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異なる時代の群衆にまなざしを向け、人々の“群衆化”を考察する「セルゲイ・ロズニツァ《群衆》ドキュメンタリー3選」が関西の劇場でもいよいよ公開!

2020年11月19日

ウクライナ出身の映画監督セルゲイ・ロズニツァによるドキュメンタリー『』『』『』が、11月20日(金)より関西の劇場でも公開される。

 

セルゲイ・ロズニツァ『群衆』ドキュメンタリー3選」は、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンの国葬映像を使用したアーカイブ映画『国葬』、スターリンによって行われた1930年の裁判の記録映像を使った『粛清裁判』、ホロコーストの現場となった元強制収容所を観光するダークツーリズムにカメラを向けた『アウステルリッツ』を上映。

 

『国葬』は、ソ連の独裁者スターリンの国葬を記録した貴重なアーカイブ映像を基に製作したドキュメンタリー。1953年3月5日、スターリンの死がソビエト全土に報じられた。その後リトアニアで、国葬の様子を捉えた大量のフィルムが発見される。200人弱のカメラマンによって撮影されたそのフィルムは幻の未公開映画『偉大なる別れ』のフッテージで、モスクワに安置されたスターリンの姿、周恩来ら各国共産党と東側諸国の指導者の弔問、後の権力闘争の中心となるフルシチョフら政府首脳のスピーチ、そしてヨーロッパからシベリアまで、国父の死を嘆き悲しむ数千万人の群衆の姿が鮮明に記録されていた。人類史上最大級の国葬の記録は、スターリンが生涯をかけて実現した社会主義国家の真の姿を明らかにする。

(C)ATOMS & VOID

 

『粛清裁判』は、スターリンによって行われた約90年前の裁判の記録映像を基に製作したドキュメンタリー。1930年モスクワで、8人の有識者が西側諸国と結託してクーデターを企てた疑いで裁判にかけられた。これはスターリンによる見せしめ裁判で、撮影された法廷の様子はソビエト最初期の発声映画「13日(「産業党」事件)」となった。発掘されたアーカイブフィルムには、無実の罪を着せられた被告人たちと、彼らを裁く権力側の大胆不敵な姿が記録されていた。スターリンの台頭に熱狂する群衆の映像を加えて再構成し、権力がいかにして人を欺き、群衆を扇動し、独裁政権を誕生させるかを描き出す。

(C)ATOMS & VOID

 

『アウステルリッツ』は、ホロコーストの現場となった元強制収容所を観光するダークツーリズムを題材に描いたドキュメンタリー。真夏のベルリン郊外。第2次世界大戦中に多くのユダヤ人が虐殺された元強制収容所の門に、群衆が吸い寄せられていく。辺り構わずスマートフォンで記念撮影をする人々、誰かの消し忘れた携帯からはベートーベンの「運命」の着信音が鳴り響く。戦後75年を経た現在、記憶を社会で共有し未来へつなげる試みはツーリズムと化していた。ドイツ人作家W・G・ゼーバルトの同名小説に着想を得て製作。

(C)Imperativ Film

 

セルゲイ・ロズニツァ『群衆』ドキュメンタリー3選」は、11月20日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、11月21日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。また、神戸・元町の元町映画館でも順次公開。

『アウステルリッツ』は、我々にメモリアルの意味を問いかける。ナチスによって作られたザクセンハウゼン強制収容所は抑圧と殺戮のメモリアルだ。訪ねる人々の中に歴史の声に耳を傾ける人はまばら。「群衆」はみな写真を撮る。銃殺刑のための木の衝立ではおどけて磔の受刑者の真似をし、死体焼却のかまどはまるでうまいパンを焼いてきたオーブンであるかのようにスマート・フォンに納められていく。人々はみな笑顔だ。しかし決して犠牲者を冒涜するつもりはないが、歴史は彼らを個人にしてくれない。(おそらくSNSに上がることになる)写真は彼らが群衆から個人になることのできる唯一である。だから群衆は歴史の声より、写真を優先していく。

 

『粛清裁判』は、ソ連のインテリ科学者をターゲットにした1930年の見世物裁判の様子を写したフィルムを編集している。この見世物の監督は、独裁者スターリン。裁判は脚本で、被告から検事に至るまではすべては役者だ。スターリンの仕掛けた見世物は不条理演劇となった。被告人全員に銃殺刑を求めた検事は大テロルで彼らと同じ罪で銃殺にされる運命にある一方、銃殺刑の判決を受けた被告の一人は後に罪を許されて「英雄」として国家勲章を授けられる。法廷には無数の傍聴者があり、街頭のデモには被告の銃殺刑を求めて人が群がっていく。「群衆」だけは役者ではなく観客だ。この様子はtwitterで事件容疑者に極刑を望む声を上げている匿名アカウントを見ているような気持になって気分が沈む。同時に、彼らの鮮烈に混ざって行進したらさぞかし気持ちがよいのだろうな、という誘惑も感じた。群衆も大テロルでは「国家反逆者」という個性をあてがわれ、追放や銃殺になるのである。アウステルリッツとはまた異なる「個人」のあり方だ。

 

『国葬』は独裁者スターリンの葬儀の一日を追体験できる不思議な作品だ。スターリンには様々な顔がある。大テロルによる古参ボルシェビキの抹殺と国家の掌握、ナチスとの壮絶な戦争と勝利、東西冷戦の立役者など歴史を語る上での顔もそうであるが、映像の中のスターリンの顔は「偉大な指導者」だ。映像の中には彼の死を悼む「群衆」の姿が映される。モスクワ市内で、ソ連構成共和国で、工場で、あらゆる領域にスターリンは存在していた。スターリンの数々の犯罪を知っている視聴者にとっても、映像を通してまるで親しみがあり、偉大な人物を亡くしたかのような気分になる。映画の中においては、私たちも群衆だ。我々を現実に戻してくれるものは、映画の最後に流れるスターリンの犯罪を告発する文章だけである。

fromにしの

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映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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