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今まであまり知られていなかった枯葉剤の悲惨さが日の目を見ることになれば…『失われた時の中で』坂田雅子監督に聞く!

2022年8月31日

ベトナム戦争の枯葉剤被害を、20年に渡って記録したドキュメンタリー『失われた時の中で』が9月3日(土)より関西の劇場でも公開される。今回、坂田雅子監督にインタビューを行った。

 

映画『失われた時の中で』は、『花はどこへいった』『沈黙の春を生きて』等ベトナムの枯葉剤被害を題材にした作品を約20年にわたって撮り続けてきた坂田雅子監督によるドキュメンタリー。ベトナム帰還兵で写真家だった夫のグレッグ・デイビスが2003年に突然の死を遂げた原因が、ベトナム戦争時の枯葉剤ではないかと聞かされ、夫の身に起きたことを知るためにベトナムで取材を始めた坂田監督。そこで目撃したのは、戦後30年を過ぎてなお枯葉剤の影響で重い障害を持って生まれてくる子どもたちと、彼らを育てケアする家族の姿だった。その後ベトナムは目覚ましい経済発展を遂げたが、被害者とその家族は取り残されたままでいる。そんな彼らの姿や、支援活動を続ける医師、アメリカ政府と枯葉剤を製造した企業に対し裁判を起こした元ジャーナリストらにカメラを向け、戦争の傷痕に向き合い続ける人々の姿を映し出す。

 

1作目の『花はどこへいった』は、坂田監督が夫を亡くした、という大きな事件によって、やむにやまれぬ気持ちで制作した。2作目の『沈黙の春を生きて』は、「1作目を作ったことで自身の中で一段落した」と思っていたが、枯葉剤に関する問題自体は終わっていない、という観点から、ベトナム帰還兵の子供の中にも被害者が沢山いることに気がついて制作している。3作目を作ろうとする気持ちはなかった。最初の2作で様々な支援や募金が集まり「枯葉剤の被害者の中でも、支援があれば自立できる子供達がいることに気がついた。1⼈あたり⽉ 25 ドルあれば学校に行けるようになると教えてもらった。私達も支援できるのではないか」と思い、”「希望の種」奨学金”を始めた。募り始めて以降、10年間で1000万円程度の支援が集まり100人超の子供達を助けている。ベトナムに行った際、奨学生達に時々会う機会があり、感謝されていることを知り心を動かされた。何度も訪ねていくうちに「まだ語るべきことはある」と気づき、当初は持参していなかったカメラを持っていくことに。同時に「私達が取材してきたことは氷山の一角。まだまだ酷い障害に苦しんでいる人達が沢山いる。今まで皆に知られていなかった枯葉剤の悲惨さが日の目を見ることになれば」と願い、撮影素材がたまっていく中で、3本目を制作した。

 

枯葉剤被害者の方達への取材は一見難しそうにも感じる。坂田監督自身は枯葉剤を浴びていないが「夫を亡くしたことで枯葉剤の被害者だと同情され、受け容れてもらいやすかった」と明かす。「枯葉剤の被害者達は往々にして辺鄙な田舎に住んでいる人達で『私達は忘れ去られている』という気持ちがあるから、知られるってもらえるということが大きな励みになる。とても協力的で、苦境を一生懸命に訴えたい気持ちが感じられました」と振り返り、取材には協力的だったようだ。とはいえ、坂田監督の夫は、加害国の出身である。反感を持たれそうだが、2004年に取材した時、或るお母さんに「アメリカ人が憎くないですか」と聞いてみると「いや、あれは戦争だったんだから仕方がないですよ」と云われ、印象的に残ったという。さらに2004年から20年近く経過し、「今やベトナムの人達はアメリカが大好き」だという。「私達は忘れはしないけども許すことを知った。過去のことは様々にあるけど、過去にいつまでも拘っていたら前に進めない。だから過去は水に流して、これからの良い関係に力を入れよう」というベトナムの人々の考え方にハッとさせられてしまう。

 

本作に映し出される障害を抱えた子供達の、明るさは印象深い。「特に、今回出会った足の不自由なホアンさんとロイ君の2人は、2004年に最初に出会った時は「この子達がこれから大人になっていくにつれ、どうやって生活していくのかな」と心配したが、20年後の今、二人とも自立して、ロイくんはデザイナーの彼女と結婚もした。「本当に明るく、障害を意識せず、克服している姿を見て、こちらが励まされた」。

 

しかし「重い障害を持つ被害者が往々にして一つの家族の中に何人もいることが多い」という現実も見つめており「そういった家族をいくつも訪ねると、やはりこちらの心が沈むこともある」と打ち明ける。何度も同じ家族に会っており「次に訪問する時まで元気でいてくれるだろうか」と心配だ。実際、亡くなってしまう方も多く「再び会うことが嬉しい一方、時の経過とともに家族の悲惨さも増し、どこに救いがあるのか」と考えさせられる。だが、奨学金等で支援をしている子供達が喜んで抱きついてきてくれると「やった甲斐があるなぁ」と感慨深い。「悲喜こもごも、様々なケースがあります」と冷静になりながらも「だけど、私はそれによって生きる力をもらった」と実感。「自分が悲しみのどん底にあると思って作り始めた映画ですけれども、私以上に難しい状況にありながら日々生活している人達と出会って、私自身が癒された」と生きる力をもらい、社会と繋がりが出来たことに感謝している日々だ。

 

数多の取材を経て「それぞれに感動的なシーンが沢山あり、それら全てを作品に入れたい」というのが監督自身の本音ではある。だが、第三者に見せると「悲惨な状況を沢山見せてもカタログのようになってしまい、訴えるものが薄まってしまう。もう少しストーリーとして起承転結があるようにしないと、心に響かないよ」という意見もあった。編集の大重裕二さんに「グレッグが遺した良い文章や写真が沢山あるので、それを使ってストーリーを組み立てたらどうか」というアドバイスを頂いた。大重さんと共に編集し直し「彼の意見を取り入れながら、枯葉剤の被害者達にも観てもらえる形に作りあげ、成功したかな」と達成感を得ている。

 

完成した本作について、ベトナムの方々からは「良い映画だ。ベトナム語版として制作しTVでも放映したいね」と好評だ。しかし、ベトナムでも枯葉剤のことは次第に忘れ去られており「若者は戦争を知らない。昔の出来事であり、関心があるのは経済発展。自分達がどのようにして良い生活をして楽しむかが大事なテーマになっている」と言及する。また、既に東京の劇場では公開されており「こんなことがあったなんて知らなかった」「20年追い続けることで見えてくるものがある」といった反応があった。なお、枯葉剤の影響を受け障害が重い子供達が暮らしていた平和村が閉鎖の危機に直面し、それに変わるものとしてオレンジ村と呼ばれる施設の建設が計画されている。「日本でも、枯葉剤被害者の農業実習を支援する動きがあり、その動向を追っていく可能性があるかな」と今後の取材も検討中だ。本作を集大成と考えていたが「私が映画制作をやめても、問題は継続しています。被害者達は生きていかないといけない。忘れられないためにも、継続した方がいいのかな」と今後への思いを語る。

 

映画『失われた時の中で』は、関西では、9月3日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、9月16日(金)より京都・烏丸の京都シネマで公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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