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この時代の空気が続く限り、教育の問題を注意深く取材していきたい…『教育と愛国』斉加尚代監督に聞く!

2022年5月12日

政治から一線を置いていたはずの教育現場を見つめ直し、しだいに変化していく教育と政治の関係性を映しだす『教育と愛国』が5月13日(金)より全国の劇場で公開。今回、斉加尚代監督にインタビューを行った。

 

映画『教育と愛国』は、教科書に対する圧力と政治介入を描きながら、侵してはならない学問の自由が権力によって歪められてきた現在(いま)を記録したドキュメンタリー。2017年に大阪の毎日放送で放送されギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞した『映像’17 教育と愛国〜教科書でいま何が起きているのか〜』に追加取材と再構成を施し、映画版として公開される。
戦前の軍国主義への反省から、戦後の教育は常に政治と切り離されてきた。しかし2006年に教育基本法が改定され、戦後初めて「愛国心条項」が盛り込まれる。それ以降「教育改革」「教育再生」の名のもとに、教科書検定制度が見えない力を増していく。毎日放送で20年以上にわたり教育現場を取材してきた斉加尚代監督が、教科書の編集者や執筆者へのインタビュー、慰安婦問題など加害の歴史を教える教師や研究者へのバッシングなどを通し、教育現場に迫る危機を描き出す。俳優の井浦新さんが語りを担当した。

 

2017年4月、本作のテレビ版である『映像’17 教育と愛国』の企画書を書いた当時、戦後73年ぶりに道徳が教科に復活し、道徳教科書について初めての検定が行われた。子どもが地域に愛着を持つようになってゆく「にちようびのさんぽみち」という読み物が検定を通過した後、登場するパン屋が和菓子屋に書き換えられ伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度に照らして扱いが不適切、という意見がついて修正したのです。おかしいですよね。この書き換えに教科書検定制度の問題点が凝縮されているんじゃないか」と思う。

 

番組の取材で沖縄に頻繁に行っていた斉加さんは、2006年の高校日本史の検定で、沖縄戦の集団自決には軍の意向や関与がなかったと書き換えられたことを思い出し、沖縄戦の記述が消された事とパン屋さんが和菓子屋さんに書き換えられた出来事が繋がっていることに気がつく。「道徳と日本史が地下茎で繋がっているような検定制度の仕組みはいったいどうなっているのか?教科書がどのように作られているかを検証し、教科書から見える教育現場を取材して伝えたい」との思いからテレビ版は出発し、検定制度が孕む多くの問題を可視化した。

 

ギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞した番組は調査報道として評価され、大きな楔を打ったが、教科書と教育に対する政治からの攻撃はそれでも止まらない。斉加さんは教育現場の取材を続けていく中で新型コロナウィルスの感染拡大によってさらに「先生の自由度が狭まっている」と感じ取っていく。「先生達は子ども達の学習する権利を守るために苦闘しているのに、(当時の)安倍総理が一斉休校を指示したり、松井大阪市長がオンライン授業の一斉実施を会見で発表したり、教育行政の独立性に対する配慮がまるでなかった」と政治主導が当たり前になっていく状況に危機感を抱いたという。「このままで大丈夫なのだろうか。教育と政治の関係を更に問い直したい」と、映画で全国の人びとに伝えたいという気持ちが湧いていく。さらに、教育の自由だけでなく「学問そのものの自由も危うくなってきた。国会議員が科研費に対するデマをばらまいて、誠実な研究を行っている学者をバッシングしたり、日本学術会議推薦の新会員6人が官邸の意向によって排除されるという前代未聞の事態が起こって来ました。自由に研究が出来る環境が整えられなければならない民主的な社会で、その価値を損なう政治的な流れが強まっていることを感ぜざるをえなくなりました。このままではいけない。右とか左のイデオロギーではない。長年、教育現場を取材し、素晴らしい先生たちと出逢ってきた記者として、独立すべき学問に対しての攻撃をただ見逃して良いはずがない」と受けとめ、斉加さんに人生最大のギアが入った。

 

映画版を制作するにあたり、斉加さんは当初、教科書検定制度を深堀り取材し、検定意見の原案を執筆している元教科書調査官のインタビューや、検定意見を付けられて教科書を修正せざるを得ない教科書会社の編集者といった当事者にアプローチしてインタビューを行おうとした。だが、それらの取材対象は萎縮しているのか、撮影インタビューを申し込んでも協力してくれる人に出会えず、断られてばかり。「後ろ姿や声を変えても誰だか分かってしまう」「取材を受けることで政治的中立性を疑われる」「文部科学省から目をつけられたら困る」などと釈明された。「『良い教科書を作るために努力している』という当事者の声を聞くことによって、教科書づくりの本質を理解していけるはずなのに撮影すら出来ない。政治的圧力が充満していると感じました」と一連の取材を振り返る。「どういう取材が出来るか」と模索していく日々だった。「カメラで捉えられなくとも、どうにかして見えない力を伝えたい」と目に見えないものをどう表わすか、模索していく。やがて「政治家から槍玉に挙げられて苦悩している学校の先生や教科書会社の編集者や大学の研究者といった人達のリアルな声を伝えることで今の空気が伝わるのではないか」という考えに辿り着いた。本作はまさにその空気を見事に描き出している。

 

権力者、政治家も含め様々な立場の人物が登場するが「誰かを悪者と決めつけるのではなく、様々な考え方が出来て解釈に余白が生まれるように」と工夫した。さらには「誰が誰に忖度しているのか、立場によっても違う。様々な圧力や忖度があることを事実に沿って伝え、どう受けとめてくださるかは、観客を信じて委ねたい」という思いがある。

 

昨年5月には、閣議決定によって、文科省が検定に合格している教科書の記述を書き替えさせようと出版社に圧力をかけてきた。「一旦OKだった教科書を政治の決定によって書き換えさせる、深刻な政治介入だ」と受けとめ「教科書が政治の力によって左右されることを伝えることが一つの使命になる」と確信。日本学術会議に関する問題まで取り入れるか最後まで悩んだが「教育の自由と学問の自由は結びついています。教育と学問全体への政治的圧力を伝えることが必要」と判断し、可能な限り作品に取り入れた上で、本作の制作を終えた。

 

現在進行形のテーマを取り上げた本作について「答えを用意できないジレンマを抱えたままです」と斉加さんは正直に打ち明ける。「最初から台本は一切なく、取材する中で気づいたことや驚いたことを中心に着地していく。今回、昨年6月から本格的に再取材を始めて、テレビ版50分の取材素材に、もう1本制作する気持ちで107分の作品に仕上げた」と振り返り「取材していく途中、映画になるんだろうか、と挫けそうな時もあった」と告白。

 

今後も「教育の問題を注意深く取材していきたい」と言い「教育と政治の接近は、メディアと政治の接近と似ています。教育とメディアは社会の土台、根幹を作っている。在阪のテレビ局は、以前に比べると広告収入が減り、経済的に弱まっている中で政治におもねる空気が拭えません。教育現場にいる先生とテレビ局の記者も似ています。時代の空気が続く限り、避けられないテーマであり、撮り続けないといけない」と思いを語った。

 

映画『教育と愛国』は、5月13日(金)より全国の劇場で公開。関西では、5月13日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、5月14日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。また、7月16日(土)より神戸・元町の元町映画館や兵庫・洲本の洲本オリオンでも公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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