私自身の個人的な経験が映画となって上映され、沢山のことが変わっていった…『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』ジュン・ロブレス・ラナ監督に聞く!
老舗レストランのあるテーブルを舞台に、孤独な教授と作家志望の青年が、亡き恋人にまつわる秘密をめぐり会話を繰り広げる『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』が1月17日(土)より全国の劇場で公開。今回、ジュン・ロブレス・ラナ監督にインタビューを行った。
映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』は、孤独な文学教授と作家志望の青年が、亡き恋人の秘密をめぐって繰り広げる洒脱な会話劇をワンシチュエーションで描いたフィリピン映画。『ダイ・ビューティフル』のジュン・ロブレス・ラナが監督・脚本を手がけ、愛する人との別れ、LGBTQ+、性加害、SNS世代の危うさ等の様々なテーマを盛り込みながら、現代フィリピンの病巣と愛憎を描き出す。コロナ禍の大都会マニラ、著名な小説家である恋人マルコスを亡くしたばかりの文学教授エリクソンは、老舗レストランで教え子のランスロットと再会する約束をしていた。エリクソンは喪失感を抱えながらも、自分を慕うランスロットとの時間を楽しみにしていた。アップルパイやダフトパンクの話題で距離を縮めていく2人だったが、マルコスのある話をきっかけに空気が一変。エリクソンは自分を見つめるランスロットの瞳の奥から、マルコスの驚くべき真実を知る。日本でも話題を集めたドラマ「ゲームボーイズ」のイライジャ・カンラスが美青年ランスロット、フィリピンのベテラン俳優ロムニック・サルメンタが文学教授エリクソンを演じた。
“死”や“多様性”を題材にした作品を多く手掛けてきたジュン・ロブレス・ラナ監督は、映画を作る時に「自分自身のコミュニティに属する人に見せたい」といった思いがあり「社会の中での苦しみや反骨精神を表現しながら、多様性に関することを伝えることが非常に大事な意味を持つ」と説く。だが、”物語”について「自分が何に対して情熱を感じたのか」が大事だと捉えており「自身が脚本を書き、監督を担う立場として、様々な作品を手掛けていきたい」と考えている。そして、自身で映画を作る時に「自身で様々な要素についてエキサイトする気持ちを大事にしよう」と心がけていた。
今回、コロナ禍によるロックダウンが続く中で、監督自身の過去と向き合いながら脚本を執筆しており「自分の人生を書くことで、当時を振り返り、自身の感情を出す場所になっていました。自分の中で理解できなかったことや消化できなかったことを告白する場所でありました。それらを描き出していく中で脚本へと変化していきました」と思い返す。だが「個人的な事柄を書けば、映画等の芸術にすることは難しい」と云われることがあり「自身の非常に個人的な思いや経験を共有することが怖かった。当初はとても難しく、辛い思いが大きくあった」と打ち明ける。だが、個人的な事柄を昇華しながら執筆していく中で、1つの物語へと変化していった。今作を作っていく中で、観客が鑑賞することで「これは、観客の物語になっていく」といったヒーリング的体験になることを確信し「私自身の個人的な経験が映画となって上映され、世間に出ていくことで、沢山のことが変わっていった」と実感している。会話劇を中心にした物語の構成については「コロナ禍のフィリピンは、人々が家の中に閉じ込められる状況だったので、気持ちが狂ってしまう時もありました。レストランで友人と会う機会があったとしても、60~90分といった時間で限られていました」と述べ、当時の時代感を反映させたことは大きなチャレンジであった。それが映画として成功するか、は挑戦であり恐怖でもあったが、監督自身は喜びを感じている。
エリクソンを演じたロムニック・サルメンタとは、以前に仕事をしたことがあり、非常に優秀な役者であることを知っていた。今回、彼をオーディションに誘っており、コロナ禍でのビデオ形式となったが「彼が作った動画の中で、脚本を読んでいる光景を見せてくれた。予想していなかったことであり、非常に嬉しかった」と喜んだ。なお、彼は大学教授の仕事もしており「主人公を描くにあたり、彼の実際験を活かせる」と閃いた。ランスロットを演じたイライジャ・カンラスは、以前も若手俳優として起用したことがあり「彼は才能溢れる若者で起用した時もあったが、今回、彼にすぐ役を与えたわけではない。まず、オーディションを受けさせた上で脚本を読ませている」と話す。最終的に、彼を含め2人の候補が残り、ロムニック・サルメンタがエリクソン役に決まっていたので、2人で脚本を読んでもらい「その中で2人のパワーバランスや構図がよく分かりました。このプロセスを経ることで、ロムニック自身も彼を選んだので、決定しました」と説明した。
撮影は、ほとんどがワンシチュエーションで行われており、カメラワークに拘りを見せている。本作は、小規模な作品であり、登場人物はエリクソンとランスロットの2人を中心しているので、ヴィジュアル・ランゲージを大事にした。そこで「撮影手法が鍵を握る」と考え、撮影前にはストーリーボードを書きながら撮影監督と「2人のパワーバランスの構図をどのように表現していくか」「前提となるカメラで、どのように表現していくか」「気持ちが高ぶった状態について、どのように撮るか」「最初に表現していたモノの中盤の変化をどのように表現するか」といったことをじっくり話し合っている。特に「窓の外に何が映っているか」といったことに重要な意味を持たせており「レストランに誰がやって来るか。環境が少しでも変わることを凄く意識していました」と明かす。とはいえ、自身のテクニックとして強調してしまうと、観客が気にしてしまうことは避けており、シンプルな表現を心がけた。時間が経過していく中で、2人の関係に緊張感が現れてくることもあり、より一層にシンプルさを大切にしているようだ。この心がけは、監督としても難しく「ちょっとしたことで全く違う方向に行ってしまい、間違いを起こしてしまうことにもなり、映画を壊してしまうことになり得る」と考え、細心の注意を以て取り組んでいった。
会話劇の演出にあたり、事前にビデオ通話で何度も話し合い、撮影前にも何度もリハーサルを実施している。だが、撮影では、初めて話しているかのように見せる必要があり「自分達が何をやるのか、が分かっていては駄目だ。初めて聞いた、と感じさせるには時間がかかりました。その空気感を出すために何度も繰り返した上で、リアルでフレッシュな会話が出来上がるように気を遣いました」と解説。また、沈黙の時間が流れるシーンもあり「沈黙の中で、ちょっとしたアクションだけで観客が様々に想像できる画を作り上げるか」と拘った。そして、観客に届けるためにも「2人は座っているだけなのに、会話をすることで、それぞれの役者が作り上げたキャラクターが爆発するような形を以て、観客の中で理解を深めていけるように」と心がけたようだ。
編集作業の中では「私の個人的な話にならないようにするべく、映画としてどのようなモノが観客に影響を与えるだろうか」と考慮し、撮影初期に撮ったシーンの大部分をカットしていった。その中で、劇伴音楽の扱い方をスタッフとじっくりと話し合っており「2人しかいない中で、各々が辿っていく人生と、キャラクターの状況について、音楽が邪魔しないように」と意識し、ラジオのような状態にならないように非常に気をつけていったようだ。そこで、劇伴の使い方を十分に考慮したことで「音楽が全く無い状態では、単なる会話劇となってしまう」と気づき、様々な経験をすることが出来た。なお、『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』というタイトルについて「本作には、私の感情を劇中のキャラクターに反映している。私自身の個人的な話が映画になることで、半分は自分のことだけど、半分は違う。手法として用いることで、私の悩みや辛い経験すらも超えていく」といった意味も込められている。
映画が完成した時、監督は「私はこの仕事を愛していただろうか」「この作品を愛していただろうか」「観客が喜ぶだろうか」「これは映画祭で受け入れられるだろうか」といつも自分自身に問う。他人の意見も入ってくることがあるが「私が好きかどうか、が明確だったら、自分が作り上げたものを愛しているから、他人の意見がどのようなものであっても、気にならなくなってくる」と話す。同時に「実際、この作品は受け入れられるだろうか」「実際、この作品はどういう映画祭に持っていくことができるだろうか」「観客はこういう映画が好きだろうか」と考えている。本作は、マニラに始まりフィリピン全体、そして、外国の様々な映画祭で上映された。当初は、監督自身の個人的な話であったが、様々な観客に受け入れられ、そのリアクションを大きく受けとめており、改めて「私がこの作品を愛しているかどうか、が自分にとって大事なポイントになる」と実感している。なお、本作を手掛けた後も、いくつもの作品を手掛けてきた。それらは、フィリピンのメトロマニラフィルムフェスティバルで上映されており、コメディ作品や歴史的なテーマを扱った作品等もある。現在は、小説を書いており、自身のエネルギーを集中させたいようだ。
映画『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』は、1月17日(土)より全国の劇場で公開。関西では、2月21日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。また、京都・出町柳の出町座でも公開予定。
フィリピン文学教授のエリクソンは、教え子のランスロットに再会するべくマニラの老舗レストランに訪れる。既にランスロットは店に到着しているらしい。バックミラーを覗いた自分の目元にあるシワが気になり、コンシーラーで隠してから車を降りる。街に人は少ない。久しぶりに会う2人は他愛ないけど楽しい会話を始めるが、次第に2人の間にある影のようなものが見えてきそうだ。ランスロットは、エリクソンの恋人で著名な小説家 マルコスが亡くなった原因が自分にあるんじゃないか、と心配している。そんなことはない、とエリクソンは言うけれど、雰囲気は重たい。次第に雲行きは怪しくなり、ランスロットはマルコスに関する重大な秘密をエリクソンにバラしてしまう…
良くないことだと分かっていても、面白い会話が聞こえてくる、とついそちらに耳を傾けてしまう。世界中のカフェやレストラン、はたまたオフィスや教室で頻繁に起きていることだろう。老舗レストランの窓際で繰り広げられるワンシチュエーション会話劇である本作は、その状況をノンストップで90分間映し続ける。隣の席のあの客も同じ気持ちになっただろう。そんな90分も耐えられるの?と心配しているあなた。問題ございません。エリクソンもランスロットもトークが上手すぎて、気づけば頼んだ料理も冷めるほど聞き入っているはず。特にランスロットは、エリクソンのウソにまつわる話を聞いてから止まるところを知りません。エリクソンの気持ちを思うと頬がコケるんじゃないかってくらいゾッとしてしまう。
fromブライトマン
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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