自身の興味を絡めて地方でも出来ることを考えながら、長野で映画を撮り続けたい…『夢見るペトロ』田中さくら監督に聞く!
いくつもの選択と決断の中で、少しずつ前を向こうとする少女の物語『夢見るペトロ』が、「田辺・弁慶映画祭セレクション2023」の一作として9月5日(火)・9月7日(木)に大阪・梅田のシネ・リーブル梅田で公開される。今回、田中さくら監督にインタビューを行った。
映画『夢見るペトロ』…
チラシ配りのアルバイトをしながら暮らすさゆりのもとに、飼っていたインコのペトロを失くした兄りつが訪れてくる。りつは近く結婚することを告げ、さゆりはその現実から逃避するように過去や幻想に浸るようになる。現実の世界とよく似た幻想の世界で、似ているようでどこか似ていない、りつやバイト仲間のみことに出会ったさゆりは、迷いながらも少しずつ前へと進んでいく。監督の田中さくらさんが同志社大学在学中に制作した短編映画として、若手監督の登竜門である第16回田辺・弁慶映画祭で審査員特別賞と俳優賞(前田紗葉)を受賞した。
学生時代は映画サークルに所属していた田中監督。知り合いだったカメラマンの古屋幸一さんから「16mmフィルムの端尺があるから、10分程度の短編だったら撮れるから何か撮らない?」とお声がけ頂き、最後の作品として本作を作り始める。フィルムで撮ることを前提に脚本を書き始めたが、当時は、卒業が迫っている時期だった。脚本を書き始める1,2年前頃、私の愛犬がいなくなったことがあり「誰かがいなくなってしまう喪失感が身近なテーマだった。自分自身がどう区切りをつけていこうかな、とぐるぐる考えていた時期だった」と明かす。
映画サークルで活動していた際は、デジタル一眼レフカメラで撮影してきたので「本当にフィルムで自分も撮れると思っていなかった。フィルムの知識も全く無かった」と告白。1960~70年代のフィルム映画を気に入っており「撮る時にフィルムをイメージしていた。とはいえ、フィルムは触ったことも見たこともなかった」と話す。実際にフィルムを使ってみて「緊張はします。特に今回は予算がなかった。コストを抑えた撮影だったので、みんなには『ワンテイクオッケーでお願いします』で伝えていた。どちらかといえば、役者の方の方が緊張されたかもしれない。ミスしたらお金が飛ぶので緊張しましたね」と余裕はなかった。だが、実際にフィルム回してみると「カラカラカラカラとフィルムが動いている音がします。現場の空気が、音も相まって不思議な感覚。ピリついている感じは全くないんですけど、場がキュッと締まる時間がありました」と感じており、貴重な経験になっている。
キャスティングにあたり、当時はコロナ禍で、京都府内で賄おうとした。同志社大学の映画サークルがキャスティングする時、シネマプランナーズ等で募集するか京都造形大学の方にお願いすることが多い。京都造形大学の俳優一覧を見ながら「前田紗葉さんが、もっとも脚本のイメージに近かった。京都造形大学のホームページでは、写真が少なくはっきり分からないので、インスタグラムも見てみた。普段はどんな雰囲気をまとっている人なのか、動いたらどうなんだろう」と注目し、様々な写真を拝見した上で、インスタグラムを通じて前田さんに主演のオファーを行った。
主人公と兄によるシーンは、京都で田中監督が住んでいた部屋で撮っており「引っ越しが迫っている3月初旬に撮影していた。皆に手伝ってもらい、部屋を作り込みながら、引っ越しの荷造りをしていた。撮り終わったら引っ越して就職していた」と振り返る。結局、編集作業は卒業して半年後にようやく着手出来た。フィルムはデジタル化した状態ではあったが、自身で編集をしており「この尺がある脚本を全部書いたことすらなかった。仕事しながら編集していたので、1年程度要し、翌年の5月に完成した。大変でしたね」と感慨深い。脚本を書いていた時は考えていなかったシーンを編集で思いついたこともあり、可能な限り実現させている。フィルムを用いたことが大きく「音楽や台詞がなくても見られる映像ではあったんです。元々はオールアフレコ。音が無い状態でずっと見ていても良いな。音楽が入ってエンドロールまで曲が入り、全く違う映画を見た感覚になった」と実感できた。フィルムを譲って頂いた古屋さんから「セリフが少なくても、これだけ見応えがある映画は珍しいです」と仰って頂いており「撮影中の私がやりたいこと等を丁寧に拾って下さった。どのように具現化するか相談しながら言進められたので、上手くいった」と喜んでいる。
田辺・弁慶映画祭で上映した際には「毛色が1作だけ違う」と劇場の雰囲気を肌感覚で感じていたが、お客さんも身を委ねてくれていることも伝わってきた。上映後には質疑応答があり、様々な考え方を持つ方が次から次へと手を挙げ「これってどういうことだったんですか」「こういうことだとおも思いました」と皆がそれぞれに感じ考察したことを伝えてもらい「その人たちの過ごしてきた時間や生まれ育った環境で感想が変わるのが顕著な映画だった。その場にいた人たちが、自分の境遇や過去を引き寄せて映画を見てくれているな」と嬉しく感じている。
撮り下ろし新作として併映される映画『いつもうしろに』は、就職のため実家を離れた主人公が、捨てたはずの思い出と再び向き合う姿を描く、少し不思議な物語。大学を卒業して2年。就職が決まり実家を離れることになったショウタは、淡々と思い出の品々の断捨離を進めた。そして新居にやってきたショウタは、怪しげな着ぐるみと出会う。その中にいたのは、別れた恋人と同じ顔をした女性で…
田辺・弁慶映画祭では審査員特別賞と俳優賞を受賞し「田辺・弁慶映画祭セレクション2023」での上映が決まった。上映枠が2時間程度頂けることになり「1本だと時間が余り過ぎちゃうよね」と言われ「じゃあ撮ります」と決意。昨年11月に受賞し「新作撮るぞ」と動き出し、脚本が出来上がったのは今年2月。4月末から撮り始め、5月初旬に撮り終わり、7月31日に完成し、ギリギリの納品となった。この製作期間の中で「どうやってお客さんを取り込んでいけばいいのか」と惜しみなくプロモート活動も続けており「様々なこと同時並行でやる中で、映画を作って編集して完成させたことは大変だったけど自信につながった。
『夢見るペトロ』は「私自身がどうやって喪失に向き合っていこうか」ということから脚本を書き始めたが『いつもうしろに』では「自分がその年に結婚することが決まり、自分の中でも安定していた時期でもあった。自分のために、というより、どこかで辛くて苦しい思いをしている誰かに”こういう映画もあるよ”と言えるような映画があったらいいな」と着想。「自分の過去と向き合う中で、思い出したくないこともある。だけど、その思い出があるから、今の自分がいるんだよな。過去の出来事に対して、今の自分は責任を負わないといけない。未来の自分に対しても、責任を負って生きていかないといけない」と考え「過去から現在に戻って、思い出と出会い直す話にしよう」と物語を作り上げていった。
キャスティングにあたり、主演の大下ヒロトさんとは、ミュージックビデオの撮影現場が一緒だった御縁で、オンラインメディア「PINTSCOPE」に大下さんが連載しており、記事に掲載する写真を撮らせて頂いたことがある。大下さんの雰囲気に惹かれるところがあり「いつか一緒に映画を撮りたいな」とずっと願っていた。そこで、今作を撮るにあたり、大下さんに当て書きしている。また、入江悠監督の『シュシュシュの娘』にスタッフで参加したことがあり、現場でスタッフとエキストラで入っていた佐藤京さんと仲良くなり「映画を撮るんだったら一緒にやりたいな」と思い描いていた中で、本作にオファーした。
撮影は、東京の府中辺りを中心に、草原と海のシーンは静岡で行っている。夜までアパートで撮影し、そこから皆で温泉行って、移動して深夜1時頃に静岡に到着、という弾丸スケジュールで「翌朝6時頃から始めて、草原と海のシーンで皆が頑張ってくれた。だけど私だけ体調崩してしまった」と大変な日々に。撮影中は、現場の雰囲気が良く「暑くて風も凄く吹いており、環境として良くなかったけど、現場の雰囲気が良かった。これで大丈夫だな」と確信。中日には撮休を入れながら、スケジュールをギュッと詰め、撮り切った。編集作業は5月から2ヶ月程度かけて行っており「1ヶ月でピクチャーロックして、残りの1ヶ月で整音やグレーティングや劇伴をやっていった。少しずつスケジュールが押していき、本当にギリギリでどうにか納品できた」と安堵している。
映画館での上映については「映画館で自分の映画が上映されるのは想像がつかない。芸大出身ではないので、人に観てもらう機会とは縁がない。大学のサークルでやるのとは違う」と興味津々であり「様々な人の感想聞きたい。映画を観ている時の皆の顔を見てみたいな」と楽しみだ。なお、現在は長野県に住んでおり「映画に携わっているスタッフさんは皆が東京に住んでおり、環境としては難しいところはある」と感じながらも「文化の中心である東京からではなく、地方からも出来ることはないかな、と考えている。長野で映画を撮り続けたい」と望んでいる。大学では、文学部の文化史学科で学んでおり「歴史の中でも人々の生活とか文化とかの歴史を主に扱う学科。民俗学にも興味があるので、自分が興味あることも絡めながら、地方で活動していきたい」と今後に目を輝かせていた。
映画『夢見るペトロ』と撮り下ろし新作として併映される映画『いつもうしろに』は、「田辺・弁慶映画祭セレクション2023」の一作として9月5日(火)・9月7日(木)に大阪・梅田のシネ・リーブル梅田で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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