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今までカメラを向けてきた動物をモチーフにしながら東京の地面の下に埋もれた失われた記憶や命を描いていった…『リング・ワンダリング』金子雅和監督に聞く!

2022年3月18日

人の“生”と“死”に実感を持てない、漫画家志望の青年が、不思議な娘との出会いをきっかけに、東京に眠っている土地の記憶に触れていく姿を描く『リング・ワンダリング』が関西の劇場でも3月18日(金)から公開。今回、金子雅和監督にインタビューを行った。

 

映画『リング・ワンダリング』は、東京の下町を舞台に、人間の生や死に実感のない若者が不思議な女性との出会いを通して命の重みを知る姿を、切なくも幻想的に描いた物語。漫画家を目指す青年である草介は絶滅したニホンオオカミを題材に漫画を制作しているが、肝心のオオカミをうまく形にできずにいた。そんなある日、彼はバイト先の工事現場で、逃げ出した犬を探す女性ミドリと出会う。草介は転倒して怪我を負ったミドリを彼女の家族が営む写真館まで送り届けるが、そこはいつも目にする東京の風景とは違っていた。草介はミドリやその家族との出会いを通し、この土地で過去に起きたことを知る。
『花と雨』の笠松将さんが主演、『孤狼の血』の阿部純子さんがヒロインを務め、安田顕さん、長谷川初範さん、片岡礼子さんが脇を固める。

 

短編作品『逢瀬』『水の足跡』、そして前作『アルビノの木』と『リング・ワンダリング』からなる作品を動物四部作と位置づけている金子監督。動物は勿論好きであり「動物は映画的なものだと思う。動物を一つのモチーフとして掘り下げたい。さらに動物に関する作品を撮りたかった」と明かす。また本作は、東京の地面の下に埋もれた失われた記憶や命を描いており「ニホンオオカミというかつては存在したが絶滅し、今は情報がわずかしか残っていない動物は、この世から失われてしまったもの、私たちが見失ってしまったものを描く本作のテーマに重なり、象徴になる。今までカメラを向けてきた動物を、さらにシンボリックなものとして描きたかった」と話す。

 

2017年の春頃から本作について考え出していたが「東京を題材にして映画を作ったことは一度もない」と気づき「自分が生まれ育ち、ルーツである東京という土地について描いてみよう」と着想。当初は短編作品として考えていたが「ニホンオオカミや戦争や花火といった描きたい複数のモチーフがあり、それらが一つのストーリーとしてつながる瞬間があった。漫画家志望の青年・草介が、現代と過去の2つの時間軸を行き来する物語は短編企画時からあったが、彼が描く漫画の実写映像化を交えることで世界観を大きく拡張した」と、長編化のプロセスを明かす。3つのストーリーが盛り込まれており、シナリオ執筆は大変そうだが、監督は「シナリオを書く上では大変ではなく、素直に書けていった」とあっけらかんと話す。

 

今作の主人公である草介について「ニホンオオカミの漫画を書こうとしている一風変わっているキャラクターでありながら、今時の若者らしさもある。画を書いているシーンが多いので、映画的には動きが少なく面白くなりづらい」と受けとめており「おもしろくさせるには、なにをしでかすか分からないところがある、緊張感がある人がいい。さらに、主人公自身が動物的な一面がある役者さんが良いな」とキャスティングを考えていく。20代の俳優をかなり調べたが、なかなか見つけられなかったが、偶然にも、笠松将さんが初めて主役を演じた『花と雨』の予告編を観て、眼光の鋭さにピンときた。直接お会いしてオファーしてみると「笠松さんは、自分を選んでくれたことを素直に喜んでくれた。最初に会った時に『なぜ僕なんですか』と云われ、今回オファーした経緯をお伝えした。全力で演じるタイプなので、そして主演作なので、この作品ととても大事に向き合ってくれている」と好感を得られた。

 

ミドリ役の阿部純子さんは、出演している映画を観た際に好印象があり「映画によって雰囲気が変わる。演じた役そのものにしか見えない。同時に、ミステリアスで神秘的な雰囲気がある。迷いなくオファーしました」と明かし、笠松さんに会うより早く決定していたという。「ミドリだけでなく、彼女の両親も含めたある時代の家族と出会い交流して、主人公が変化していく物語なので、その家族がお客さんの印象に強く残り、ラストシーンにつながっていくのが大事」と意識しており「ミドリのお父さんとお母さんも、出演シーンは短くとも存在感があり、心に残る人物であるべき」とキャスティングしていく。様々な御縁によってオファーへと至っており「ミドリの父親を演じた安田顕さんは多忙ななか、奇跡的に承諾頂いた。片岡礼子さんは『アルビノの木』でコメントを頂いており、昭和のお母さんが似合う」とそれぞれの役がハマった。現場に入ってみると「片岡さんと阿部さんが並ぶと、身長がほぼ同じで、横顔のシルエットが似ていた。親子に見えた。3人並ぶと本当の家族のようだ」としっくりと感じており「バラバラにオファーしたが、この3人は揃うべくして揃った」と自信がある。なお、草介が描いた漫画の映像化では、長谷川初範さんが出演しており「前作『アルビノの木』に出演して頂いたのに続いて2度目。短編『水の足跡』をゆうばり国際ファンタスティック映画祭で観て頂き気に入ってくれた」という経緯があり「実は長谷川さんは、高校生時代にレスリングを経験しており、アメリカ留学もしていた。格闘技が出来るので、身体能力が高い」と信頼し、オファーした。

 

撮影では「動物や自然は思い通りには撮れないので、一番大変かもしれないですよね」と話しながらも「全てがコントロールされている作品がおもしろい、とは思っていない。コントロールしきれないものこそがおもしろい」とユニークな視点を以て説く。「今回は俳優達も自分のコントロールを超えていく魅力があるところがとても良かった」と述べ「コントロール出来ないものと向き合い、戦ったり調和したりしながら撮っていくことに映画を作る醍醐味がある」と現場を楽しんだ。

 

シナリオ執筆の初期段階で「思いやモチーフが線となって繋がった瞬間が一度あった」と手応えを得て以降、制作段階では様々な苦労があり「完成後、昨年11月にインド国際映画祭のメインコンペに選出され、現地シネコンの最大スクリーンで画と音が最高の状態で観た時に完成した」と感じ、ようやく充実感を得られた。「外国の方は日本の文化やディテールを知らないので、よりいっそう不思議な世界にすんなりと入ってもらった」という印象があり「素直に純粋に観てくれておもしろがってくれているな」と感じた。ワルシャワ国際映画祭では笑いが多く起こり「シリアスなテーマがある中で、どこかでユーモアがあった方が良い。温かい血の流れた人間達がしっかり描かれているからこそ、後に主人公が命の重さを感じることに真実味が出る。それがちゃんと伝わったのでは」と喜んでいる。

 

なお、本作のタイトルだが、短編を企画していた時は『花火の夜』だった。長編制作が決まった段階で、不思議な雰囲気とスケール感のある様相にしたかったことから「リング・ワンダリングは登山用語。霧などで真っ直ぐに歩いているはずが方向感覚を失い、同じ地点に戻ってしまう、といった遭難する意味合いがある」とふまえた上で「主人公が彷徨っている心境を表すと共に、物語自体が最終的に一つの円として結ばれる意味でのring。ワンダリングは、彷徨う意味のwandering、と同時に不思議を指すwonderingのダブルミーニング」と二つの意味を盛り込んでいる。

 

映画『リング・ワンダリング』は、3月18日(金)より大阪・梅田のシネ・リーブル梅田や京都・九条の京都みなみ会館、3月19日(土)より神戸・元町の元町映画館で公開。なお、3月19日(土)には各劇場に金子雅和監督を迎え舞台挨拶を開催予定。

今作の主人公が体験する狐につままれたような出来事…いや狼につままれたような出来事を端的に表現したタイトル。彼が彷徨うことになるのは場所や生命が持つ記憶だ。

 

漫画家である主人公が描こうとしている明治時代の日本と彼が迷い込んだどこか懐かしい場所、そして今もなお開発が進む東京を繋ぐのは失われた記憶。長い時の中で場所の風景は変わり、多くの命が育まれては失われていった。高層ビルが建ち並ぶオフィス街にはかつて自然豊かな森や水辺があったかもしれない。きっと開発の中で多くの命が失われたはず。または、人間達が引き起こした無益な戦争によって多くの命が失われたかもしれない。しかしその記憶は誰も知らない、もしくは、忘れられてしまった。絶滅したニホンオオカミも戦争で命を失った人々も忘却の彼方へと追いやられている。

 

人は悲惨な過去や無自覚な所業を忘れたがるものだ。しかし、過去を知らなければ同じ悲劇が繰り返される。忘れてしまったものや失ったものは取り戻せないが、せめて過去に思いを馳せる事で新たな道筋が生まれるかもしれない。失われた記憶への情念と語り継ぐ意志が生み出した幻想的な世界観は独特で忘れ難かった。ラストカットは、まるで過去の揺籠に眠る赤子のようだ。

fromマリオン

 

現実世界、マンガの中の世界、そしてもう一つの不思議な世界。グルグルと三つの世界を回る今作はまさしく、”リング・ワンダリング”。鑑賞後は何故か自分も彷徨ったかのような、フワフワとした、浮遊感に包まれた。日々慌ただしく、流れていく時の中で、アップデートされては、失われて行く、記憶。大切な事に、フッと気づかせてくれる。本作のような映画は、もっと大事にしなければいけないのかもしれない。

from関西キネマ倶楽部

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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