旗幟鮮明にして戦いを挑んだ藤木幸夫さんの姿に心動かされた…『ハマのドン』松原文枝監督に聞く!
カジノ誘致問題をめぐり、賛成派と反対派が対峙した横浜市長選挙に、91歳で挑む反対派の藤木幸夫さんに密着した『ハマのドン』が5月5日(金)より全国の劇場で公開される。今回、松原文枝監督にインタビューを行った。
映画『ハマのドン』は、カジノ誘致問題に揺れた2021年の横浜市長選で反対派の急先鋒に立った藤木幸夫さんを追ったドキュメンタリー。テレビ朝日が製作した2022年2月放送のドキュメンタリー番組を劇場版として公開する。2019年8月、「ハマのドン」と呼ばれる91歳の藤木幸夫さんが、横浜港へのカジノ誘致阻止に向けて立ちあがった。地元政財界に顔が効き、歴代総理経験者や自民党幹部との人脈も持つ保守の重鎮が、政権中枢に対して全面対決の姿勢を示す。決戦の場となった横浜市長選で、藤木さんは住民投票条例の署名を法定数の3倍も集めた市民の力にすべてを懸けた。裏の権力者とされてきた藤木さんが市民と手を取りあい、カジノ誘致を覆すまでの軌跡を追う。テレビ朝日「報道ステーション」のプロデューサーを務めた松原文枝さんが監督を務めた。リリー・フランキーがナレーションを担当している。
カジノ誘致問題をずっと追いかけていた松原監督。2017年頃に藤木さんは反対と言い始め、2019年頃には、強く声をあげ、活動を起こした頃から注目していく。だが、藤木さんは、自民党員であり、港湾労働者を取りまとめている元締めの立場でもあり「地元の政財界や国会議員の幹部と運輸行政・港湾行政の中で、権力者の側にいる人が、権力者に対して歯向かった。権力に対して立ち向かうのが、市民団体や野党ならば理解できるが、権力サイドにいた人が、最高権力者に対して反旗を翻すのは勇気が要る。さらに、権力側にいればいる程、返り血も大きくなる」と松原監督は察した。様々な嫌がらせを受けたりや横槍を入れられたりして押さえつけられ、不利益を被りながらも立ち向かった藤木さんの姿勢に対して驚き「当時は、ものが言いづらい忖度する空気があった。霞ヶ関で政権を批判すれば、役人は飛ばされる。自民党の政治家として総裁を批判するなら、当分は大臣になれない。メディアに対してはプレッシャーをかけてくる。物言えば唇寒し秋の風、のような時代背景の中で、旗幟鮮明にして戦いを挑んだ姿に心動かされた。この人を撮りたい」と決意する。
とはいえ、最初は取材を断られてしまう。藤木さんの周囲にいる方からは、取材について社会部に通すことを求められ、けんもほろろに断られてしまった。藤木さんが公の場に出て来る機会に掴まえるしかなく、2019年の年明け、横浜港運協会の賀詞交歓会にカメラを携えて取材に伺うことに。ぶら下がり取材に向かうと淀みなく応えてもらい「どの場所でもどんな問いかけに対してもしっかりと応える。知識量や読書量も膨大で、様々な言葉が出て来る。的確な言葉で本質を突く」と驚きながらも、カジノに対し「横浜は、外国の企業が進出してきたことに対し、おこぼれに預かるようなさもしい街ではない」と断言する言葉を頂いた。5月頃には、横浜市がカジノ誘致に切り替えようとし、藤木さんも取材に応じるようになり、個別取材を開始。日々のニュースに取り上げていき、特集コーナーを制作した。その後、ドキュメンタリー化にあたり、密着映像が必要になっていく。2021年、横浜市長選挙に向けていよいよ戦いが始まる時に「ドキュメンタリーにしたい。横浜市長選挙に向けたカジノ・IR問題に対する藤木さんの行動を撮らせてほしい」と依頼し、承諾頂いた。「何が起こるか分からないので、取材は容易ではなかった。だが、この問題をしっかりと捉えて取り組む報道姿勢を感じ取ってもらえた」とヒシヒシと感じながら、その都度、取材依頼をしながら撮影していく。
だが、次の展開が見えない中で撮影しており「そもそもシナリオがないので、結果が分からない。最高権力者に対して戦うので、勝てる戦いだとは思えなかった。市長候補者もなかなか決まらなかった」と振り返る。「菅首相が推薦した候補者の小此木八郎さんは、閣僚を辞め政策を真反対に転換し、ありえないことをしてくる。世論調査では、市民の6割超がカジノ反対だった。反対派の候補者は割れたが、藤木さんが推薦したのは無名の新人。勝ち目がなかった」と愕然とし「どういう結末を迎えるのか分からなかった。藤木さんが誰と組み活動していくのか分からない。市民との接触も直前まで分からない。政治の取材と同じで、何が起きるか分からず先が読めない」と困惑しながらも、その都度、状況を鑑みながら周囲からの情報をキャッチしながら撮影していった。なお、外国のカジノ事業者からのコメントも得られており「彼等は売り込みが凄かった。日本でビジネスを展開したいので、どんな取材にも応じ、メディアに対して売り込んでくる」と実感。会見や展示会を頻繁に開催しており、取材に伺った際に藤木さんについても尋ねており「世界の6大カジノ事業者のトップが知っているとは思わなかった。霞ヶ関も政財界も政治家の中でも、推進派にとっては目障りな存在になってしまったため、横浜の権力者といえど、政治家でなくとも、立ちはだかった存在として、大きかったんだな」と伝わってきた。
撮影を終え、まずはドキュメンタリー番組の制作にあたり「藤木さんが話している姿を見ていると、作品に盛り込みたいシーンが自然と思い浮かんでくる。菅首相に対して戦いを挑んでいくことがよく分かる言葉をピックアップしよう。そして、藤木さんが戦いに挑んだ姿と、市民と力を合わせていく姿。彼等を繋げていく人がいたことをしっかりと描きたい」という方針の下で編集している。劇場で公開する映画としては「藤木さんが戦う姿勢に共感して、リスクを取って戦いに挑んだ人、心を動かされた人がいる。藤木さんの行動が様々な人の心を動かし、彼等も動いていく。人の心が動くとはどういうことなんだろう」と模索。「人の心に刺さるものがあるからこそ連鎖していく群像劇として制作したい。藤木さんは、市民が力を合わせれば出来ることを描いて伝えることができたら」と願い、映画の方針として「人の繋がり方や、人の心を動かすとは何なのか。人が繋がっていくことの大事さが伝わるように作りたい」と臨んだ。普段はTV局で仕事をしている松原さんとしては「TV番組の延長線上にある100分。100分で伝えたいことを伝えられるように出来たかな」と手応えがある。今後も「自分には出来ないからこそ、強いものに挑む人に惹かれる」という視点の下、様々な方を追いかけていくスタンスだ。
映画『ハマのドン』は、5月5日(金)より全国の劇場で公開。関西では、5月5日(金)より大阪・難波のなんばパークスシネマや堺のMOVIX堺、5月6日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、5月19日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、5月20日(土)より神戸・元町の元町映画館で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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