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『草の響き』斎藤久志監督に聞く!

2021年11月2日

心のバランスを崩し、妻と函館戻った男が、医師に勧められ函館の町を、走り、その過程でさまざまな人々と交流する様を描く『草の響き』が全国の劇場で公開中。先日、斎藤久志監督にインタビューを行った。

 

映画『草の響き』は、『そこのみにて光輝く』『きみの鳥はうたえる』等の原作で知られる夭逝の作家である佐藤泰志さんの小説を、『寝ても覚めても』の東出昌大さん主演で映画化。心のバランスを崩し、妻と一緒に故郷の函館へ戻ってきた工藤和雄。精神科の医師に勧められ、治療のために街を走り始めた彼は、雨の日も真夏の日もひたすら同じ道を走り続ける。その繰り返しの中で、和雄は徐々に心の平穏を取り戻していく。やがて彼は、路上で知り合った若者たちと不思議な交流を持つようになるが…
慣れない土地で不安にさいなまれながらも和雄を理解しようとする妻の純子役に『マイ・ダディ』の奈緒さん、和雄に寄り添う友人役に『明日の食卓』の大東駿介さん。『空の瞳とカタツムリ』『なにもこわいことはない』の斎藤久志さんが監督を務めた。

 

1979年に書かれた小説を映画化した本作。「函館オールロケーション」のみが菅原和博プロデューサーからの条件だったという。原作の主人公は、東京の八王子の大正天皇陵周辺を走っている。「地方から東京に出てきた男が病んでいくという物語を、そのまま函館に単純に移し替えることでは成立しないと思いました。それと「彼」という人称を使ってはいるが主人公の主観で綴られた小説をそのまま映画にすると心の声(モノローグ)を使って、主人公が見た世界を描いていくことになってしまいかねない。これを映画的に客観に置き換えるにはどうするか、という問題を脚本の加瀬(仁美)に投げ、主人公を見つめる第三者を置こうか、ぐらいを話したうえでまずはプロットを書いてもらいました。最初に上がってきたプロットから、ほぼ今の形でした」

 

監督の奥さんでもある加瀬仁美さん。執筆中に妊娠が分かり。つわりとの戦いだったという。「佐藤泰志さんは、小説に自身を投影しており、福間健二さんが書いた略年譜(『佐藤泰志―生の輝きを求めつづけた作家』福間健二監修 河出書房新社)によると実際に自律神経失調症と診断され、運動療法として走っている。実際は、その時期に奥さんがすでにいました。時間軸的には、自律神経失調症と診断され走る。その後大学生協に調理員として勤め、長女が翌年に産まれる。そして梱包会社に正式に就職するも自殺未遂を起こして入院。翌年、長男が産れた月に退院。そしてその翌年に函館に帰っています。小説『草の響き』の発表のタイミングは、就職と自殺未遂の間なんです。僕の印象だと佐藤さんは、生活が充実してきて日常を生きなくてはならくなったタイミングでおかしくなっている。普通の人になっていくのが怖かったんだろうと思います。それは分かる気がする。ただそれは佐藤さんが作家だったからで、僕がそれを理解するのも映画監督だからっていうのもあるんだと思います。主人公を作家にすることも一瞬考えましたが、特殊な人(職業)の話にしたくなかった。しかしこうゆうのって男自意識でしかない。女の人からみたら、単なる我儘。自分勝手にも見える。加瀬が捉えた和雄はそうなっていると思いました。客観にするとはそうゆうことなんだなと、自らを顧みて反省を含めて思いました(笑)。それを男である僕が撮ることで和雄を肯定すればいい」加瀬さんは脚本執筆にあたり、佐藤泰志の略年譜を参考にしながら、他の佐藤作品からもインスパイヤーされたという。「いわゆる「秀雄もの」と言われるひと組の夫婦を描いた連作『大きなハードルと小さなハードル』は夫婦の関係性の参考になっています。彰側の背景としては『海炭市敘景』の中の『一滴のあこがれ』のエピソードを使っています。あと『黄金の服』は小説『草の響き』に描かれていない彰たちの関係性の参考にしていますね」

 

撮影は2020年11月5日から22日まで。準備、実景撮影を含めると約1ヶ月函館にいたという。「クランクインの前日に妻から『映画とお腹の赤ちゃんを一緒に育てる特別な10ヶ月だった。ありがとう。明日からクランクイン、いい作品にしよう』とメールが来ました。泣きましたね。出産予定日がクランクアップの日だったのですが、撮影半ばで産まれてしまい、しばらく子供に会えなかったのが辛かったです」妊娠、出産と映画の登場人物の同じ出来事をほぼ同時に経験されたお二人。おそらく斎藤監督、加瀬さん夫婦のエピソードも入っているのではないかと想像した。それぐらい(原作にはない)夫婦の関係がリアルに見えた。

 

映画が完成した後、関係者によるゼロ号試写に、佐藤泰志さんの奥さんと娘さんが観に来られた。「ちょうど僕の前の席でご覧になっていてずっと気になっていました。上映終了後お二人を見たら、奥さんは複雑な表情をしていたのですが、娘さんは泣いていました。それに感動しました。あまりお話は出来なかったのですが、「映画館でも観ます」と言ってくれました。その言葉だけでこの映画が存在して良かったんだって思えました」斎藤監督が公開前に出したコメントがある。「佐藤泰志が「小説」と言う人生を全うしたと仮定するなら、僕は今、「映画」という人生の途中にいるんだと思う。人生とは時間。それぞれの時間の重なり合った先に一つの映画が生まれました。」まさにその時、その言葉通りに佐藤さんの時間と斎藤監督の時間が重なった瞬間だったのかもしれない。そして屈指の演技で『草の響き』と対峙した東出昌大さんの時間も。

 

「抗えない何かに必死で抵抗する主人公の姿に、父を想ってただただ涙が出ました。
人が静かに狂っていく様は原作よりもリアルで、今も私の全身に深く染み込んでいます。
彰がスケートボードで坂を下るシーンは清々しく、
この瞬間だけは、悪いことは何ないのだと思えました。
生きてさえいれば、ある日突然、霧が晴れたような時が訪れるのかも知れない。
映画の和雄の走る先も、どうか明るく照らせている事を、願ってやみません。

小暮朝海(佐藤泰志 長女)」

 

映画『草の響き』は、全国の劇場で公開中。関西では、京都・九条の京都みなみ会館や烏丸御池のアップリンク京都で公開中。また、11月5日(金)より神戸・三宮のシネ・リーブル神戸、11月13日(土)より大阪・十三のシアターセブン、11月26日(金)より兵庫・宝塚の宝塚シネ・ピピアでも公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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