スクリーンの中には不可解な人達による緊張感を伴った物語が存在してほしい…『本気のしるし 劇場版』深田晃司監督に聞く!
本気の恋をしたことのない青年が、ある日出会った女性にのめりこんでいく様を描く『本気のしるし 劇場版』が関西の劇場でも10月16日(金)より公開。今回、深田晃司監督にインタビューを行った。
映画『本気のしるし 劇場版』は、『淵に立つ』『よこがお』の深田晃司監督が星里もちるさんのコミックを連続ドラマ化し、2019年に放送された作品を劇場作品として再編集したサスペンス。退屈な日常を送っていた会社員の辻一路。ある夜、辻は踏み切りで立ち往生していた葉山浮世の命を救う。不思議な雰囲気を持ち、分別のない行動をとる浮世。そんな彼女を放っておけない辻は、浮世を追ってさらなる深みへとはまっていく。辻役を『レディ・プレイヤー1』『蜜蜂と遠雷』の森崎ウィンさん、浮世役をドラマ『3年A組 今から皆さんは、人質です』『連続テレビ小説 べっぴんさん』の土村芳さんがそれぞれ演じ、宇野祥平さん、石橋けいさん、福永朱梨さん、忍成修吾さん、北村有起哉さんらが脇を固める。新型コロナウイルスの影響で通常開催が見送られた、2020年の第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション「カンヌレーベル」に選出された。
本インタビューの実施前日、兵庫・豊岡の豊岡劇場では、本作のジャパンプレミア上映に合わせて深田晃司監督と濱口竜介監督によるトークイベントが開催されていた。本作ポスターの背景には、Twitterや映画・ドラマ評論家が書いたコピーから引用文によって構成されており、”深田晃司監督版『寝ても覚めても』だ”とまで書かれている。トークイベントで、濱口監督は、浮世役の土村芳さんを「素晴らしいね」と絶賛した。土村さんに決めた理由について、深田監督は「オーディションでは、ファミレスでのシーンを演じてもらい、沢山の人の演技を見させてもらい、多くの人が男女の恋愛の駆け引きとして演じる。でも、欲しいのは駆け引きではない。土村さんだけは、本能から台詞を言っている」と挙げる。また、森崎ウィンさんについて「オーディションで、総合的に上手くて良かった」と称え「浮世との出会い、ファミレスでの会話、浮世への罵倒のシーンを演じてもらい、感情の段階的な変化をしっかりと演じられる。無理して誰かを演じておらず、自分の言葉で演じて、共演相手役とコミュニケーションをとりながら演技が出来ている。辻の目に近く、二股をしていることに説得力がある甘いマスクでありながら、奥に陰も感じる深みが良い」と評価しており、オファーしていった。
そもそも、本作は深田監督の持ち込み企画。星里もちるさんの原作漫画を二十歳の時に読んで大変に気に入っており、映画学校に通いながら「映画にしたらおもしろいぞ」と言いふらし、当時の友人とも「連続ドラマにもピッタリだ」と話していた。その後、深田監督作品『さようなら』のラインプロデューサーでもあった戸山剛さんも漫画を読み込んで気に入り、共にドラマ化企画を進め、メ~テレでのドラマ版制作が決まった。当初、劇場版を作る前提はなかったが、評判が想定以上に良く、ドラマ版のクラウドファンディング出資者向けに上映会を開催し「スクリーンで観れる作品だ」と気づく。ドラマは、東海3県とtvk(テレビ神奈川)の視聴者しか見られておらず「圧倒的に観れていない人が多い。劇場版にして映画館に届けよう」と決意した。当初の想定では、全国で5~10館程度の映画館での公開を想定していたが「作ってみると評判が良かった。いきなりカンヌ国際映画祭に選ばれた」と誰もが驚く結果に至っている。とはいえ、最初から劇場版の制作を想定しておらず「映画として観られる作品になるのか。映画としての強度を持たせられるのか」と懸念していた。「出来なければ、映画にしたくなかった」とまで明かしてもらったが、CM部分を全て無くしてカットを全部繋げて通して観ていき「連続ドラマを繋げただけでは、リズムが単調になってしまった。編集し均していきながら劇場版に出来る段階になった。次回へ繋ぐためのカットを無くして繋ぎ、シームレスに見えるように工夫しました」と振り返る。なお、劇場版用の追加撮影はしておらず、ドラマ撮影時にカットしたシーンを足したり、リズムを詰めていたシーンを戻してゆったりとしたシーンにしたりして、全体のパランスを整えていった。なお、10話構成のドラマでは5話目あたりで物語が転換しており、10分休憩を挟んだ前後半の構成となっている本作について「前半は、ミステリーのような構成になっています。ドラマ放送時に感想を検索したら、皆が浮世に”なんなんだ、この人は。行動がつかめない”とイライラしていた。前半で浮世がフラフラしていてイライラさせる部分を最大限に見せ切った。後半では、浮世の属性が多様な要因で成り立っていることが明らかになっていく」と解説し、関係性の中で人間の見え方が変わってくることを物語の核にしている。
2000年に星里もちるさんの漫画が掲載された時、”サバイバル・ラブ・サスペンス”とキャッチコピーが書かれていた。深田監督自身は、ジャンルを考えた映画制作を行っておらず「鑑賞したお客さんに決めてもらうしかない」と捉えている。なお、本作を撮るにあたり参考にしていたのは、ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』。土村さんや森崎さん含め皆で鑑賞会も行っており「撮影はズームを多用した独特なカメラワークをしている。ハードボイルドな作品で、私立探偵フィリップ・マーロウが謎の女に依頼されて、謎を解くために右往左往するストーリーは似ているかもしれない」と改めて話す。また、撮影時の音響について「現場で鳴っていた音も大きい。辻の部屋に水槽を置く演出プランを決めたが、ポンプの音を止められなかった。ポンプの音が入ってしまうが、音に変化があり、不気味な雰囲気にもなるので、活かしました。鳴ってしまうことで台詞の聞こえが悪いところも盛り込んでいる」と説き「同録に入っている音は基本的に活かしている。演出的に音の強弱は匙加減を調整している」と明かす。画の中で影の作り方も大切にしており「フラットな明るい光は好まない。私が映画にのめり込むきっかけとなったビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』であり、陰影を大胆につけている画が好んでいます」と踏まえ「スタッフには『影が出るのを恐れず消さないでほしい』と伝え、照明の大久保礼司さんも趣旨を汲み取ってくれて大胆に影と光を作る照明を施してくれました」と満足の出来上がりだ。
深田監督にとって映画は「観る人の想像力に対して開かれたものであってほしい」と考えている。「様々な捉え方が出来るようにしたい。100人観たら100通りの捉え方が出来るように、と考えている」と述べたうえで「浮世を見て、イライラする人がいれば共感する人もいる。コントロールしないようにしたい。観た人が持っていたトラウマが揺らいでいくかもしれないし、あまりにも違う価値観を見せられて心に残る人がいるかもしれない」と考察。監督自身は、ポジティブな成長譚に対して否定するつもりはないが、作り手として興味を持っておらず「現実を生きる私達が他人と接する時と同じように、スクリーンの中にいる人達が不可解なものであってほしい。日常生活では、他人が何を考えているか探りながらでしか生きられない。緊張感を伴った物語がスクリーンの中に存在してほしいので、その距離感で作りたい」と説く。また、自作がホラーだと捉えられていることを認識しているが、決してホラーにしようとするつもりは全くない。「スクリーンの中にある世界が現実と同じ感覚であってほしい」と願っており「自分が生きている現実の世界は、次の瞬間に何が起きるか分からないんですよね。私達は予定通りに明日も人生が続いて生きていく、と信じないと生きるのが辛い。明日死ぬと思って生きていない。でも、実は、常に不確かさの下に生きているのが現実である」と冷静に述べ、翻って「出来れば、映画もそういう風に見えてほしい、と思っていると、結果としてホラーのように見られる」と受けとめていた。
現在、来春頃にオリジナル作品を撮影するために準備中の深田監督。24歳の頃に書いた、とある夫婦の話を題材にしたシノプシスをずっとあたためてきた作品であり「2004年に着想し、ようやく2016年頃から企画開発が始められた作品なのでそろそろ撮りたい」と現在の状況下においても映画制作への情熱は絶やさない。
映画『本気のしるし 劇場版』は、関西では、10月16日(金)より京都・出町柳の出町座、10月17日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場と九条のシネ・ヌーヴォと神戸・元町の元町映画館、10月23日(金)より兵庫・豊岡の豊岡劇場で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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