何かに不満を持っている人達にカメラを向けて、彼等をメインストリームにした物語を作っている…『異物 -完全版-』小出薫さんと宇賀那健一監督に聞く!
変わらない日常に不満を抱えている主人公と、その日常の中に入り込んだ“異物”をめぐる人間模様を描く『異物 -完全版-』が関西の劇場でも2月26日(土)より公開。今回、小出薫さんと宇賀那健一監督にインタビューを行った。
映画『異物 -完全版-』は、『黒い暴動』『転がるビー玉』の宇賀那健一監督が手がけた連作短編「異物」「適応」「増殖」「消滅」の4作品をつなげて2本の作品として劇場公開。日々の生活に言い知れぬ閉塞感を抱いている女性カオル。彼氏のシュンスケはご飯を食べるためだけに家に来ては、「美味しい」とも言わず帰っていく。出会い系アプリのアルバイトも、そこで働いている下らないことしか話さない人々も大嫌いだ。そんなある日、カオルの家にあるものがやってくる。延々と続く退屈な時間を過ごす人々の日常に、理由もなく謎の異物が介入していく様を描いたエロティック不条理コメディ。出演は小出薫さん(「異物」「消滅」)、田中俊介さん(「異物」)、石田桃香さん、吉村界人さん、田中真琴さん(「適応」)、宮崎秋人さん、ダンカンさん、高梨瑞樹さん(「増殖」)、田辺桃子さん(「消滅」)ら。
映画制作の依頼を受け、最初に短編の「異物」を撮った宇賀那監督。当時は「不条理コメディを撮りたい」と思い始めたが、その後にコロナ禍となり「世の中の方が不条理になってきた。映画は負けてられない」と意気込む。2020年6月の緊急事態宣言明けに「適応」の制作に着手。当初はスピンオフの予定で、長編化の予定はなかったが、「異物」と同じ路線で2本目を撮っても「ハードになっていくだけの物語になってしまう」と感じ「経路をガラッと変えて”コーヒー&シガレッツ&異物”がテーマ」と設定。周囲の評判が良く、まだコロナ禍が収まらない中で「最後まで責任を以て作り上げて長編化しよう」と決断し、2020年10月に「増殖」「消滅」を撮影。「適応」がコメディ寄りの作品となり「次は重厚感ある物語だけどPOPな物語にしたいな」と着想していく。
各短編作品それぞれにモチーフがあり、「異物」は『イレイザーヘッド』や『鉄男』や『ポゼッション』、「適応」は『コーヒー&シガレッツ』、「増殖」はロイ・アンダーソンやアキ・カウリスマキの作品のようなシュールなテイストと趣向を凝らしている。「消滅」については、「異物」のカオルによる物語で終わらせようとしており、「異物」はカオルが住む一部屋の話、「適応」が外とカフェでの話、「増殖」が森と工場による広い世界の話、「消滅」ではカオルの狭い世界から外に出るようになった物語を表現しており、『街の灯』のチャップリンをイメージさせた。作品毎にテイストが違うが「4章まで分かれたことによって、1本の映画の中で起こっている」と不思議な作品に仕上げていった。
作中に登場する”あいつ”という異物の存在について、宇賀那監督は「セックスレスのカップルが解消するために外的要因を与えることにより上手くいくことがあるのに、皆が恥ずかしがってやらない。そこで苦しんでいることを美しく感じて緩やかに死んでいく物語が日本映画には余りにも多い。それをぶち壊す存在を物語に取り入れたい。そこで異物を登場させました」と説く。特殊な造形を成しているが「葛飾北斎の『蛸と海女』や『鉄男』のビジュアルイメージ、感情を分かりやすくしないために目をつけない」と趣向を凝らしている。なお、異物という言葉の捉え方を劇中では名言しておらず「もしかしたら、異物にとっては人間が異物かもしれない。カオルが異物になる場所もある。余白を敢えて与えている。説明することを嫌っている」と解説した。
カオルを演じた小出さんは、宇賀那監督が2017年12月に開催したワークショップに参加しており「当時から演技が良く、仕事をしたいと思いつつ、作品に合うイメージがなかった」と当時はキャスティングを断念。今回、異物に対する共通の感覚を持っていると気づき「カオルは台詞がほとんどないので、表情で表現できる方」だと判断した。当初、小出さんは「私で良いのかな。田中俊介さんは映画に沢山出演している役者さんなので、私で大丈夫かな」だと不安に。とはいえ「私は映画に出演したくて俳優を目指して、15年を経てやっと映画に出れる」と嬉しく「鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』が大好きで、シンプルな脚本の中にも監督が表現したいイメージが合ったので、具現化する為なら力を貸します」と賛同。役作りについては宇賀那監督と十分に話し合ったわけではなく「自分の過去の経験から、不服だけど勇気を出して一歩踏み出せなかった経験を自分の中から引っ張り出して思い返してみました。現場では、表情のチューニングをしていました」と話す。宇賀那監督は事前にリハーサルすることを好まず「今回、グループで仕事をしたあの子達だけは演技経験があまりなかったので一度やりましたが、基本的にやらない。2回ぐらい本読みをした程度」と明かし「聞かれたことには応えるが自分からは提示しない。準備してきたものについて現場で話し合う。今回は宝庫性が違うことはなかったので、チューニング程度で終始していました」と振り返る。
撮影現場について、宇賀那監督は「基本的に無茶苦茶楽しい現場だった。日々笑っていた」と作品の内容とは真逆のことを話す。「触手はアナログ。テグスで動かして後で消している。基本的に演出部で動かしているが、人手が足らない時は他のスタッフが加わったり、小出さん自ら動いたり動かしたり」と明かすと、小出さんは「どんな現場になるか想像できなかったので、走っている電車に乗ったら降りられないような感覚でした」と思い返す。宇賀那監督は「基本的に大変なことはあまりなく、強いて言えば…」と告げ「絡みのシーンではローションを用いているので、にがりで落とさないといけなかったり畳に養生したりする大変さがありました」と語る。なお、”あいつ”は1体しか作っておらず「増殖」においては「定点で撮っているので移動させたりグリーンバックの合成をしたり。30体分の合成をしているので、正解が分からなくなったり」と苦笑い。小出さんも「スタッフも役者も映画が好きで楽しんでいました。その中でも監督が一番楽しんでいました。田中俊介さんと私と異物が絡むシーンでは皆で汗をかきながら必死に触手を動かしている中で、監督がモニタールームで爆笑している。監督の笑い声が入ってしまいカットになっている。カメラマンが笑って震えちゃってやり直したり」と漏らし、宇賀那監督は「異物が登場して翻弄される人達が滑稽でおもしろい物語を作っているつもりでいた。同時に、翻弄される人がおもしろいことをやる為にスタッフとキャストが奮闘している姿がおもしろい状況になっていました」と告白した。また、作品全体を通してモノクロにしており「カオルの部屋の話を窮屈に見せたかった。あの部屋の生活にウンザリしているけど出ていくことが出来ない。モノクロで1:1に近いスタンダードサイズにしています」と述べ、音声は「異物」は冒頭から最後の絡みまではモノラルにして5.1chに切り替えて「適応」でステレオに戻しており「映画館だからこそ味わえる遊びを取り入れています」と説明した。
最後の「消滅」にある田辺さんと小出さんによるシーンは撮りながら、宇賀那監督は「あまりにもジャンルが違い、説明がないので、ある程度の不安があった。あのシーンでまとまった。全てを回収しきった」と本作に対する一つの確信を得られている。各国の映画祭にも出品しており、イタリアの国営テレビから取材を受け、ディレクターの方から「35年の中で一番の映画だ、こんなものは観たことがない」と云ってもらっており、手応えを感じられた。
宇賀那監督はこれまでジャンルが異なる様々な作品を手掛けてきたが「自分がメインストリームに立てないと思っている人達にカメラを向けている」と共通項を挙げる。「『黒い暴動』ではガングロギャル、『サラバ静寂』は禁止されているものに魅入られてしまった人。『魔法少年☆ワイルドバージン』は童貞、『転がるビー玉』は一見上手くっているようだけど東京で上手く進めずにいる女の子の物語」と提示し、本作においても「何かしらに不満を持っていて、コミュニケーションの断絶に関するお話。セックスレスや元カレ元カノ、上司と部下。何かに不満を持っている人達にカメラを向けて、彼等をメインストリームにした物語を作ることに一貫して手掛けている」とブレていない。既に2作品を仕上げており、期待が募るばかりだ。
映画『異物 -完全版-』は、関西では、2月26日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開中。また、3月11日(金)より京都・九条の京都みなみ会館でも公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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