音の役割や映像との緊張関係は、映像化してこそ意味がある…『擬音 A FOLEY ARTIST』ワン・ワンロー監督に聞く!
ⒸWan-Jo Wang
映画を製作する中で、登場人物の動きやシーンに合わせてあらゆる道具と技で音を作り出すフォーリーアーティストであるフー・ディンイーに迫る『擬音 A FOLEY ARTIST』が12月10日(土)より関西の劇場でも公開。今回、ワン・ワンロー監督にインタビューを行った。
映画『擬音 A FOLEY ARTIST』は、台湾映画界の伝説的フォーリーアーティスト(音響効果技師)であるフー・ディンイーにスポットを当てたドキュメンタリー。雑多な物があふれるスタジオで、映画の登場人物の動きやシーンを追いながら、様々な道具と技を駆使してあらゆる音を生み出すフォーリーアーティスト。フー・ディンイーが手がけた70本以上の作品を中心に、台湾映画が世界的に注目を集めた1980年代ニューシネマの登場、それ以前の台湾映画にも言及。彼の40年に及ぶキャリアを通して、台湾と中国の映画史をひも解いていく。さらに、音響制作やサウンドトラック制作の巨匠たちが、映画の音を取り巻く環境の変化や未来について語る。
詩人ルオ・フーを記録したドキュメンタリー映画『無岸之河』で監督デビューしたワン監督。「制作した当時、映画における音の使い方を全く理解しておらず知識もなかった。予算も限られており、撮影を中心とした制作の部分に投入していた。有能な音声技師に依頼する余裕がなかった」と吐露しながら、音について初めて気がつき、後悔している。「音は映画に芸術的な貢献をするものであり、理解があり知識や教養を備えていれば、編集段階で奥行きや深みがあり質の高い作品になるのではないか」と実感しており「次の作品を撮る時は、知識やスキルを身につけて、もっと良い映画を撮りたい」と切実だった。そこで、金馬奨に多数ノミネートされ台湾映画界の生きるレジェンドであるフー・ディンイーさんに注目。また、本作を撮るにあたり「フー・ディンイーさんの人生そのもの、彼の映画との関わり、映画における音の使い方等、どういう風に観客に伝えられるか。かつての中国語映画の世界を切り取って織り込むような形で描くことが出来れば、観客にとっても分かりやすくなるのではないか」と検討していく。
最初にフー・ディンイーさんと話した時には「映画を撮るというより、音の使い方や役割について理解を深め、本にまとめて出版して、注目されたら、投資者が現れて映画化の機会が得られる」と計画していた。しかし、インタビューを始めた頃は「寡黙で多くを語らない。語るより実演してみせる。実演されると、どのようにして文章表現できるか難しい。表現できたとしても、リアルに再現できない」と気づき「豊かな表現であるにも関わらず上手く伝えられなければ意味がない。映像で表現した方が良い」と判断。予算が必要になるが「本ではなく映画にしよう。音と映像との緊張関係や、シーンにおける音の役割は、映像化しないと上手く表現できない。映画化しないと駄目だ」と決断した。とはいえ、映画化にあたり、フー・ディンイーさんは当初拒んでおり、一生懸命に説明し、承諾頂き「次第に協力的になり、撮影依頼の提案もあった。好きなように撮らせてもらった」と感謝している。「手掛けている映画のフォーリーにどのように関わり音を作り出していくのか。出来るだけ多くの作品が撮れたら、観客はフォーリー・アーティストについて理解しやすくなる」と考え、滞りなく撮影できたが、多くは、制作中の映画に関するフォーリーの収録であるため、ほとんど承諾されなかった。インタビューを受けて頂く際には「優しく良いおじさん」という印象だったが、現場で仕事をする時は別人に変わったように厳しい姿を見せられていく。「真剣に取り組んでいる時、隣にいる我々は邪魔になるので、直立不動になるしかない。難しい状況になる。撮影クルーのメンバーは何もしゃべらずカメラを回すだけ」と決め込み「とにかく音を出しちゃいけない。息を殺して待っている」とスタッフにとっては大変な現場であった。
作中では、台湾映画史を作品と巨匠達へのインタビューを以て振り返っていく。作品を選択するにあたっては様々な側面があり「まず、フー・ディンイーさんが直接関わった映画を取り上げることが分かりやすい。その映画の中には台湾映画史上で非常に重要な作品が沢山あり、必要に応じて素材として取り上げる」と定めた。フー・ディンイーさんが映画界に入った時、国営の映画会社である中央電影に入社しており、当時、民営の映画会社は少なく、歴史上に沢山ある台湾映画は中央電影が制作している。多くの素材が揃っており重宝したが、インタビューした方がふれた映画などで著作権に関する課題があり、時間をかけて幾度も交渉し問題をクリアにするのに1年を要した。また、巨匠と云われる方々には、入念なアプローチの上で快くインタビューを受けて頂いている。とはいえ、皆さんがフー・ディンイーさんの知り合いであり、事前に彼が各々に挨拶してもらっており「ご縁のおかげで引き受けて下さる」と感謝していた。
編集においては、ワン監督自身が行っており「私はプロの編集者ではないので、構成が上手くいかない可能性がある」と客観的であり「沢山の素材があり、発想次第で自由自在に取捨選択して調整できる。編集用の脚本を作り、画や音の選択を行っている。理論的には上手くいくが、実際はそうはいかない」と冷静に捉えている。画を実際に見てみて「しっかりと撮れていない。インタビュー相手の表情が合っていない。問題は意外とある」と葛藤があり、3,4ヶ月を要しながら調整していった。また、作中には沢山の情報を取り入れようとしたが、古くからの中国語映画や台湾映画を知らない観客が多くなっていることを認識しており「傍らにこれらの映画を切り取って織り込んで観客の皆さんに、映画と音の関係について是非とも理解してほしい」と期待値を高めて設計している。なお、当初撮った映像は、映画になるとは想定しておらず、現場にも専門の技術者はおらず「収録した音の質は悪かった。フォーリーを作る時、映像は撮れたが音は弱くて良くなかった。完成した作品をプロの音声技師が聞くと分かる」と今でも心残りであることを正直に話した。
最終的に、ミックスダウン作業が終わった録音スタジオでフー・ディンイーさんを招いて共に鑑賞しており「あぁ、良かった。とっても良かった」と感想を頂いている。お互いに緊張しながら鑑賞しており「彼は本当に良い人。ご自身だけでなく、沢山の方が登場し沢山のシーンが取り上げられることが分かっているにも関わらず何も言わない」と印象深く「私達が予算を確保するのに苦労していることも知っている。劇場公開や映画祭での出品にあたり、取材にも協力してくれた」と感謝したい気持ちには枚挙にいとまがない。
映画『擬音 A FOLEY ARTIST』は、関西では、12月10日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、12月16日(金)より京都・烏丸の京都シネマで公開。また、神戸・元町の元町映画館でも近日公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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