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愛とは、学んで身につけていかなければならない力…『ちっぽけな僕の、おおきな世界』ヤン・リーナ監督に聞く!

2026年11月3日

©2024 上海庚溪影业有限公司 All Rights Reserved / ReallyLikeFilms

 

脳性麻痺の青年が、社会からの偏見や母の身勝手な愛に向き合い、人生を模索する中、ある女性との出会いを通して成長する夏を描く『ちっぽけな僕の、おおきな世界』が11月6日(金)より全国の劇場で公開される。今回、ヤン・リーナ監督にメールインタビューを行った。

 

映画『ちっぽけな僕の、おおきな世界』は、『少年の君』のジャクソン・イーが主演を務め、脳性まひの青年が自らの意思で人生を切りひらいていく姿を、家族それぞれが抱える痛みとともに描いたヒューマンドラマ。脳性まひを抱える20歳のリウ・チュンホーは、身体の障害や周囲の偏見、母親の身勝手な愛情に向き合いながら、自分らしい人生を模索している。祖母のスーチュンだけは「障害のある孫」ではなくひとりの青年としてチュンホーに接し、社会へ踏み出す勇気を与え続けてきた。やがて、若い女性ヤーヤとの出会いや新たな経験を通して、チュンホーの心に少しずつ変化が起こりはじめる。ジャクソン・イーが主人公チュンホーを熱演し、中国電影金鶏賞および大衆電影百花賞で最優秀主演男優賞を獲得。破天荒な祖母スーチュンを『フェアウェル』のダイアナ・リンが演じた。『春夢』『老人』『春潮』等で高く評価されたヤン・リーナーが監督を務め、脚本を『シスター 夏のわかれ道』のヨウ・シャオイン、音楽を小林武史さんが担当。2024年の第37回東京国際映画祭コンペティション部門では、『小さな私』というタイトルで観客賞を受賞した。

 

☆自分の人生を模索している青年リウ・チュンホーにとって、祖母のチェン・スーチュンは、いつもそばにいて支えてくれる理想的な家族の姿を体現しているように見えました。一方、母親のチェン・ルーは、より現実的な家族の姿を表しているように感じます。企画段階での取材や調査を通して、この二人の人物には、それぞれモデルとなった実在の人物がいたのでしょうか。

…祖母のチェン・スーチュンと母親のチェン・ルーには、それぞれに直接対応する実在のモデルがいるわけではありません。この物語が生まれる最初のきっかけは、脚本家のヨウ・シャオインの母親が所属していた高齢者の合唱団にありました。その合唱団には、ダウン症のある孫をいつも連れて活動に参加している女性がいたのです。その生き生きとした光景が、祖母と孫の関係を描く最初の着想となりました。ただし、その女性が祖母の直接のモデルというわけではありません。ヨウ・シャオインは成都の出身で、成都の女性たちが持つ気質や個性をよく理解しています。彼女は脚本家としての才能を生かし、忘れがたい二人の女性像を作り上げました。チュンホーに対して、祖母は、肩の力が抜けていて、対等な目線で向き合い、思い切って相手の自由に任せることのできる愛のかたちを示しています。ところが、そのような物事を受け入れる大らかさや自然体の愛情は、彼女が娘のチェン・ルーを育てていた頃には、発揮されていなかったのです。祖母としては素晴らしい人ですが、母親としては決して完璧ではありませんでした。若い頃は生活のために働くことに追われ、娘の成長に十分に寄り添うことができなかった。その負い目が、長い年月にわたって母娘の間に横たわっているのです。そこに、ある種の不思議なすれ違いが生まれています。祖母は、かつて娘に十分に注ぐことのできなかった母親としての愛情を、今から取り戻すことはできません。だからこそ、無意識のうちに、その遅れてやってきた対等な愛情を、孫のチュンホーに向けているのです。彼女は、チュンホーが自立を望んでいることを理解し、尊重しています。そして、失敗を恐れずに挑戦できる自由を与えようとします。しかし、自分の娘であるチェン・ルーとの間には深い隔たりがあり、なかなか心を通わせることができません。一方、チェン・ルーにも、別の意味でのすれ違いがあります。彼女は自分が育った家庭の中で、安心感を得られず、母親から十分な愛情を受け取ることのできなかった子どもでした。そして、自分自身が母親になったとき、心に刻まれた大きな傷と罪悪感が、彼女を緊張と自己防衛に満ちた愛し方へと向かわせたのです。ですから、単純に「一方が良い母親で、もう一方が悪い母親」という話ではありません。二人の女性が、それぞれまったく異なる愛のかたちを体現しているのです。チュンホーは、ちょうどその二つの愛の間に立っています。祖母からは、軽やかに自分を支え、背中を押してくれる愛情を受け取り、一方では、重荷を抱えながらも必死に自分を愛そうとする母親の気持ちを理解しようとしています。愛とは、生まれながらに備わっている本能であると同時に、学んで身につけていかなければならない力でもあるのです。

 

©2024 上海庚溪影业有限公司 All Rights Reserved / ReallyLikeFilms

 

☆リウ・チュンホーの周囲にいて、彼を気にかける登場人物たちは、誰もが優しさと思いやりを持ちながら、同時に現実の人間らしさも感じさせます。こうした役柄を演じる俳優たちは、どのような過程を経て決まっていったのでしょうか。また、俳優たちがそれぞれの人物を作り上げていくうえで、監督はどのようなことを求められましたか。

…キャスティングで大切なのは、単に演技のうまい俳優を選ぶことではありません。その役柄と、その人が持つ気質がどれほど合っているかを見極めることです。祖母を演じたダイアナ・リンさんと、母親を演じたジアン・チンチンさんは、どちらも中国を代表する優れた俳優です。後になって気づいたのですが、お二人は顔立ちもよく似ていて、本当の母娘のように見えるのです。ジアン・チンチンさんは、もともと重慶の出身ですから、四川や重慶の方言にも、その土地の風土にも非常になじみがあります。一方、祖母の役には、本場の成都の言葉を話すことが求められました。ダイアナ・リンさんは語学の才能に恵まれた方ですが、それでも毎日懸命に練習を重ねました。公園や道端で地元の人たちに話しかけ、実際に会話をしながら方言を身につけていったのです。劇中の合唱団の仲間たちも、その都度、彼女の発音を直してくれました。祖母役の難しさは、演技をしながら、同時に台詞の方言にも意識を向けなければならなかったことです。それでも彼女は、最後には見事にやり遂げてくれました。映画の公開後、観客の皆さんからは「自分にもあんなおばあちゃんがいてほしい」という声が数多く寄せられました。母親の役は、登場する場面こそそれほど多くありませんが、その複雑な内面を表現するのは決して容易ではありません。ジアン・チンチンさんが長年培ってきた確かな演技力があったからこそ、観客は障がいのある子どもを育てる母親の姿を理解し、その存在を心に刻むことができたのだと思います。また、高齢者の合唱団のメンバーたちは、皆、演技経験のない一般の方々でした。映画に出演するのは初めてでしたが、それぞれの役を本当に素晴らしく演じてくれました。もちろん、事前にリハーサルを行い、演技についての指示も出していました。それでも、彼らの演技が映画館の大きなスクリーンにも十分に耐えられるものになったのは、単に技術や演出方法によるものではなかったと確信しています。出演者一人ひとりが、この映画を通して伝えようとしている善意や、作品が持つ社会的な意味を理解してくれていたからなのです。

 

©2024 上海庚溪影业有限公司 All Rights Reserved / ReallyLikeFilms

 

☆この作品は、撮影を進めるうえで、多くの人々の理解や協力がなければ完成させることのできない映画だったのではないかと感じます。実際の撮影は順調に進んだのでしょうか。特に困難だったことや、苦労されたことがあれば教えてください。

…映画によって、直面する困難はそれぞれ異なります。本作における最大の課題は、俳優たちが安心して演技に集中できる環境を守ることでした。俳優の演技こそが、この映画を支える柱だったからです。そのため、製作チームには一瞬たりとも気を緩める余裕がありませんでした。プロデューサーのイン・ルーさんは、常にさまざまなリスクを引き受け、準備段階から仕上げの工程に至るまで、チーム全体を守り、支え続けてくれました。編集指導のジュウ・リンさんと脚本家のヨウ・シャオインさんにとっても、これほど長い期間、製作チームとともに仕事をしたのは初めての経験でした。撮影監督のパク・ソンイルさんは、常にチュンホーと対等な目線でカメラを向けていました。そのまなざしには、いつも優しさがありました。衣装・ヘアメイクなどの造形を担当したウー・リールーさんは、チュンホーが、実際に存在する600万人の脳性まひのある人々の一人なのだと、観客が自然に信じられる人物像を作り上げてくれました。美術監督のジャイ・タオさんは、脳性まひのある方々の家庭を数多く訪ね、チュンホーが生きる世界を形にしてくれました。録音監督のリー・ダンフォンさんは、東京国際映画祭への作品提出を目前に控え、徹夜で作業を続け、最後の瞬間まで最高の音響を作品に注ぎ込んでくれました。宣伝・配給を担当するチームも、持てる力のすべてを尽くしてくれました。私たちは皆、同じ船に乗り、嵐の中でも運命をともにする仲間でした。その道のりは美しく、そして決して忘れることのできないものでした。

 

©2024 上海庚溪影业有限公司 All Rights Reserved / ReallyLikeFilms

 

☆企画の立ち上げから、事前の取材・調査、脚本執筆、キャスティング、撮影、編集、そして完成に至るまで、監督が初めて「この映画は成立する」と確信されたのは、どの瞬間だったのでしょうか。

…実は、最初にこの映画の構想に触れたときから、私はこの題材には大きな意味があると感じていました。特に、脚本家のヨウ・シャオインが脚本を書き上げ、それを読んだときには、完成した映画への期待で胸がいっぱいになりました。これほど繊細な脚本を、何としても全力を尽くしてスクリーンに映し出したい。そう強く決意したのです。ただ、本当に「この映画は成立する」と確信したのは、リウ・チュンホーが初めて撮影現場に姿を現したときでした。ジャクソンは、それまで長い間、一人で部屋にこもって役づくりを続けていました。そして、その日、彼が身体を揺らしながら、ゆっくりと私のほうへ歩いてきたのです。その姿を見た瞬間、私は思わず、この子を抱きしめてあげたいと感じました。現場は、一瞬にして静まり返りました。すると、撮影監督が私にこう言ったのです。「できた。」もちろん、その後の撮影や編集の過程でも、解決しなければならない具体的な問題は数えきれないほどありました。それでも、これほど優れた映画人たちと一緒に仕事ができたことを、私は本当に光栄に思っています。皆が力を合わせて、この作品を完成させることができました。『ちっぽけな僕の、おおきな世界』に携わったスタッフ一人ひとりが、この映画を支える、揺るぎない存在だったのです。

 

©2024 上海庚溪影业有限公司 All Rights Reserved / ReallyLikeFilms

 

☆映画が完成し、公開された後、映画祭の観客や中国国内の観客から、どのような反響が寄せられましたか? 特に印象に残っている感想があれば教えてください。

…『ちっぽけな僕の、おおきな世界』が初めて一般の観客の皆さんと出会ったのは、2024年の東京国際映画祭でした。最初の上映後、多くの観客がジャクソン・イーさんの演技に驚き、称賛してくださいました。また、物語にあふれる生命力や、自らの尊厳を勝ち取ろうとするチュンホーの強い意志に、心を動かされた方も大勢いらっしゃいました。最初の観客の皆さんからいただいた反応は、私たちにとって大きな励みになりました。その後、中国国内で正式に公開されると、本当にたくさんの感想が寄せられました。チュンホーと同じように障がいのある多くの方々が映画館に足を運び、鑑賞後には、自らSNSで作品について発信してくださったのです。そして、この映画によって、より多くの人々が自分たちを対等な存在として見てくれるようになった、と語ってくれました。私は、まさにそこに、この映画を作った意味があるのだと思います。また、若い世代の観客からも、多くの反響がありました。チュンホーとは異なる人生を歩んでいる人たちも、映画を観て深く心を動かされ、彼の姿に、同じ時代を生きる若者として共通する感情や思いを見いだしてくれたのです。自分たちの感じたことを、惜しみなく分かち合ってくださった観客の皆さんには、心から感謝しています。この映画が、さまざまな立場の観客に、それぞれ異なる鑑賞体験をもたらし、多様な視点からの感想を受け取ることができたことは、私たちにとっても大きな学びとなりました。

 

©2024 上海庚溪影业有限公司 All Rights Reserved / ReallyLikeFilms

 

☆今後は、どのような題材の作品を撮っていきたいとお考えですか? 差し支えなければ、次回作の構想や、これから挑戦してみたい方向性についてもお聞かせください。

…今のところ、自分自身の創作に、特別な境界線を設けようとは考えていません。ジャンルも題材も、さまざまな可能性があると思っています。ただ、これからも、現実の世界に確かに存在しているさまざまな境遇や、人と人との間に生まれる繊細な関係を、丁寧に見つめていきたいと思っています。結局のところ、私が選びたいのは、人生や命に触れて自分自身が感じたことに導かれながら、創作を続けていくという道なのです。

 

映画『ちっぽけな僕の、おおきな世界』は、11月6日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のテアトル梅田や心斎橋のkino cinéma 心斎橋、京都・烏丸の京都シネマ、兵庫・神戸のシネ・リーブル神戸で公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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