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学芸員を目指し、美術館で働きたい若い世代が現れたら嬉しい…『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』大墻敦監督に聞く!

2023年7月20日

©大墻敦

 

2007年に日本の重要文化財に指定され、2016年に“ル・コルビュジエの建築作品”のひとつとして世界遺産に登録された国立西洋美術館に密着したドキュメンタリー『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』が7月22日(土)より関西の劇場でも公開される予定です。今回、大墻敦監督にインタビューを行った。

 

映画『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』は、20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエが設計し、2016年に世界文化遺産に登録された東京・上野にある国立西洋美術館の舞台裏を描いたドキュメンタリーです。この美術館は、1959年にフランス政府から日本へ寄贈返還された「松方コレクション」を基礎に、彫刻、版画、素描など約6000点の作品を所蔵しています。2020年10月、ル・コルビュジエが構想した創建時の姿に近づける整備のため、同館は1年半にわたって休館しました。その間にカメラが館内に入り、美術館スタッフの多岐にわたる活動や所蔵品としてモネの「睡蓮」やロダンの「考える人」などを紹介され、館長や研究員、美術関係者へのインタビューを通じて日本の文化行政が抱える課題や美術館が直面する危機的状況も浮き彫りにされます。監督は、永青文庫「春画展」の内幕を描いた文化記録映画『春画と日本人』などを手がけた大墻敦さんが務めました。

 

NHK在籍時、日本国内だけでなく世界各地に出張し美術館博物館を取材する仕事も多く、個人的にも美術館巡りが好きな大墻さん。イギリス・ロンドンのナショナルギャラリーやフランス・パリのルーブル美術館、オランダのアムステルダム国立美術館など、外国の美術や美術館に関する映画はたくさんあることから「いつか同じような映画を作れれば」と望んでいました。ある時、国立西洋美術館の研究員・川口雅子さんと知り合い、「美術館、美術館で働く人をテーマにした映画を作れませんか」と相談したところ、興味を持ってもらえたことから本作の製作が始まったとのことです。
撮影を始めることができたのは2020年10月、ちょうどリニューアル工事が始まった頃でした。そこで「休館からリニューアルオープンまでの時間軸に沿って撮影を続け、丹念に美術館の活動を記録して映画に仕上げたい」と思い、美術作品の保存修復、レジストレーション、特別展や常設展の準備などの撮影を始めました。NHKで番組制作に従事していた時期の美術館での撮影経験を踏まえて『美術品に近づかない。作業中の方々に話しかけない』などの決まりを厳密に守り撮影しました。」

 

映画のなかで丁寧に紹介されていた館長、副館長、研究員へのインタビューは、撮影を始めた初期の頃に集中的に行われたとのこと。映画製作において大墻さんはインタビューをとても大事にしているそうです。インタビューの際には、すべての方に尋ねる質問、例えば「どんなお仕事ですか」「どうして西洋美術に興味を持ったのですか」「今のやりがいは何ですか」「今課題に思っていることは何ですか」などと、その人の業務に合わせて尋ねる質問を用意すると言います。「映画のなかで二箇所、『美術館での業務について』と『西洋美術との出会いについて』について語るシーンをつくりましたが、テーマについてまるで座談会のように語り合うように編集し、ある事象を立体的に描くことができるようにといつも考えています。」
映画のテーマのひとつが美術館における特別展の仕組みについてです。「国立美術館の場合、特別展の予算は少ないため、新聞社や放送局といったメディア企業が主催に入り出資して収益事業としています。この仕組みは太平洋戦後から数十年も続いていて、メリット・デメリットがありますが、文化貢献・収益事業として取り組む新聞社などメディア企業と研究成果を国民に還元する取り組みとする美術館が協力し合って出来た有意義な仕組みだと思います。しかし、近年、メディア企業の活力が低下しつつあるなかで、このシステムの継続性について映画のなかで考えてみました。」

 

国立西洋美術館の各エリアでの撮影にあたり「邪魔だと思ったら『邪魔だ』と言ってください。業務の性質上『ここはあまり撮影して欲しくない』といったことがあれば、仰って頂ければ撮りません」と美術館の担当者と話し合いをして、合意や了解を大切に、撮影を続けました。また「学芸員や研究員の方々が真摯に美術作品と向き合っていることが伝わるようにしたいと願い、およそ1年間にわたり編集に取り組みました」と大墻さんは語っています。
映画の見どことのひとつが、前庭における工事で「考える人」「カレーの市民」などの彫刻作品が丁寧に保護されて運ばれるシーンです。「撮影していて、美術品輸送業者の方々の手際の良さに驚きました」
また、地方での巡回展、海外展への作品貸し出しのために、絵画、彫刻、版画などを梱包する作業は見応えがありました。撮影をしながら学んだことがあると大墻さんは言います。「美術作品を保管するための最善の策は保管庫にずっと仕舞っておくことです。しかし、それでは意味がありませんよね。人々に鑑賞してもらうことに美術作品が存在する意味があるわけですから。そうすると、美術作品を倉庫から展示室へ移動させる、美術館から美術館へと移動させる都度、必ず大なり小なりリスクが生じます。研究員の方々は、作品の状態を詳細に調べて、傷があれば、いつどこでついたのかを丹念に記録していきます。研究員の方々が美術作品と向き合い、保存修復に取り組んでいるからこそ、私たちが展覧会のときに、美術作品を鑑賞できるのだと心から納得し感謝する気持ちになりました。」と述べています。
映画の構成について大墻監督は次のように語ります。「当初、休館からリニューアルオープンまでの時系列を軸に出来事を辿る構成にしようと考えました。それぞれの出来事、作業の意味をナレーションで説明しつつ、リニューアルオープンまでに何がおこるのか、さまざまな出来事に大きなドラマがなくても記録映画になればいい、という考え方がベースにありました。しかし、編集を続けていくうちに、西洋美術館の成り立ちや今の課題を、研究員の方々がどう捉えているのか、そして将来むかってどのような努力を続けているのかを描くようにしたいと考えるようになりました。」

 

カラーグレーディングでは「ヨーロッパ調のフィルムルックの落ち着いた印象にしました。スクリーンで観ると、まったりとした感じがあり美術館映画らしいルックになって良かったと思います」
完成した映画を国立西洋美術館の方々が最初に鑑賞したのは昨年12月のことでした。上映後に、前館長の馬渕明子さんから「美術館内のあらゆる分野の仕事をする人に話を聞いてもらって、職員たちが本当にプロ意識をもって真摯に業務に取り組んでいることがわかり、また彼らがこの仕事を愛してやりがいを感じていることが伝わってきた。この映画を見て、将来学芸員になりたいという子どもたちが増えてくれることを祈ります。」という反応を頂き安心したと大墻さんは言います。
劇場公開される本作について、まずは「美術鑑賞が好きな方々、アートに関心のある学生、全国には美術館や博物館で働く方々など、なるべく多くの方々にご覧頂きたい」と大墻さんは期待しています。「わたしたちの国立西洋美術館」というタイトルには、わたしたちが1人1人の人間として豊かな人生を送ったり、疲れた時にリラックスしたり、暮らしや人生を豊かにしてくれる大切な場所である美術館をどのように守っていけばいいのかという問いかけを込めました。」
そして「欧米の美術館と日本の美術館は、その成り立ちがまったく異なるとはいえ、働く人たちの数や組織力、資金力に圧倒的な差があります。2001年4月から国立美術館4館(当時)が一つの独立行政法人国立美術館に移行し、国立西洋美術館は独立行政法人国立美術館が設置する美術館の一つとなりました。現在、1,000兆円を越える債務残高が日本の財政を圧迫するなか、文化行政はどうあるべきなのでしょうか。日本国内のあらゆる美術館や博物館の予算が減らされる一方の現状で、学術研究、保管修復、展覧会事業をどのように維持するのか、国家の文化予算はどのように使われるべきなのか等、美術館および美術展のあるべき姿について、自分ごととして考えていただく機会になればと願っています。」と大墻監督は語ります。

 

『春画と日本人』、『スズさん 昭和の家事と家族の物語』、そして本作の3本の映画を製作し「私は、人間を追いかけるドキュメンタリーも好きですが、社会や組織の構造や仕組みに興味があるのかな」と再認識したという大墻監督。「国立西洋美術館は白鳥に例えることができるのかもしれません。白鳥は、優雅な姿でスイスイと泳いでいますが、水面下では足を常に動かして努力を積み重ねています。今回の映画は、美術館の優雅な姿とつねに全力で前進しようともがき続ける姿の両方を描ききったように、自分では感じています。もちろん評価は映画鑑賞者に委ねることになります。」と話してもらいました。

 

映画『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』は、関西では、7月22日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、8月4日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、8月11日(金)より神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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