人間が生きる上での根源的なエネルギーに迫った…『地蔵とリビドー』大阪公開初日、トークショー開催!
滋賀県にある障害者施設「やまなみ工房」に通所するアーティストたちの創作スタイルや、工房で過ごす日常の様子を約1年間追った『地蔵とリビドー』が大阪・梅田のシネ・リーブル梅田で9月29日(土)より公開。公開初日には、本作を手掛けた笠谷圭見監督、やまなみ工房施設長の山下完和さん、アウトサイダーアートの研究を行っている甲南大学文学部 准教授の服部正さんを迎えてトークショーが開催された。
映画『地蔵とリビドー』は、知的障害や精神疾患を持つアーティストたちによる作品の魅力を掘り下げていくドキュメンタリー。滋賀県にある障害者施設「やまなみ工房」。この施設に通所するアーティストたちの創作スタイルや、工房での彼らの日常を約1年間にわたり取材。障害を持つアーティスト自身が語る精神状態と創作の関係性、アウトサイダーアートに造詣の深いジャーナリストや美術関係者へのインタビューなどから、アーティストたちの切実な表現欲求の根源を探っていく…
上映後、笠谷圭見監督、やまなみ工房施設長の山下完和さん、進行役としてアウトサイダーアートの研究を行っている甲南大学文学部 准教授の服部正さんが登壇し、 鼎談形式でトークショーが行われた。
☆制作経緯について
服部さん:
作品に焦点を当てるのか?或いは、作者に焦点を当てるのか?それとも、作品が生まれる環境や関わる人達に焦点を当てるのか?
笠谷監督:
元々は、やまなみ工房で作られたアート作品にフォーカスし、その魅力を伝えるための映画を作るところから始まりました。現場に入ってカメラを回し、創作風景を撮っていた。良い声を出している山際さんがハミングしているシーンを撮っていると、横で”サッポロ一番しょうゆ味”を朝から晩まで触っている人が気になっていった。作品だけじゃなく、やまなみ工房の魅力として人も空気感も、やまなみ工房全体の魅力を伝える映画にしようと途中からシフトした。その中で、やまなみ工房の最大の魅力は、山下施設長の存在だと思っている。この方は唯一無二の存在。他の施設も知っているが、こんな施設長は観たことがない。この人こそ、やまなみ工房の魅力だと思い、アーティストと同じレベルで山下さんにも登場して頂いた。
服部さん:
福祉現場に縁のある方が観ると、他のところではそんなことはないと捉える。撮影に関わりながら、どんなことを考えていたか?
山下さん:
僕達は日常を過ごさせて頂いただけ。この映画は2作目になるが、やまなみ工房で過ごす中で、僕達は福祉業界の方や一部の美術愛好家としか出会うことが出来ない。笠谷さんと出会ってから、沢山の経験や出会いがあり、僕達も学ばせて頂くことが沢山あります。今まで知らなかった人達と沢山会うことができ、ぜひとも映画を作って頂きたいと考えました。笠谷さんありがとうございました。1作目を作った後、九条の居酒屋で打ち上げがあり、笠谷さんが「2作目を作りたいな」と言ったのを覚えていて、動き始めた。凄く良い作品が出来上がると信頼していた。
笠谷監督:
打ち上げで酔っぱらい、何を言ったのか覚えていなかった。最初は冗談かと思っていたが、制作の段取りが上手だった。1作目はやまなみ工房の周辺に僕達クリエイターがどう携わっているかを収めた説明動画的内容だった。次に作るならやまなみ工房のアーティストにフォーカスした作品を作りたかった。
☆本作の趣旨について
服部さん:
1作目は、やまなみ工房の映画というより、障害のある方の作品に魅了された私達の作品。作者はあまりフォーカスされていない。今回は障害のある方に迫っていた。
笠谷監督:
最初から、やまなみ工房のアーティスト、その創作にフォーカスし、違う魅力も見えてきた。映画全体を通して自分の主張を出したくない。説明をしたくなく、ナレーションを一切入れていない。テロップも必要最低限。観て頂いてどう感じ考えるのか意図的に余白を作っている。これがアートかどうかを誰が決めているかは未だに謎。専門家がやまなみ工房の作品を見てどう解説するか、聞きたい人にインタビューしていった。9つのチャプターに分けている。アーティスト夫々の個性が強過ぎて、一括りに演出するのが難しく一人一人の魅力を最大限発揮できるような演出を夫々のチャプターで切り分けた。
山下さん:
演出には慣れました。僕は、どんなことがあってもNOと言わない覚悟と決意だけ。彼らが彼らなりにどうすれば落ち着いて過ごせるか環境を整えているだけ。僕は、彼らの作品やスタイルもよくわからないまま、どうすればいいのか考えているだけ。彼らと対等にお付き合いする中で日常の会話をしているだけ。
☆展覧会に向けて作品を選ぶということ
笠谷監督:
僕は自分がおもしろいと思うものしか紹介は出来ません、とお伝えした上で、お付き合いが始まった。福祉業界に対して部外者の私が主観で洋服を作らせてもらったり展覧会をしていったりするなかで、魅力があると思って社会に発表しているならば、自分が興味があり発信したい気持ちに正直じゃないと誠実じゃない。
山下さん:
個々のアーティストへの周りの評価は有難いが、社会の称賛や評価を気にして今の日常を作っているわけではない。彼らの毎日にある行為や表現に価値がある。僕達がふるいをかけて判断したことではない。笠谷さんの視点で現場で大切にしなければいけない新しい価値観が生み出されている。
☆”リビドー”について
笠谷監督:
映画自体のタイトルは一番難しく、最後まで考え続けた。9つのチャプターには特徴を捉えた端的な言葉をつけている。最終的に、どこにも衝動、リビドーが出てくる。リビドーについて十分に調べ、本来は、人間が生きる上での根源的なエネルギーから派生した言葉だと分かり、これこそやまなみ工房で毎日観ているものだと思って映画のタイトルに入れた。
☆写真撮影シーンについて
山下さん:
写真を撮ること自体、想像すらしてこなかった。どうすればいいのかとあたふたした。頂いた依頼に対して100%応えられるような空気を作ろうと常々思っていて、彼らに安心感を与えようとしたが、その必要がない程、笠谷さんらクルーが彼らをにこやかにしてくれた。あぁいう彼らの表情を初めて見た。彼らの後々の生き方も変えるシーンでした。非常に嬉しかった。
笠谷監督:
彼らが日常を生きている中で、お洒落をする機会がないだけ。僕らと同じ生活をしていたら彼らはどうなるのか。写真撮影は、パーティに皆で行くというコンセプトでスタイリングしてもらった。”皆が思っている障碍者と違うでしょ。僕らとどこに違いがありますか”をメッセージしたく、障碍者というレッテルを剥がしたらどうなるか、コンセプトに撮った写真。
映画『地蔵とリビドー』は、9月29日(土)より、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田で上映中。10月6日(土)には、笠谷圭見監督と山下完和さん、本作の音楽を手掛けたイガキアキコさん(音楽家・作曲家・ヴァイオリニスト)を迎えてトークショーが開催される。なお、本作は、11月10日(土)より、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムでも公開予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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