凄く尖がった原作が徹底して映画化され、愛を感じる…『笑いのカイブツ』ツチヤタカユキさんと滝本憲吾監督に聞く!
10代から大喜利番組に投稿し名を馳せるまでになった青年が、作家見習いになるものの笑いを追求できない大人の世界を離れ、自分の新たな道を模索していく様を描く『笑いのカイブツ』が1月5日(金)より全国の劇場で公開中だ。今回、原作者のツチヤタカユキさんと滝本憲吾監督にインタビューを行った。
映画『笑いのカイブツ』は、伝説のハガキ職人として知られるツチヤタカユキさんの私小説を原作に、笑いにとり憑かれた男の純粋で激烈な半生を描いた人間ドラマ。不器用で人間関係も不得意なツチヤタカユキは、テレビの大喜利番組にネタを投稿することを生きがいにしていた。毎日気が狂うほどにネタを考え続けて6年が経った頃、ついに実力を認められてお笑い劇場の作家見習いになるが、笑いを追求するあまり非常識な行動をとるツチヤは周囲に理解されず淘汰されてしまう。失望する彼を救ったのは、ある芸人のラジオ番組だった。番組にネタを投稿するハガキ職人として注目を集めるようになったツチヤは、憧れの芸人から声を掛けられ上京することになるが…
『キングダム』シリーズなどで活躍する岡山天音さんが主演を務め、仲野太賀さん、菅田将暉さん、松本穂香さんが共演。井筒和幸さん、中島哲也さん、廣木隆一さんといった名監督のもとで助監督を務めてきた滝本憲吾監督が長編商業映画デビューを果たした。
今回、主演を務めた岡山天音さんは数多くの作品に出演しているが、主演作品では、モラトリアム真っ只中の若者を演じることが多い。滝本監督は、以前の作品で共に仕事をしたことがあり「この人、おもしろいな」と直感。本作の主演が岡山さんに決まったことを知り「あ、いいやん!」と喜んだ。とはいえ「関西弁喋れるか?」と不安もあり「特訓するしかないな」と依頼。「天音君には死ぬほど特訓して関西弁を 取得して頂いた。でも、この人が演じたら、分かりやすいツチヤタカユキじゃないだろう。想像を軽く超えてくるやろうな。様々な暗黒の内路を混じったツチヤタカユキが表現できるだろうな」と期待した。なお、しっかりとした挨拶の時間以外ではツチヤさんと岡山さんが合う時間をあえて設けておらず「モノマネをしてもしょうがない。ツチヤさんの空気感さえ分かれば良い。岡山さん本人が頭の回転が良いので、どんな人物であるか言わなくも分かっている。特徴や雰囲気を掴み取って、汲み取ってもらえればいいかな」と判断。「ツチヤタカユキであって、ツチヤタカユキではない。岡山天音さんによるツチヤタカユキが良い」と考えており「ツチヤさんからは、僕らが原作に対して何をしてくれても良い、というラブコールを受け取った。とやかく言う人ではない。でも、僕らはしっかりとやらないといけない。 強い映画を作る、という絶対的な理想を持っていることを感じ取ってくれた」と信頼が得られていた。なお、岡山さん以外のキャスティングには同世代の俳優が揃っており「天音さんが今までやってきたからこそ、付随して皆さんがご協力して頂いている。端役や脇役の頃から皆が友達であり、一肌脱いでくれた結果です」と手応えを感じている。
笑いにとり憑かれた男としてツチヤさんが描かれている本作。観る人によっては驚愕しそうな人物であるが、原作をそのまま描いており、滝本監督は「原作の分析をしましたが、脚本を書いていると、原作のことを忘れて没頭してしまう」と明かす。「今回の映画は、感情で繋ごう」と構想し「ツチヤさんがどのように大喜利を書いているか、といった状況説明は伝われば良い。当初は、事細かなモノローグが付いた説明を脚本に書いていたけど、撮影では排除している。映画は時間が決められているので、エピソードの濃さを以て表現しないといけない。ツチヤさんが抱いた感情の流れが分かれば良い。次第にツチヤさんが苦しんでいく映画であり、人間ドラマのエンターテインメントがある」と確信し、徹底していた。原作には、当時のツチヤさんの思いが書かれているが「映画は、余計なことを言わずとも演技で伝わる。それが観客にどう受けとめられても良い。鏡返しになったり、価値観に疑問を持ったりする。観客の気持ちが動いた時にこそ、この映画を作った意味がある」と自信がある。観客の感じ方について強制するつもりがなく「ツチヤタカユキがカイブツなのか、 観ているあなたがカイブツなのか、社会がカイブツなのか、というところまで踏み込んでいった。ツチヤさん自身がカイブツだとは断言していない」と説く。ツチヤさんがハガキ職人として成り上がっていく時代を過ごした部屋も再現されており、ツチヤさんは「テレビ番組の『着信御礼!ケータイ大喜利』に採用され、カウントされた紙とか貼っていた。でも、墨汁で書いて貼ってはいない」と話すと、滝本監督は「映画的には、やっぱり濃い方が良く見える。墨汁セットは、小学校の頃にやっていた、という映画的な設定に変えていて、お母さんが真面目であることも活かしている。視覚的な効果は意識した」と説明する。また「ツチヤさんが1人で部屋にいるシーンは、退屈にならないように」と配慮しており「様々な方に目がいくように考えましたね。天音君を見てもらいたいけど、映るもの全てに気を配っています。 なるべく嘘がないようにしながら、天音君が演じやすいように常々考えながらフレームは決めています」と十分に考察しているようだ。
撮影現場には、ツチヤさんも訪れており「3回程度見に行きました。陰ながら見守っていました」と振り返りながら「岡山さんが今にも死にそうな状態。『あしたのジョー』のラストシーンのように、灰になったみたいな状態でずっといたんすよ。ずっとダウナー 状態を維持していたので、死んでしまうんじゃないか、と感じるぐらい役に入り込んでいたので、岡山さん大丈夫かな」と心配だったことを思い返す。とはいえ、目の前で自身のことを演じているので「ホストクラブのシーンは本当にそのままだったので、当時を思い出すことはあった」と打ち明けながらも「物凄い人数のスタッフさんが、どんな仕事の現場よりも高い熱量でお仕事されているのを見ました。こんな自分を描いた映画のために動いてくれていることに感謝や感動がありました。ばれないようにしながら泣いてしまいました」と告白する。
出身地である大阪での撮影を楽しみ「現場においてはベストを尽くしています」と自負している滝本監督。各シーンを撮りながらも、作品の全体像は編集作業で手応えを掴んでいき「全力投球した作品ができた。映画として大丈夫」と実感している。「ツチヤの気分が見えたり、裏腹な社会にある薄っぺらい人間関係に気づいたり、と観客によって見え方が違う。そういったものが要所でしっかりと見えているから、意味がある。完全懲悪の映画といった作品ではない。人間的なエンターテインメントができた」と期待通りの作品が出来上がり「天音君の演技は狙いを超えている。皆さんには本当に感謝しています」と真摯な姿勢だ。なお、俳優のアップシーンや感情を分かりやすく見せるシーンはあえて撮っておらず「ツチヤさんを演じた天音君の全身を見ていたら伝わってくる。それらを想像することが大事な作品。そういったことで、本作のおもしろさを受け取ってもらえたら嬉しい。ツチヤさんの原作があってこその映画であり、お客さん自身の見る目、人を見る目や社会の見る目が変わると、作った意味がありますよね」と期待している。
映画が完成した報せを聞き、ツチヤさんは「原作は、凄く尖がった内容なんですね。映画化にあたり、現代は表現される作品全部をマイルドにしていきましょう、という空気があるので、マイルドな内容になるだろうな」と想定していた。だが「原作そのままに撮っていたやっていいのか、現代にそのまま」と驚き「原作への愛を感じましたね」と喜んだ。滝本監督としては「それは当たり前なので、違和感もない。映画として、このおもしろさをどう昇華するか。マイルドにしても伝わってこない。意味がない。徹底してやるだけ」と認識しており「本当は様々な作品があるべき。今はあまりにも無さ過ぎる。僕自身が、映画を通して様々なことが勉強していた」と1世代前の映画体験を存分に込めていた。
滝本監督にとっては長編デビュー作となった本作。「全責任が僕にある作品です」と認識した上で「この映画にお客さんが集まらなかったら、僕はもう違う仕事を選びますし、一寸先は闇です。でも後悔しないぐらいのことをやってきたので、何の後悔もないです」と自信がある。故に「全てが楽しいですよ」と充実しており「映画は、様々な人の人生を狂わせてしまうことがある。なるべく幸せな方に転がしてあげたいけど、どうなるか分からない。でも、できる限りのパッケージを熱量満タンで真空パックにしたので、 あとはお客様がどう開けて頂いて驚くか。どんな風に御賞味して頂くか」と、公開が楽しみだ。なお、現在は、2024年配信予定のアクションドラマを撮影し編集している最中であり「また映画を作ろうとしてます」と計画中である。最近のツチヤさんは、時間に余裕がある時に外国を旅しており「196ヶ国もあるんですけど、全部回ってやろう、と思っている。面白い作品を作ることもやりたいし、面白い生き方もしたいし、面白い人になりたい、とずっと一貫して、長生きしているおじいちゃんになりたいな。全体として面白く 生きていきたい」と映画のツチヤさんと違い、日々を謳歌しているようだ。
映画『笑いのカイブツ』は、1月5日(金)より全国の劇場で公開中。関西では、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田や難波のTOHOシネマズなんば、京都・烏丸御池のアップリンク京都、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸等で公開中。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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