“美と毒の饗宴”にようこそ!「ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師」が関西の劇場でも開催!
多くの映画人に影響を与えたピーター・グリーナウェイの特集上映「ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師」が3月29日(金)より関西の劇場でも開催される。
ピーター・グリーナウェイは、イギリスの映画監督であり、『ボーはおそれている』のアリ・アスター、『哀れなるものたち』のヨルゴス・ランティモスをはじめ多くの映画人に影響を与えた。今回、グリーナウェイが1982年に発表したミステリー『英国式庭園殺人事件』等、音楽家マイケル・ナイマンが楽曲を手がけた4作品が上映される。ラインナップには、24冊の魔法の書を手に入れた男の復讐劇『プロスペローの本』、3人の同名女性による殺人を描いたサスペンス『数に溺れて』の4Kリマスター版、腐敗していく動物の死骸にとらわれた双子の物語『ZOO』が並んだ。
映画『英国式庭園殺人事件』は、ピーター・グリーナウェイが1982年に手がけた長編劇映画第1作で、屋敷に招かれた画家が描き進める12枚の絵の中に浮かび上がる完全犯罪の謎を描き、グリーナウェイの名を一躍世界に知らしめた傑作ミステリー。17世紀末、英国南部ウィルトシャー。画家のネビルは、広大な英国式庭園のあるハーバート家の屋敷に招かれる。不在の主人ハーバート氏の代わりに彼を出迎えた夫人バージニアは、夫が旅から帰ってくるまでに屋敷と庭園の絵を12枚描いてほしいと依頼。報酬は1枚8ポンドに寝食の保証、そして夫人はネビルの快楽の要求に応じるという。契約を交わし、絵を描き始めるネビルだったが、描こうとする構図の中に、ハーバート氏のシャツや裂かれた上着など何かを暗示するような物が紛れ込むようになり…
『マックス、モン・アムール』のアンソニー・ヒギンズが画家ネビル、『ニコライとアレクサンドラ』のジャネット・サズマンがバージニアを演じた。
©1982 Peter Greenaway and British Film Institute.
映画『ZOO』は、ピーター・グリーナウェイが、動物の腐敗過程を記録することに没頭する双子の兄弟を描いた作品。オランダ、ロッテルダムの動物園で働く双子の動物学者オズワルドとオリバーは、交通事故で同時に妻を亡くしてしまう。車を運転していた女性アルバは一命を取りとめたものの、片足を失った。悲しみに暮れるオズワルドとオリバーは、何かにとり憑かれたように動物の死骸が腐敗していく様子を映像に記録することにのめり込んでいく。やがて兄弟はアルバと親しくなり、アルバも彼らに好意を抱くが…
アルバ役に『終電車』『最後の晩餐』のアンドレア・フェレオル。グリーナウェイ監督作を多く手がけるマイケル・ナイマンが音楽を担当した。
©1985 Allarts Enterprises BV and British Film Institute.
映画『数に溺れて』は、ピーター・グリーナウェイが、同じ名前を持つ3人の女性による殺人の行方を描いたサスペンス。イギリス、サフォーク州の水辺に暮らす同姓同名の3人の女性シシー・コルピッツたちは、愛情の冷めた夫たちをそれぞれ殺害する。1人目のシシーは若い女と浮気した夫を浴槽に沈め、2人目のシシーは自分に関心のない夫を海で溺れさせ、3人目のシシーは結婚早々熱が冷めた夫をプールで溺死させる。検視官マジェットは3人から、一連の殺人をすべて事故死として処理するよう依頼されるが…
『魅せられて四月』のジョーン・プローライト、『愛しい人が眠るまで』のジュリエット・スティーブンソン、『パトリオット』のジョエリー・リチャードソンが3人のシシー、『タイタニック』のバーナード・ヒルが検視官マジェットを演じた。
©C1988 Allarts/Drowing by Numbers BV
映画『プロスペローの本』は、ピーター・グリーナウェイが監督・脚本を手がけ、ウィリアム・シェイクスピア最後の戯曲「テンペスト」を原案に独創的な映像美で描いた復讐劇。かつてミラノ大公だったプロスペローは、12年前にナポリ王アロンゾーと共謀した弟アントーニオに国を追放され、娘ミランダとともに絶海の孤島で暮らしていた。アロンゾーへの復讐を片時も忘れないプロスペローは、友人ゴンザーローから譲り受けた24冊の魔法の本を長い歳月をかけて読み解き、強大な力を手に入れる。やがてプロスペローは島の怪物キャリバンや妖精エアリエルを操り、魔法の力で復讐を遂行していく。
イギリスを代表するシェイクスピア俳優ジョン・ギールグッドがプロスペローを演じ、『ロザリンとライオン』のイザベル・パスコー、『仕立て屋の恋』のミシェル・ブランが共演。日本人デザイナーのワダエミが衣装を担当した。
特集上映「ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師」は、関西では、3月29日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、3月30日(土)より神戸・元町の元町映画館、4月13日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォで公開。
『英国式庭園殺人事件』
邦題の通りブリティッシュな雰囲気に満ちたマーダーミステリーであり、原題の「The Draughtsman’s Contract」が示すように「契約」がすべての核となる物語でもある。
妙にノーブルで、退廃的にダラダラと過ごしているだけかのように見える、ハイクラスな連中。しかし彼らはどこか不穏な雰囲気を秘め、そのまなざしは邪悪さを垣間見せる。彼らの言動は最初は意味不明だが、次第に意味をなしていき、ようやく輪郭がつかめた瞬間にそれは決着を迎える。我々が見ていただらだらと弛緩した情景は、実は冒頭の会話から全てが仕組まれていたのだと理解して、戦慄するのだ。
13ヶ所の候補地、12枚の絵。意味深な数字も、最後にすべてつじつまが合う。ヒントは全て提示していますよ、ほらほら油断していると終わってしまいますよ、と煽るように、そしてゆっくりとカウントダウンするように、物語は進んでいく。そういえば、今回の特集上映のラインナップ作品は、破滅へとカウントダウンしていくものが多い。『数に溺れて』も『ZOO』も然りだ。
今回の上映作品の中では製作年代が最も古い、すべてはここから始まったと言っても良いグリーナウェイの初期作品を、まずは最初に観てみるのもよいだろう。
『ZOO』
一度観てしまうと、そのテーマ曲が頭の中でずっと鳴り続ける。同じ旋律が転調しながら何度も繰り返される、迷宮のようなメロディ。マイケル・ナイマンによるこの美しい曲こそが、この作品の真の主役だと感じる。今回の特集上映では、マイケル・ナイマンが楽曲を担当した作品を厳選したラインナップになっていて、美術館の企画展示のような統一感がある。
動物たちの死骸が腐敗していく様子を延々と撮影する双子の兄弟。命を失った肉体が朽ちていく姿が早送りで再生される映像は、言いようのない背徳感とどこかコミカルな不気味さに満ちている。そんな彼らの行動は常軌を逸していると分かっているはずなのに、ため息をつくほどの美しさに目が離せなくなる。こんなにもフェティシズムに溢れているこの情景に心を奪われる自分は、はたして正常なのだろうか?と不安になってしまったが、約40年前の公開当時も全世界で高い評価と強い支持を得ていた、と聞いて安心した。
画家でもあるグリーナウェイ監督の本領は劇中の各シーンの構図に発揮されていて、登場人物たちがフェルメールの絵画を再現するという直接的な場面のほか、それと明言しなくても、ふと既視感に気が付くと名画の構図や色合いを模倣した構図が広がっていて息をのむ。「これはマネの『バルコニー』だ!」と、気づいた瞬間は声が出た。
映画史に名を遺す作品としてずっと観てみたいと思っていた作品が、公開当時から長い時間を経て観られることが嬉しい。どれも素晴らしい作品ばかりの今回のラインナップの中で、個人的には本作に最も心を惹かれた。
『数に溺れて』
一言で表すならば「3世代の祖母・母・娘が、それぞれの配偶者を溺死させる。」話である。いや、そんなことある?と聞き返したくなる、そんなプロットをミステリーとして成り立たせているのだから、ピーター・グリーナウェイ監督の才能は比肩するものがない。最高の賛辞として、狂っていると言わせていただきたい。
原題の「Drowning by numbers」の “by numbers” は慣用句的な用法で「機械的に、型どおりに」という意味がある。「数によって溺れさせられる」とも「数字の順番とおりに覚えていく」という意味にも取れるし、「数字の順に次々と溺れていく」という意味にもなる。ただ数を数えるように淡々と人が死んでいく、この物語を象徴するようなマルチミーニングだ。
劇中で当たり前のように映し出される、1から100までカウントアップされる数字を真剣に数えながらしながら観るのも面白い。(私も本気で探しながら観たが、気が付くと物語のほうに集中していて、映っていたはずの数字をいくつも見落としてしまった)。序盤のヒントとしては、一人目の犠牲者が亡くなるシーンまでに、4までが登場する。その後は、画面を横切るランナーのゼッケンや車のナンバープレートのような分かりやすいものから、一瞬映る家具の端のラベルなどもあるので、油断できない。確かにこれでは、観ている側も数に溺れてしまう。
また、今回の特集上映に共通する点として、映像は全て無修正であることも感慨深い。30数年前の公開当時は、劇中の全裸の頓所人物たちにはモザイクがかかっていたのだろうか?とにかく当たり前のように裸体が映るので、下手にボカしを入れるほうが却っていかがわしい絵面になってしまいそうだな、と心配になった。
言葉遊びや謎かけのような難解なセリフの応酬がずっと続くものの、日本語字幕はとても読みやすい。リマスターされた画質とあわせて、総じて鑑賞するにあたってとてもコンディションの良い作品だと感じた。
『プロスペローの本』
シェイクスピアの作品群の中で、いわゆる四大悲劇に並んで最もポピュラーな作品のひとつ「テンペスト」を映画化した作品とのことで、ずっと前からいつかは観てみたいと思っていた、その本作がついに、しかもリマスター版で観られるのだから僥倖である。生きてて良かった。
シェイクスピア劇は難解そうだから……と敬遠しそうになる方も多いと思うが、「テンペスト」はとてもシンプルで分かりやすいストーリーなのであまり構える必要はない。一言でまとめると「弟に王位を簒奪されたミラノ王が、魔法の本と妖精たちの力を借りて復権を果たす物語」である。シェイクスピア劇では定番の、身内に裏切られる系のリベンジストーリーだ。本作は全五幕ある原作の戯曲の通りに物語が展開されるので、これが「テンペスト」初体験でも良いくらいである。
原作では孤島に二人きりのプロスペローと娘のミランダ、そして彼らの傍らに妖精のエアリアルが姿を透明にした状態で佇んでいる、という寂しさの漂う場面で始まるのだが、本作では荘厳な宮廷で大勢の家来にかしずかれる大公プロスペローの姿が格調高く描かれるシーンで幕を開ける。これはどこの大名行列ですか!という状態だ。また、ミランダと相手役のファーディナンドが出会うシーンも格別で、この場面だけを絵画として切り取りたくなる美しさだ。
「テンペスト」の物語を戯曲として書斎で執筆するプロスペロー。その姿は作者シェイクスピアにも重なり、メタな趣きの楽しさがある。主演のジョン・ギールグッドは、出で立ちもセリフも素晴らしい印象だったが、本場のシェイクスピア劇出身の役者だと知り、納得した。
ちなみに、「テンペスト」はシェイクスピアの全37作と言われる戯曲のほぼ最後に執筆された作品である、ということも知っておくと、本作のちょっとしたある仕掛けが楽しめるだろう。また、今回の特集上映はどの作品から観ても自由だが、「ZOO」の音楽が再利用されるので、先にZOOを観ておいたことで楽曲面でもより楽しめた。
舞台演劇のカーテンコールか或いはドラクエのエンディングのような大団円のフィナーレまで、豪華絢爛で威厳たっぷりのシネマ・シェイクスピアを是非劇場でご覧になっていただきたい。
fromNZ2.0@エヌゼット
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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