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身の周りをよく見ると分からないことだらけ、自分で感じて考えることが大事…『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』村田英克監督に聞く!

2022年8月18日

JT生命誌研究館の現在を捉えたドキュメンタリー『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』が関西の劇場でも順次公開中。今回、村田英克監督にインタビューを行った。

 

映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』は、大阪府高槻市にあるJT生命誌研究館の活動を伝える記録映画。企画展示「食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙」にまつわる日々を、館員の目線から辿った作品。人間も含めた生きもの達の「生きている」様子を見つめ、「どう生きるか」を探る「生命誌」を中心に、生命科学に関する展示や研究を行うJT生命誌研究館。屋上には、チョウの成虫が蜜を吸う花と、幼虫が好んで葉を食べる植物(食草)を育てる「食草園」と呼ばれる小さな庭がある。四季を通じて様々な虫達が訪れ、植物と昆虫の関わり合いのドラマを繰り広げていた。映画では、生きもの達の観察を通して日常とは異なる世界を浮かび上がらせ、身近な小さな疑問を探っていくことで、様々な生き方への共感を生み出し、豊かな自然と、その一員として存在する人間の在り方を描く。また、ファーブルの「昆虫記」の翻訳者である奥本大三郎氏と永田和宏館長、能楽囃子方大倉源次郎師(人間国宝)と中村桂子名誉館長との対話も収録され、生きもの達の間にある駆け引きの妙や、人と自然による営みが紡ぎ出す世界、そして、日本にある自然の豊かさ等が語られる。

 

JT生命誌研究館の20周年を機に制作され、劇場公開された映画『水と風と生きものと 中村桂子・生命誌を紡ぐ』(2015年)は、生命誌を提唱し、研究館を構想、実現した一人の女性科学者のドキュメンタリーでもあった。現代では、細胞やDNA、遺伝子についての研究が進み、もはや生命科学は「生活に関わる技術」。そのような時代を背景に、改めて日常の「生きもの感覚」と科学で分かったことを結び付けて体験できる「場」として研究館は、1993年にオープンした。チョウやクモ、カエルやコバチなど身近な生きものを扱いながら先端的な研究を行い、生きものと、生きもの研究の面白さ、その魅力をいかに伝えるかと常に工夫を凝らしながら、さまざまな表現や展示を行ってきたが、「正直言って、これまで宣伝は下手でした」と村田さん。

 

前作公開当時、劇場で濱口竜介監督の『ハッピーアワー』に衝撃を受け、『カメラの前で演じること』への深い洞察と、その現場に溢れる家族的日常に深く嫉妬し、翻って「既に、十分に家族的な日常を送る研究館の人々の活動を上手く伝える手段として、実は、映画が最良の方法ではないか? 僕がカメラを携えて、この日常を掬い取っていくことが映画への近道ではないか」と閃いた。

 

研究館の中で取り組んでいる研究は興味深いものが多く「普通と違う、映画の題材として十分変なことをやっている。研究館の日常は、映画館でも一般に関心を持って迎えられるはずだ。」と確信。今作では、研究館での「食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙」という企画展に取材にしており「一般の方にも身近に感じてもらえるのでは?」と期待している。研究館の屋上に12㎡の庭がある。蝶がやってきて卵を産み、幼虫が植物の葉を食べて育つ「食草園」は、日常と科学のつながりを伝えるよいモチーフ。しかし、昆虫館のドームと違ってチョウや幼虫を飼育しているわけでなく、「ここは、高槻の空を飛んで、研究館の周囲に暮らす地元のチョウがやってくるのを待つお庭。企画展にお客さんが来て、その時、蝶や幼虫がここにいるかどうかはわかりません。それでは申し訳ないので、企画展で見せる映像として撮り始めた」のがそもそもの始まりと明かす。「展示の一部にと思って撮り始めたら、面白くなって、食草園に来る「蝶の道」を辿って街路樹や住宅地の庭先、さらに河原から渓谷へと徐々に撮影の範囲を広げて…」そもそも高槻の自然に暮らすチョウの日常を楽しみながら追いかけるようになった。

 

まずチョウチョを撮って、さらに研究する人、展示などの表現に取り組む研究館の人々の日常へとカメラは向けられた。「360°カメラは、後からカメラワークを作れる優れもの。展示ホールの天井や、昆虫の飼育箱の中に吊るして、まるで地引網のように現場をまるごと掬いあげ後からお料理できた」と説明。スタッフの中井彩香さんと室園純子さんに昆虫の接写を依頼。「中井さんは映画以前からスチルで食草園の日々を記録撮影していたので、ついででいいからと動画記録も依頼。室園さんは、普段は来館者向け展示ガイドのスタッフだが、実は、休日はプロ顔負けの昆虫写真家で、展示でも映画でも、彼女の数々のナイスショットに助けられた」。撮影の日々を「基本的には行き当たりばったり」と云いながらも「研究館の日常をありのままに映し出せた」と満足している。生命誌研究館では、生きものの科学を展示や季刊誌、ネット、映像…とあらゆるメディアを用いて表現する仕事を20年近く携わってきたが「生命誌研究館の面白さに一番フィットする表現媒体は映像だ」と実感した。

 

映画は、スクリーンに映写するマスターが完成したのは昨年12月頃。しかし「むしろそこが始まりで。実際に映画館でスクリーンにかけていただける作品となるまでには、本作にギター音楽で命を吹き込んでくれた末森樹さん、木版画で本作をワンビジュアルで表現してくれた宣伝美術の山福朱実さん、そして、「映画館に「食草園」をつくったらかけてあげてもいいよ」と言ってくださったポレポレ東中野の皆さま、さらに本作に共感し、メッセージを寄せてくださった方々、上映イベントに参加してくださった皆さまへの感謝の念に絶えません。今も、上映を続けながら、まだつくり続けているような気がしています」と村田さん。

 

なお、出演者クレジットには、ナミアゲハ、アマミナナフシ、イヌビワが挙げられている。生命誌研究館のメッセージとして「人間は特別ではない。現在、地球にいる全ての多様な生きものは細胞で出来ていて、その中にはDNAがある」と村田さんは説く。「DNAは生きものの設計図(レシピ)のようなもの。さらにここから、生きものごとの歴史を読み解くこともできる」と説明し「植物ならお日様を浴びて光合成をしてエネルギーを創り出す。私たち動物は、他の生きものを食べないと生きていけない」と違いを表現。「地球で最初に生命が誕生したのは38億年前」と科学では考えられており「今いる生物は、共通のご先祖さまから続く生き残り。世代を超えて細胞分裂し、DNAをコピーして受け渡し、その時、ちょっとずつ変わりながら続いてきた。その過程で多様な生き方が生み出された。人間以外の生きものも生活圏を共有し、今も互いに関わり合う仲間。それぞれの存在を尊重しましょう。多様な生きものの中で、取り立てて人間は偉くありません」というメッセージが込められていると語る。

 

前作『水と風と生きものと』に、劇中劇として、研究館のセレモニーで上演した『生命誌版セロ弾きのゴーシュ』が登場するが、村田さんは、その語り役を担った舞台経験から「表現することの基本はオーラルな言葉。文字以前の<声>による身体表現にある」と捉えている。「<声に出して言葉を発する>という行為は、即ち、それによって自分のテリトリーを創出し、積極的に世界に働きかけて、主体的に状況を変えていく実践に他なりません。父親として、うちの小さな子ども達と日々接していてもそのことを実感します。」と言う。今作の終盤には、そんな思いを語る村田さんが研鑽を続ける能「胡蝶」の演奏が映し出される。「科学では、まだまだ分からないことがたくさんある。新しいことを1つ発見すると、その周りには分からないことが沢山あると分かる。実はそれが一番大事。世界は、生きられる場であって、説明される場ではない。どんなに科学が発展してもすべては分からない。わたしたちは、これまでも、そしてこれからも、分からない複雑な自然の中で暮らしていく」ことになる。「実は、能楽などの古典芸能には、分からない自然の中で、私たち人間がどのように賢く暮らしていくか、そのことについての先人たちの<豊かな知恵>が詰まっているのです。」科学も含めて、四季折々の変化に恵まれた自然の中で培われた文化を、生活者一人ひとりの中で醸成されることが、ほんとうの文化の豊かさにつながるのではないでしょうか。

 

生命誌研究館で取り組んでいることを映画という表現を以て届けてきた村田さんは「科学は面白い」とを伝えると同時に「科学では分からないことがある。そこが大事。」と伝えようとしてきた。「自分で感じて考えることが大事」をモットーにしており、「開発された住宅地の中でも雑草は生えている。日々食べている食事の具材は全て生きもの。そこに向き合って日々を暮らすことを」と身の周りをよく見ることを大切にしている。例えば能楽は、「古事記や万葉集などに始まる日本の和歌や物語の世界を、<生きた芸能として>現代まで語り伝えてくれている。そこに豊かな知恵が詰まっている」と語り「身の周りをよく見て自分が生きている自然や風土、そして文化的、歴史的なつながりのうえに、一人ひとりの生活を位置付けていくことが大事」と、謙虚な気持ちを以てこれからも取り組んでいきたいと語る。

 

映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』は、関西の劇場でも順次公開中。8月20日(土)からは、大阪・九条のシネ・ヌーヴォでも公開。初日には舞台挨拶を開催予定。

今まで知っているつもりだった昆虫たちの驚くべき生態を前に、あっという間の2時間が過ぎていく。植物と昆虫の密接な関係を紐解く序盤から、彼らの共生について考えていると、お互いがお互いを必要としている関係性に美しさを感じてしまう。

 

昆虫は短命であるがゆえ、世代交代も早い。裏を返せば種の進化も早い、ということだ。種類によって幼虫の食べる葉も違う。コバチの1種対1種からなる関係など、普段気にも留めていなかった部分に目を向けることの楽しさを教えてくれる作品だ。本作に登場する人達の昆虫や植物への姿勢を見ると、人間の知識への欲求や探究心こそが最も美しく、最終的に、今の我々を支えている、と確信した。

fromねむひら

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映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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