家庭内暴力を経験した母とデジタルタトゥーの被害に遭った娘の物語『ギョンアの娘』がいよいよ劇場公開!
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家庭内暴力を経験した母と、動画流出の被害を受けた娘が現実に向き合い、痛みと共に歩む姿を描く『ギョンアの娘』が3月7日(土)より全国の劇場で公開される。
映画『ギョンアの娘』は、家庭内暴力を経験した母とデジタルタトゥーの被害にあった娘を主人公に、2人の関係性や現実に向き合う姿を描いた人間ドラマ。夫を亡くし、介護の仕事をしながら一人暮らしをしているギョンア。教師として働く娘のヨンスが唯一頼れる身内だが、彼女に会う機会は少ない。一方、ヨンスは元恋人のサンヒョンからしつこく付きまとわれ、苦しんでいた。ヨンスがギョンアのもとを訪れた穏やかな週末、ギョンアの携帯に見覚えのない番号から、ヨンスのプライベート動画が送りつけられる。混乱するギョンアは娘を厳しく責め立て、ヨンスはひとりでこの状況に対処しようとするが…
本作では、ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」「賢い医師生活」で知られるハ・ユンギョンがヨンス役を演じ、映画初主演を務めた。ギョンア役は『悪い男』『82年生まれ、キム・ジヨン』のキム・ジョンヨン。監督は、これまで発表した短編映画で社会的弱者への繊細かつ誠実なまなざしが高く評価され、本作が長編映画監督デビューとなるキム・ジョンウンが務めた。

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映画『ギョンアの娘』は、3月7日(土)より全国の劇場で公開。関西では、3月13日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、3月20日(金)より大阪・梅田のテアトル梅田、4月4日(土)より神戸・元町の元町映画館で公開。
ある女性が巻き込まれる理不尽でやるせない出来事。何故こうなったのか。こんなはずじゃなかった。一度は大切に思った相手に裏切られることほどツラいものはない。この出来事を境に、たとえ家の中にいようが誰かに見られている不安に駆られる。今日も何処かでそんな不安を抱えながら過ごしている人がいる。
彼女の母はこの出来事を受け、自分の教育が間違っていた、と悔いるしかない。彼女に対しても過度な叱責をし続ける。娘のことを思っての叱責ということは重々分かっていた。きっと娘も分かっている。でも、なぜそこまでの叱責が必要な世の中なのだろうか。分かっていることなのだから、それに対応すれば避けられる。世界は変わらないのだから対処するしかない。本当にそうだろうか?本当に叱責されるべき人は他にいるはず。変わらないんじゃなくて、変えなければならない。というか、当たり前の状況に直すだけなのだ。そしてその責任は彼女たちにはない。母親だって分かっている。なぜなら、彼女も同じようなことに耐えてきたから。でも、娘には幸せになってほしい、という気持ちがねじ曲げさせてしまう。
娘が言う「お母さんのせいじゃない。私のせいでもない。」という台詞に尽きる。劇中で起こる出来事に限らず、あらゆることに注意を払って生きている女性の話を目にする度に「自分はなんて気楽に生きている、生きさせてもらっているんだ」と思い知らされた。本来、お互いがこれくらいのびのびと生きられるはずなのに、自覚無自覚を問わない”男性”の加害性によって不自由を強いている、としか言いようがないことがあまりに多い。本当に申し訳なく思っています…
こういう出来事に直面した時、すぐに、女性側に問題があったんじゃないか、と言われてしまう。その後の1つ1つの行動をジロジロと見られ、そんなことできるはずない、と言われる。あまりにも見過ぎた光景。日本でも、どデカいそれが最近あった。全ての元凶は他にあるのに。しかも、仲間的な動きをする”男性”だけでなく、あらゆる人から目線を浴びることになる。同じような経験をした人でさえ、不注意だという人も出てくる始末。あまりにも理不尽な世の中すぎる。
同僚で先輩の先生が彼女のことを常に気にかけてくれていて、誰にも言えない、と塞ぎ込んでいた彼女が唯一相談できた相手なのだが、こういう存在が多くいてほしいし、自分自身もそうでありたい、と強く思った。日本版のキャッチコピーとなっている「踏み出せる。あなたも、わたしも。」があまりに美しく素晴らしく眩しい。だが、そう思わせる世の中のままではダメなんだ。”自分は大丈夫”ではなく、多くの人に観てほしい。
fromブライトマン
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
- 最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

















