愚かだけど一生懸命やっている姿を見ていると涙ぐんでしまう…観た方の背中を少しだけ押せる作品になっている…『鍵』菅野恵さんといまおかしんじ監督に聞く!
余命宣告を受けた夫が、歳の離れた妻を部下と浮気させようと画策する様を描く『鍵』が7月10日(金)より関西の劇場で公開される。今回、菅野恵さんといまおかしんじ監督にインタビューを行った。
映画『鍵』は、夫婦の日記を交互に示す手法で性の深奥を描いた谷崎潤一郎の長編小説「鍵」を、大胆なアレンジを加えたオリジナルストーリーで映画化。嫉妬心に身を焦がす不器用な主人公の剣持を吹越満さんがユーモラスに演じ、余命わずかな男性が歳下の妻に抱く執着心と純愛を赤裸々に描き出す。工務店を営む剣持耕三は、医者から余命半年の宣告を受ける。歳の離れた妻である郁子を案じる彼は、部下の木村と郁子を浮気させようと画策し、木村と郁子の距離は徐々に近づいていく。自らの思惑通りに事が運んだものの郁子への思いを捨て切れない剣持は、身体の衰えとは裏腹に嫉妬心を募らせていく。そんな中、剣持が郁子の日記を盗み見ると、そこには木村の肉体に強くひかれる郁子の気持ちがつづられていた。妻の郁子を『海の沈黙』の菅野恵さん、剣持の部下である木村を『愛のぬくもり』の小出恵介さんが演じる。『化け猫あんずちゃん』の脚本や『れいこいるか』等の監督作で知られるいまおかしんじさんが監督・脚本を手がけ、『真夏の果実』でもいまおか監督と組んだ松本稔さんが共同脚本を担当した。
谷崎潤一郎生誕140周年である今年を記念し、作品の映画化や舞台の上演が行われている。本作は、いまおかしんじ監督作品の製作に30年近く携わっているレジェンドピクチャーズからの提案だ。井土紀州監督が『卍』『痴人の愛』の映画化を手掛けており、お客様の反応が良く、今作はいまおか監督が手掛けることになった。
原作の脚本化にあたり、当初はいまおか監督が主導で執筆していたが、上手くいかず。一度は筆が止まっていたが、以前に『真夏の果実』でプロットの段階から書いてもらっていた松本稔さんが携わることになり、様々なアイデアを出してもらい、途中からは2人で取り組んでいった。原作の良さを尊重しながらも「予算を考慮し、昭和の時代をそのまま描くのは、難しいんじゃないか」と熟慮していくことに。これまでに数多の方々が映像化しているが「原作では、旦那さんと奥さんの日記が並んでいる構成。そのまま映画に映し替えるのは難しい」と受けとめ、現代的なストーリーにアレンジしていった。そこで、主人公の男性は余命半年、という設定にした結果は大きく「原作には無い設定なんです。奥さんへの性欲が次第に衰えたが、奥さんとの性欲を高めよう、と思い、嫉妬をその原動力にしようと思いつく。そして後輩の木村との関係を作ろうと画策していく。様々にアホなことをやり始める。その中で、医者に様々な行動を止められてしまう。止めとけ、と言われているにも関わらず、危険な薬を次々と飲み、死んでもいいから奥さんを喜ばせたい。アナーキーな一面がある主人公のキャラクターはおもしろいな」と興味津々になり「余命半年を宣告され、性慾が衰えていく姿をどのように表現するのか。はっきりとしたアナーキーなキャラクターにした方が際立つんじゃないか」と検討していく。とはいえ、余命が宣告されてしまう作品は深刻になってしまい「観客も辛いかな」と考慮し「余命半年といっても、毎日泣き暮らしているわけじゃない。笑うこともあるだろう」と冷静に検討。「余命を宣告されたら、本当は死にたくないんだ、と自分の本心を吐露してしまう画は避けられないが、後半に1,2シーン程度」だと配慮し「つらい思いを我慢しながらそれでも日常を飄々と生きていく。全体的に深刻にならないようにしたい。それでもやっぱりラストの方は哀愁が漂ってしまうのかな」と受けとめている。
キャスティングにあたり、吹越満さんや小出恵介さんとは『銀平町シネマブルース』の脚本執筆で間接的に携わったことがあり、人柄を知っているような気持ちに。多忙な方々ではあるが、偶然にもスケジュールが合った。菅野さんは、オーディションを通じて選ばれている。事務所から紹介され、台本を読んだ上でオーディションに参加しており「谷崎らしくない作品。小説を沢山読んでいるわけではないけれど、鬱屈としている人、というイメージがあったので、どうだろうな」と告白。だが、オーディションで台本を読んで「これは様子が違うぞ。これなら演じたいかも」と出演を希望した。いまおか監督自身は「谷崎には、マゾヒズムとかエロチシズムのイメージがあるが、そこを突き詰めると深刻になってしまう」と苦慮しながらも「この原作は、コミカルな部分もある。間抜けな感じもある。そちらをクローズアップしてやろう」と取り組んでいる。誰しもが抱きやすい谷崎のイメージがあったが、原作とは違うアプローチで書いており「自分のできる範囲でやればいいかな。シナリオに書かれているキャラクターは、菅野さんに合っているな」と直感があったようだ。菅野さんも「暗くならないストーリー。余命半年を宣告され、いきなり死が目の前にやって来て、そこに向かって死んじゃうモードになるのは嫌だな。全編を読みながら、どんなに悲しくても笑ってやるぞ、というキャラクターかなと思い、悲しいままで終わらないようにしたいな」と意気込んでいく。

撮影現場では、いまおか監督は、カメラマンにお任せするスタイル。今作では、初めて仕事を共にすることになった中澤正行さんであったが「色々な工夫してくれる方。照明部の方はいないので、自身でライティングをして工夫してくれるので、今までの作品とはタッチが違った。こんな感じになるんだな」と感心。また、今回は、レジェントピクチャーズが所有するマンションの一室を使用させてもらい、美術部による装飾が行われ、生活感も演出でき、撮影しながらワクワク感も高まったようだ。回想シーンから撮影を始めており「2人が付き合うきっかけとなる5年前ぐらいの設定から入ったんですよね」と振り返り「後に、吹越さんに、あのシーンが最初で良かったよ、と言ってもらった。そこからの二人の5年が見えてくるし、後で撮るシーンもここから5年後か、と感じられた。2人の関係性も、最初に分かっていった」と話し、手応えを掴んでいた。その後の撮影は、特に指示も出さず、出演者に委ねられる撮影となっていく。菅野さんは、学生時代に吹越さんや小出さんの作品を観ていたことから不思議な気持ちになりながらも「気負ったことは無かった。テレビで見ていた人たちが実際に目の前でどんなお芝居するんだろう、とワクワクする気持ちが大きかった」と楽しんでいた。そんな撮影の日々を過ごしながら、最終日の前日に、吹越さんとエレベーターに2人で乗って移動している時に「郁子が菅野さんで良かったよ」と言われ「私の演技を吹越さんが受け取ってくれた結果の言葉。ちゃんと演じられていたんだな」と感激。最終日は海での撮影だったが、様々な想いを胸に込め、演じ切った。
完成した作品を観ながら、菅野さんは「普段の生活では、自分がキスする姿を客観的に見ることはないじゃないですか。綺麗に映っていて良かったな」と最初は思いながらも「これは、一般の人には絶対ない経験だ。こういう仕事なんだな、おもしろい」と楽しんだ。当初感じていた谷崎作品への抵抗感は薄れ「すごく良くて、あったかくて、じんわりと感じる映画だな」とほっこりとした気持ちで観終えられた。いまおか監督は、松本さんも色々と話しており「愚かな人達が相手のためを思ってその人なりに考えたことを真面目にやっているけど明らかに間違っている。愚かだけど一生懸命やっている姿を見ていると涙ぐんでしまう、という感情がストーリーの根底にあるな」と受けとめており「脚本を作っている段階では、そういった感情が映画として映っていればいいな。観た方の背中を少しだけ押せる作品になっているかな」と実感している。
既に、東京をはじめ関東各地の劇場で公開されており、いまおか監督の知り合いが鑑賞しており「良かったです。エロスとユーモアとペーソス(哀愁)がある」と言ってもらい「ちゃんと受け取ってもらっているんだな」と喜んだ。菅野さんは、谷崎作品の要素が強いポスターのイメージから「どういう目で見たらいいのか…」と困惑する声も聞いたが「全然そんなことない。軽やかな映画でとっても見やすかった」と言ってもらった。回想シーンやラストシーンを気に入った方の声も聞き「皆が違うシーンを挙げてくれる。夫々に様々なシーンに引っかかり、自分を投影していたり、思い出すことがあったりするのかな。見る人によって切り取るところが違うんだな」と感心している。なお、いまおか監督は、谷崎潤一郎の『刺青』を原作にした作品を菅野さんが主演でヒロインした作品を完成させたばかりで、今から待ち遠しい限り。菅野は、好きな俳優として小林聡美さんを挙げており「どこにでもいそうだけど、どこにでもいない。当たり前のことを当たり前にできる役者になっていたい、と日頃から思っていますし、NGがない俳優でありたい。なんでもやりたいな」と意欲的だ。
映画『鍵』は、関西では、7月10日(金)より京都・烏丸御池のアップリンク京都、7月11日(土)より大阪・十三のシアターセブンや神戸・元町の元町映画館で公開。なお、7月11日(土)にはアップリンク京都とシアターセブンと元町映画館、7月12日(日)にはシアターセブンで、いまおかしんじ監督を迎え舞台挨拶を開催予定。
剣持耕三はある秘密を隠している。結婚相手の郁子とは、子供をもうけたいと思っているし、郁子は積極的。だからこそ言わなきゃいけないけど、言い出せない。相手のことを思うがゆえの葛藤のように見えるけど、実際は自分自身が傷つかない為のいいよどみ。自分が見ていたい相手の姿を崩したくない。目を背けたいと思っているからこそのいいよどみ。でも、相手を傷つけたくないと思っているのなら優しさともとれるのかもしれない。
相手に負担をかけまいと、自分も相手も現実から目を背けられるように「浮気してほしい」と提案をする。だいぶ突飛な話。どこまでも自分本位のように見えるけど、郁子は数段上手。剣持を大事に思っているからこそ提案に乗る。剣持はそんなことは知る由もない。
谷崎潤一郎の同名小説は、国内外で映像化されてきた。だからこそ大胆にアレンジを加え、性と生により踏み込んだ作品になっている、と感じた。吹越満さん演じる剣持の提案はワガママである、と思う。結婚相手を所有物と思っているかのような思考に呆れてしまう部分もある。話せば解決することだとしても言えないくせに、遠回しに解決しようとする姿勢に、男性の馬鹿な部分が凝縮されていて、思わず胸に手を当てて自分にも問いかけてしまった。
fromブライトマン
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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