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素晴らしい俳優達と共演し、純度の高い現場での経験が今後の伊藤健太郎を形作る礎になってほしい…『冬薔薇(ふゆそうび)』阪本順治監督に聞く!

2022年5月30日

とある港町を舞台に、“ロクデナシ”な青年を中心に、とある事件とその驚きの真相、そして彼を取り巻く人々の姿を描く『冬薔薇』が6月3日(金)より全国の劇場で公開される。今回、阪本順治監督にインタビューを行った。

 

映画『冬薔薇』は、阪本順治監督が伊藤健太郎さんを主演に迎え、ある港町を舞台にしたオリジナル脚本で人間の業を描いたドラマ。学校にも行かず、半端な不良仲間とつるみながら、友人たちから金をせびってダラダラと中途半端に生きる渡口淳。埋立て用の土砂を船で運ぶ海運業を営む彼の両親は、時代とともに減っていく仕事や後継者不足に頭を悩ませながらも、なんとか日々をやり過ごしていた。淳はそんな両親の仕事に興味を示すこともなく、親子の会話もほとんどない状態だった。ある日、淳の仲間が何者かに襲われる事件が起きる。そこで思いも寄らぬ人物が犯人像として浮かび上がる。主人公の淳役を伊藤さん、淳の両親を小林薫さん、余貴美子さんが演じるほか、眞木蔵人さん、永山絢斗さん、毎熊克哉さん、坂東龍汰さん、河合優実さん、佐久本宝さん、和田光沙さん、笠松伴助さん、伊武雅刀さん、石橋蓮司さんらが顔をそろえる。

 

コロナ禍以前に『弟とアンドロイドと僕』を制作し「一人でディストピアを始めていた」と振り返る阪本監督。次作に着手しようとしていたが「現実がディストピアになってしまった。2年間も仕事が消え鬱々として沼に塡まっていた」と打ち明ける。一人暮らしで外食中心の生活をしてきたので、飲食店が休業状態で悶々としている中で、時短営業時間内でたっぷりと呑んだ帰りに見つけた花屋に入り、酔っぱらった勢いで薔薇の鉢を買ったのが2021年1月。水をあげて育てていき、2月の極寒日にベランダで花が咲き「愛おしくなりました」と話す。5月に「伊藤健太郎で1作撮らないか」というオファーを受け「この薔薇を映画の中に登場させたい」と検討。薔薇が咲いた頃、ふと調べてみると「”冬薔薇”と書いて、ふゆそうび、と読む」と知り「文学的なタイトルも良いかな」と本作を着想していく。

 

伊藤健太郎さんとは、初めて仕事をすることになり、まずは会ってみることに。最初は堅い表情で「本来は賑やかな方なんでしょう。俺に怯えていたのかな」と心配しつつ「生い立ちから家族関係、友人や交遊関係、事故のことやSNSで揶揄されていることの真実を話してもらった。そこで、言葉を濁したり、言い換えたり誤魔化したりしていたら、その日のうちには決断出来なかった」と振り返る。伊藤さんの返答をしっかりと受けとめられ「33年間も監督業を続け、多種多様に演出させてもらっているので、誤魔化しても僕にはバレる。どんな顔でいるか?目線を外しているか?と注目し、まっすぐに僕と向きあってくれたので、信頼できる」と確信。「初対面で40歳上の人に問い詰められて大変だっただろう」と労いながら「たった1日で信頼関係を作りたかった。勿論、正直に話してもらうためには、僕の思春期の恥や親との関係も話しました」と自らを打ち明けた上で「仲間として取り組もう」と意気投合した。

 

神奈川県横須賀市西浦賀を舞台にした本作。作品冒頭で繰り広げられる喧嘩シーンは、造船所のドックだった場所で撮っており「観光地にする前に映画撮影に使わせてもらった。その近所にはガット船が占有する港がある。また、横須賀駅前のバーにお世話になったり、米軍の海軍基地が見える公園でも撮影している」とロケーションは抜群だ。ロケハンでは、ガット船をお借りした船長やその御家族や50代~70代からなる乗組員の方々にもお世話になり「そのうちの一人はガット船に住んでいた。本作のモデルにしています」と明かす。脚本の執筆にあたり「伊藤君にとっても、再出発と思ってもらえるように頑張りました。彼が脚本を読んだ時に驚いたように、今まで演じてきた役とも違い、自らの責任で堕ちていく人間を演じることになる。追い詰めるつもりはないけど、結果的に『この役柄を通過しないといけないんだ』と彼は追い詰められた」と作り込んでいるのと同時に「健太郎の復帰作だけど、僕にとっても、コロナ鬱からの復帰作ですから、自分の心境整理も出来た」と説く。

 

小林薫さんが演じた、主人公の父親について「言葉が届いてこない。黙しても何も伝わらない。お互いにスルーしている」と説明し、阪本監督の父親も癇癪持ちだったことも告げた上で「父子関係というよくある話ではある。男の子は父性を求めてしまう」と本作が持つテーマの一つを挙げる。小林薫さんとは30年で2回程度食事を共にした程度で、今作が初めての仕事となったが「賄いの焼きそばを作っているシーンで『僕ねぇ、”深夜食堂”というドラマに出ていたんですよ』って仰った」と他愛ない会話も出来る現場だった。今注目の若手俳優も起用しているが「永山絢斗は今回で2回目。毎熊克哉は映画も観ていて、江波杏子さんを偲ぶ会で長話をして素の本人を見ていて、良いなぁ、いつか…と思っていた。坂東君や河合さんや佐久本君は、スタッフやプロダクションの推薦で面談させてもらった。若手を知らないんですよ」と明かしながら「皆、味わいがあって良かったですね」と称えている。

 

作品を形作っていくにあたり、主演の伊藤健太郎さんを出ずっぱりにする案もあったが、阪本監督は「今の日本におけるそれぞれの世代が抱える問題をあからさまにしながら全方位的に入れていこう」と軸をもって表現した。「ガット船を用いて埋立用の土砂を運ぶ海運業があることを知らなかった。彼等がいなければ湾岸の開発もタワーマンションもなく空港拡張もなかった。日本の高度経済成長を支えてきた彼等を忘れず知ってほしい」という思いを込めているが、同時に「ガット船の容量では法律上は外国人や研修生を雇えず、高齢化になっていく。バブル期は母港に20数隻が並んでいたが、廃業した舟も多く後継者もいない」という問題も提示した。

 

物語のクライマックスでは、主人公の淳が言い放つ或る台詞がある。阪本監督は「伊藤健太郎が実際の父親に思っていたこと。一番ヒントになった言葉」と述べ、クローズアップで画を重ねて、大切に撮ろうとしていた。だが、リハーサルをしてみると「台詞だけでOK、クローズアップは不要だった。観客が自ずとクローズアップしてくれる。健太郎としても最も自身とすり合わせられる瞬間だった」と語り、ワンカット長回しで撮るだけで十分だった。「役者は、普通に演じることが一番難しい。役者はなにかをしたがる。クライマックスだと思えば、力んで余計なしぐさが出たり、目の動きが出たりする。熱演は要らない」と今までの作品で俳優達に伝えてきたが「今回は一発OKだった。健太郎はこれまで漫画原作ものなどで大きなリアクションやパフォーマンスを求められてきたので、撮影初日は、垣間見えたが、不要であり何もしない演技があることを伝えた。以降、自覚して余計なアクションをせず、熱を帯びた台詞でも抑えてくれていた」と感謝しており「一番印象に残ってほしいのは、健太郎が何も語っていない時のクローズアップ」と太鼓判を押す。

 

今回の映画制作を振り返り「脚本が完成し、スタッフが集まり、役者が揃い、衣装を決めて、クランクインして、港の撮影が始まった頃に全体像が見えてきた」と振り返る。岸壁に立って撮影している時に「目の前に海があり、ガット船が停泊する風景を観て、今までとは違う物語性を見せられる。新鮮なものが撮れる」という実感を得られ「船の全景やエンジンの音など全てが心象風景。映画らしい映画になるかな」と自信を持てている。とはいえ、出来上がった直後は客観視が出来なかったが「取材を受けていくと、メディアのみなさんが笑ったシーンを聞いて納得できた。台本通りであり誰一人アドリブで喋っていないけど、可笑しい人達が演じると台本通りに喋っても可笑しみが出るんだな」と確かな反応があった。各々の登場人物の行く末については、様々な方から意見を聞いており「多種多様でそれぞれが正解だな、と思う。監督が、こういうつもりで撮りましたと解説すると、それが正解として拡がってしまうのだが、それはあまり好きじゃない」と真摯なスタンスだ。監督自身は、様々な小説を読んでおり「その名残は作品に必ず残っている。自分一人が体験したことだけでは映画にならない」と冷静であり「小説を読むと、自分じゃない人達の人生が書かれているけど、あたかも自分の人生のように没入していく。この経験がオリジナル作品を書く時に活きているんだなぁ」と謙虚に語る。なお、以前、桐野夏生さんから「男の願望で女を描かないでください」と云われ、脚本を書く度に注意している。

 

主人公を演じた伊藤健太郎さんについて「成長したかどうか、簡単には云えない」と踏まえた上で「表舞台に出てきたから、彼には次のバッシングを含めた波が来ますよ。でも、この映画を一本やったことで培ったものを以て罵詈雑言を突破していってほしい」と期待しており「以前と違って、素晴らしい俳優達と共演したことや、純度の高い現場を経験したことが、これからも俳優として演じ生きていくうえでも礎の一つになったら嬉しいな」と願っている。

 

映画『冬薔薇』は、6月3日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田の大阪ステーションシティシネマ、難波のなんばパークスシネマ、京都・三条のMOVIX京都、神戸・三宮のkino cinéma(キノシネマ)神戸国際 等で公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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