、業界はピラミッド構造。様々な病院を取材したけども、ここのフラットさは異常。だけど、フラットじゃないと、あれだけの患者を受け入れても、さばくことが出来ない」と伝わってきた。圡方さんは「現場に裁量が委ねられており、現場で働く方を信じているので、その人達が自分達の能力を活かしている」と捉えており「スーパー広報マンがおり、自分達でこういうことを取材できますよ、こんな素材がありますよ、と提案してくれる。病院を守ろう、病院にお客を連れてこよう、という姿勢ではなく、もっと世の中のためになりたい、といった社会的な意義を広報の人が持っている稀有な病院」だと理解している。だからこそ「いざ!という時こそ皆で協力してやらないといけないことがある。だからこそ、普段はなるべく自由になり、チームワークを重視している。それだけの数の患者を診ており、やるべきことをやっている」と評した。

 

TVドキュメンタリーとして長期間に及ぶ取材をするべく、足立さんと圡方さんが共に北川医師に直談判。本格的な取材は難しいと思われたが「全然良いよ」と意外な反応が。「これが北川医師の度胸か」と足立さんは納得せざるを得ない。圡方さんは「トップが”良いよ”となれば、ERで働く人達は安心する。とはいえ、現場で働く方々にとっては、取材に応じていられる時間は多くないはず」と冷静に受けとめており「看護部長等のキーマンとなる人は、北川医師から現場で教えてもらい、一緒になって挨拶回りをしてもらった。スタートは順調だった」と思い返す。とはいえ、取材を始めてみると、取材に関する詳細な連絡までは行き届いていなかったようで「連絡は来ているけど”来るんだよね”程度の感覚でした。来るのは知っているけど、”誰、あなた達?”といった反応で、最初は大変でしたね」と足立さんは苦笑い。少しずつ関係性を構築していった。撮影では、患者には話しかけらないので「カメラマンがスーパーマンだった。最初は一緒になって撮影するけども、ここからはもう大丈夫だな、と思えば、僕は取材許可を得る役割に軸足を移して撮影を任せていた」と振り返る。足立さんは営業部出身、圡方さんは制作部出身であり「TV局は情報番組やバラエティ番組に携わりながら異動していく。その過程で辿り着いたのがドキュメンタリーの監督。手練れではないので、ディレクターにとって、周りにいるスタッフがベテランとして助けてくれることが大切。特に、現場でカメラマンに細かく指示してられないので、彼らが機転を効かして撮ってくれることは助かっています」と圡方さんは感謝せざるを得ない。

 

取材は、2021年6月から2022年3月まで行われており、新型コロナウイルス感染症の過去最大の流行となった第5波の真只中であり、現場は大変な状態が続いていた。次の流行に関する波が近づいていることを認識していた足立さんは「医療従事者の人達もリスクがありますから、現場での判断が難しいですね。受け入れなきゃいけないけど、病院の中でパンデミックが起こると、どうしようもない。僕らが取材していた時はまだワクチンがなかった。幸いにも取材中に僕らもコロナには感染しなかったのは良かった。とはいえ、医師や看護師が感染していたが、重症ではなかった」と冷静に受けとめている。取材を終えた後、3月末には「はだかのER救命救急の砦2021-22」として放送された。

 

放送当日の足立さんは、番組に届く批判や苦情を恐れ「名古屋にいたくなく、大好きな大阪に1人で来て呑んでいたんです。結局、寂しくなり、友達に連絡して一緒に呑んでいました」と告白。しかし、実際は「断らない救急は凄い」「こんな人達こそ感謝したい」といった良き反応の声が多かった。さらに、医療従事者の方から「ドラマで描かれるような救急なんてありえない。本当はこういうものなんだよ、と示してくれてありがとう」といった感謝の声もあり「やはり、そうやって思ってくれているんだな」と実感。他にも「私はこういった現場にいたけど、彼らのようになれず、疲れてしまってドロップアウトしました。だけど、応援しています」といった声もあり、番組への批判はなかった。圡方さんは「テレビが報道していく中で、瞬間的にシーンを捉え『なんでこんなことをやったの』『これで傷つく人がいるんじゃないの』と投げかけられる。本人が傷ついていなくとも、傷ついた人の代弁者として、お叱りをいただくことが多い」と述べ「誰かがこんなことを考えるんじゃないのか、と気になり出すと止まらない癖はあります。特にニュースでは直ぐに謝罪を入れるので、癖が身に沁みついている」と足立さんを宥めていた。とはいえ、番組が放送された当時は映画化までは計画されておらず、圡方さんも「阿武野さんも考えていなかった、と思います。実際、テレビだけで終わる作品がいっぱいあるので」と謙遜。だが、2022年秋に文化庁芸術祭で優秀賞を受賞し「再編集が行われた作品を観た阿武野さんが、映画に出来る、と思ったのではないか」と察している。

 

映画化にあたり、タイトルは阿武野さんが決める慣習があり、圡方さんは「一応僕らも出すんですけど、違うなぁ…となってしまう」といつも大変だ。今回は、阿武野さんが挙げたタイトル候補のリストの中から足立さんが直感で選んでおり「僕が描きたいメッセージが包括されている。”鼓動”が救急の未来の足音のように感じた。最初に見た時は、心臓の音だとは思わなかった」と語る。最終決定では、圡方さんから「自分の作品なんだから自分で選べ」と言われたが、足立さんは「阿武野さんやスタッフの反応を伺いながら、皆で多数決する雰囲気にしたかった。でも、皆の反応がイマイチで…」と困惑。改めて、圡方さんは「僕はコレが良かったけど、自分の意見が左右するのは変だ。ドキュメンタリーは周りのスタッフが支えているが、監督の思いがないと意味がない。阿武野さんはこれまでの実績がある偉大なプロデューサーであっても、忖度してしまうと、却って足立のためにならない」と気遣っていたことを示唆した。

 

これからのERについて、足立さんは「花形のように見られるかもしれないが、実際は全く花形ではない。人気もなく、かつ、報われない。下に見られていく未来がある。だが、救急はこれからもっと大事になっていく時代」だと考えており「これからさらに強化されていくべきにもかかわらず、世の中を見渡せば、何も変わろうとしていないのが嫌だな。今こそ必要とされる災害医療も救急の医者がやっていることもあまり知られていない」と嘆かざるを得ない。圡方さんも「あらゆるものが診られるから、現場では重宝されるべきだ。こういう病院に光が当たってほしい」と主張していく。ERでの経験は他の病院において幾らでもニーズがあり、足立さんは「ERだけでなく、過疎地の病院はさらに後継者不足。なんでも診られるし、その量は尋常じゃない。症状の診断が出来れば、大きい病院に転院させられる能力もある」と理解しているが「実際、引く手数多のオファーが来ているけども、だからといって異動しない」と彼等のスタンスも見極めていた。

 

救急科センター長だった北川医師は、現在、名古屋掖済会病院の院長を務めている。圡方さんは「経営・お金・数字だけじゃないものを見ている人が、本来は組織を束ねる長になってほしい。だが、ドラマと違い、現実はそうはいかない」と実感しており「僕らから見れば、この病院に関しては、現場からの信頼が熱い人がトップになったので、凄く良かった。知的で病院行政もしっかりやっている。貴重な存在だと評価されていくかもしれない」と期待は大きい。本作の公開もあり「自分達が見られていることを自覚することがあるかもしれない。他の病院との違いを知らないので、映画を見て、自分達の頑張りを分かってくれるといいな」と楽しみにしており「北川医師は院長になっても、世の中との接点を常に持っているので、ずれていかない。ずれていくと、歪みが生じて、おかしくなっちゃう。だから、名古屋掖済会病院はつぶれない。大変過ぎる現場も解消しながら、チームワークを重視して徐々に折り合いをつけて変えていってくれるんじゃないか」と現場の今後を見つめている。足立さんも「現場が楽しいんでしょうね。もちろん、人を救う、という大名目に彼らは立っているので、楽しさだけではない」と真摯に見ており、圡方さんは「自分がいることで救われる命があることが大きいですね。それがどこの病院でも感じられるわけでも今はなくなっているかもしれない」と見据えていた。

 

映画『その鼓動に耳をあてよ』は、関西では、2月3日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場と神戸・元町の元町映画館、2月16日(金)より京都・烏丸の京都シネマで公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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