アクションから気持ちを作り、俳優の感情を傷つけず演技を仕上げていく…『彼岸のふたり』北口ユースケ監督に聞く!
児童養護施設で育った女性が、自分を虐待した母親と再会し葛藤する姿を描く『彼岸のふたり』が9月17日(土)より、大阪・十三のシアターセブンで公開。今回、北口ユースケ監督にインタビューを行った。
映画『彼岸のふたり』…
親からの虐待を受け、児童養護施設で育った西園オトセは、施設を離れホテルの清掃係として働き始める。初めての社会生活で不安になりながらも、自立の道を模索しようとするオトセの前に、14年間音信不通だった母、陽子が突然現れる。金銭が目的だと分かっていながらも、血の繋がった母との再会に喜びを隠しきれないオトセは葛藤する。そしてその葛藤はオトセを自傷行為へと駆り立てる。一方、地下アイドルの広川夢は、望まぬ子を身籠ったままステージに立つ。二組の母子の人生は交錯し、オトセはやがて過去の自分と対峙すべく母が暮らす生家へと向かう。室町時代の堺市に実在したと言われる伝説の遊女「地獄太夫」の人生をモチーフに、新進気鋭の北口ユースケ監督が、運命に翻弄される女性達の姿を細やかに描く。
プロデューサーの桜あかりさんから「児童養護施設を舞台にしたダークヒーローの映画を撮りたい。堺市を舞台にしたい。地獄太夫のエピソードを取り入れたい。上田安子服飾専門学校で衣装を作りたい(カリキュラムの関係で7月末までの納品)」といった4つの依頼を頂いた北口監督。オーダーや制約が多過ぎ困惑してしまったが、初長編作品となり「是非やらせてください」と引き受けた。とはいえ、台本もない状態で衣装が必要となり「衣装から作る映画は滅多にないが、キャラクターのイメージもない状態。まずは、堺市のアイドルをイメージした衣装、地獄太夫の内掛け、ソウジュンにあたるキャラクターの衣装を作ろう」と困惑しながらも着手していく。
これまで手掛けた短編作品は「The 48 Hour Film Project」で作った作品であり「ジャンルや台詞や小道具が指定された中で制作する。3回出場して2回監督賞を受賞した。1度は優勝しカンヌでも上映して頂いている実績があったので、お題を昇華するのは得意だと思われたのではないか」と察している。今作の第1稿は、完成版とは全く違うストーリーで、地獄太夫は室町時代に堺市に実在したという話がモチーフにしており、もっと夜の世界の話がメインだった。二転三転しながら、死神の話になったり、死神が生まれてくる子供を救う話になったりしていく。だが、当時のタイトルが『彼岸のふたり』だった。死神が2人も存在する設定など、更に二転三転した後に落ち着き「タイトルは変えよう」と皆でアイデアを出し合ったが「『彼岸のふたり』がしっくりと収まり、タイトルだけが残った」と明かす。なお、英題が「Two on the Edge」であり「川を挟んだ向こうにお母さんが住んでおり、社会の淵にいる人達を描いた」と説く。最近の取材では、”ふたり”について様々な解釈を聞いているが、現状は定めていない。
脚本は、前田有貴さんと共同で取り組んでおり「お互いに俳優出身。最初に知り合ったのは東京の俳優養成学校。彼女と話し合っていくうちに出来上がった」と振り返り「作品に取り掛かった頃、僕に娘が生まれ、初めての子育てを経験していきながら、今作を作ったことの影響が大きい」と思い返す。親子関係を考えるきっかけになった経験であり「子育てをしていると、ストレスのリミットが振り切れる瞬間が何度もあった。自分でもびっくりするぐらいの声で怒鳴ったことがあり、虐待は誰でもやってしまうんじゃないか」と冷静に話す。「ストレスがたまっていき、周囲に支えてくれる人がいなかったら、1人で育てながら仕事をしている状態では人間の許容範囲を超える。そこで、手が出してしまう可能性は誰にでもある」と認識し「リミットが振り切れる瞬間を書きたいな」と気づいた。そんなシーンを描いたりカットしたりしながら、自身の子育てから得た経験を根源にして、最終的に本作の台本が完成する。
キャスティングでは、基本的にオーディションを開催して選んでいった。主役の演技には一番拘りたく「朝比奈めいりさんは陰があり黒光りしていた。普段はアイドルをやっているのに、キラキラしているというより陰が良いなぁ」と印象に残っている。演技経験がゼロであり、数回のレッスンを実施しており「普段はアイドルとしてのキャラクターづくりをしているので、どちらが素なのか分からない。演技レッスンを重ねていく中で、素の部分が見えなかった」と戸惑いながらも「泣くレッスンで、涙を見せた時、殻が破れてブレイクスルーが起こり、この子なら大丈夫」と確信。現場に入って以降、指導することはなく「周りの俳優の演技が万全だったので、自由に演じてもらった。自身の好きなようにやってもらった」と信頼を寄せている。なお、並木愛枝さんは学生時代からのファンで「いつか一緒にお仕事したい憧れの存在。オファーするための窓口が分からず、TwitterからDMを送ったところから、ラブレターを送った」と告白した。なお、脚本には準備稿があり「キャスティングした後には、リハーサルやディスカッションを重ね、俳優側に寄せていって、脚本を調整していった」と説く。
深刻な出来事が描かれていく本作。役作りにあたっては十分に配慮している。北口監督は、演技を作っていくあたり、本作のような作品においても、暗くなる気持ちを掘り下げていくことはしない。監督自身が元々は俳優であるため「様々なメソッドがある中で、ステラ・アドラーによるメソッドを基にしている」と言及し「アクションから気持ちを作る。自分の気持ちを傷つけない」と配慮している。「所謂メソッド演技は、自身の過去を掘り下げ、日常生活を犠牲にする役作りをして、感情を作っていく。気持ちが不安定になり演技が楽しくなくなる」と踏まえ「演技は楽しんでやっていくべきであり、ステラ・アドラーのメソッドを採用した。感情を外に出した上で演技を作っていく」と解説した。十分に配慮した役作りを行ったおかげで撮影は順調に進められている。作品の終盤では、朝比奈めいりさんによる驚きの演技があるが「直前に呼び寄せて、あるメソッドを用いて短時間で感情を作り上げた」と秘密を込めて明かし、スタッフも驚かせていた。完成した作品は各地の映画祭に出品しており「『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』のニルス・ミュラー監督が気に入ってくれたことが嬉しかった」と感激している。現在は、俳優を撮ることに重点を置いた作品を準備しており、驚きの作品を楽しみにしたい。
映画『彼岸のふたり』は、9月17日(土)より、大阪・十三のシアターセブンで1週間限定公開。なお、上映期間中は、北口監督や出演者やスタッフが登壇する舞台挨拶を連日開催予定。また、10月1日(土)より1週間追加上映が決定している。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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