人を殺していないと生きている実感を持てないだけのシリアルキラーを日本映画で作り上げた…『死刑にいたる病』白石和彌監督に聞く!
連続殺人で世間を震撼させた犯人から、ひとつの冤罪証明を依頼された大学生が、真相を解明するために奔走する姿を描く『死刑にいたる病』が5月6日(金)より全国の劇場で公開。今回、白石和彌監督にインタビューを行った。
映画『死刑にいたる病』は、『凶悪』『孤狼の血』の白石和彌監督が、櫛木理宇さんの小説『死刑にいたる病』を映画化したサイコサスペンス。鬱屈した日々を送る大学生である雅也のもとに、世間を震撼させた連続殺人事件の犯人である榛村から1通の手紙が届く。24件の殺人容疑で逮捕され死刑判決を受けた榛村は、犯行当時、雅也の地元でパン屋を営んでおり、中学生だった雅也もよく店を訪れていた。手紙の中で、榛村は自身の罪を認めたものの、最後の事件は冤罪だと訴え、犯人が他にいることを証明してほしいと雅也に依頼する。独自に事件を調べ始めた雅也は、想像を超えるほどに残酷な真相にたどり着く。『彼女がその名を知らない鳥たち』の阿部サダヲさんと『望み』の岡田健史さんが主演を務め、岩田剛典さん、中山美穂さんが共演。『そこのみにて光輝く』の高田亮さんが脚本を手がけた。
櫛木理宇さんは、作家になる前にシリアルキラーのWebサイトを作って運営していたが小説家としてデビューして以降、シリアルキラーが登場するシーンは書いておらず、まずは、本作を『チェインドッグ』というタイトルで刊行し、シリアルキラーを登場させている。「筋金入りのシリアルキラー好きなんですよね。櫛木先生が理想とするシリアルキラーや、当時の推しのシリアルキラーを全部乗せして榛村大和になっている」と受けとめており「実際の日本にはシリアルキラーはいないですが、あたかも日本という土地に根付いているかのような魅力的な人物造形。とにかく榛村大和という人がおもしろく、まずは観てみたい」と映画化に至った最初の動機を話す。とはいえ「物語の始まりは『凶悪』に似ている。そして、面会室での会話も沢山撮ってきた」と自身のフィルモグラフィを踏まえ「どうしたらいいか」と困惑。だが「過去作を上回る人物造形と、彼に巻き込まれて話が何処に向かうか分からない感じが魅力的な作品」と感じ「撮っとかないといけない」と決心した。
脚本を手掛けたのは高田亮さん。白石監督とは初めてのタッグである。六本木のアスミック・エース試写室で、荒井晴彦監督の『火口のふたり』試写に呼ばれ、伺ってみると高田さんが同じ回で観ており、その後、六本木で吞むことに。話してみると、おもしろい人だと分かり「こういうことを考えている人と仕事がしたい」と感じ「『死刑にいたる病』をどうしようか。高田さんにお願いしてみようかな」とオファーしてみた。脚本化にあたり「24件のリアルな事件の後に新たな事件を起こそうとすると、24件全てを語らなきゃいけない。社会的には衝撃的な事件のはずだから、表現するにしても時間がかかる。『親切なクムジャさん』のように冒頭から畳み掛けるのはどうか」と相談。だが、上手く出来ず、改稿を重ねながら高田さんの良さを出しつつ、榛村大和の魅力を出すことを主軸に置き、本作の台本が出来上がった。なお、原作小説に対して様々な脚色を施しており「小説の最後は、気持ち悪い後味。映画にする時にこの終わりで良いのだろうか」と検討。コロナ禍真只中のミニシアターを応援する活動の中で、様々な映画館の方から「ホラー映画などにお客さんが入っている」と聞き「ジャンル映画は映画ファンの力が分かりやすく出ている。そういう要素は様々な環境に強いな」と気づき、取り入れている。
榛村大和を演じた阿部サダヲさんについて「『彼女がその名を知らない鳥たち』で、阿部さんの目が時々真っ黒になる瞬間があった」と底しれない印象が残っていた。地下鉄の社内から男性を突き飛ばした後の十和子を見た時の目であるが「当時、“5分前に人を殺してきた目で十和子を見てもらっていいですか”というオーダーをした。”分かりました”って言ってくれた」と振り返りながら「阿部さんを寄りで撮った時の目が、僕の中にこびりついて離れなかった。時々思い出す目をしていた」と打ち明ける。榛村大和を脚本上で造形していく中で「やっぱり阿部さんのあの目だな」と気づき「あれをもう一度見てみたい」とオファーした。雅也を演じた岡田健史さんは「若手俳優の中で、まだ主演作がないことも良いな」と感じ「あまり熟れ過ぎているより、戸惑いながら、この仕事に向き合った方が雅也とシンクロしていくだろうな」と直感。青春映画の出演経験もあるが「陰寄りの感覚もあるんじゃないか」と察し、お会いしてみると「凄く真面目で曲がったことが大嫌いで、意志が頑固。阿部さんの目が観ている人を引き寄せるなら、岡田君は迫ってくる目をしている」と印象深かった。雅也に好意を寄せる灯里を演じた宮﨑優さんはオーディションで選んでおり「200人ぐらい会った中で、色がついていなかった。映画において、広く知られていない俳優がどれだけ力になるか、と最近は気づき始めている」と説く。現場では、1シーンだけの出演でも毎日早くから現場入りして見学して練習したり、白石監督に質問したりと頑張っており「フレッシュな雰囲気があり、熟れていなくて撮影現場の振る舞いが分からずにいる姿が映画に出てくる」と感じて手応えがあった。
雅也の母親を中山美穂さんが演じているが「予想していない台詞を中山美穂さんから聞くのは良いな。大好きなアイドルだったので、天下を取った人がこういう役をやったら皆驚くだろうな」と予感。松尾スズキ監督の『108 〜海馬五郎の復讐と冒険〜』を観た時に「コレもやってくれるんじゃないか」と期待しオファー。楽しんで演じてもらい感謝している。謎の男を演じた岩田剛典さんについて「大スターですけど、存在を消してもらう役をあっという間に作り込めるのは、役者である彼が持つスキルが高いから」と評し「様々な仕事をしていますが、経験値の高さが大きかった」と助けられた。岩田さんが第40回日本アカデミー賞新人賞を受賞した時に授賞式でのテーブルが同じで御挨拶をしており「”ぜひ一緒に”と話したのを思い出して出演をお願いしました」と話す。「台詞や出番が多くない中で存在感を残しながら、ミスリードをさせて肉体的なパフォーマンスが出来る。またすぐにご一緒したいですね。孤狼の血シリーズでヤクザを演じてもらうのもいいかもしれない」とお気に入りの俳優になっている。雅也の父親を演じた鈴木卓爾さんは俳優であり監督でもあるため「シーンの説明をすると、自動的に演じてくださいます。意図を分かって演じてくれる。素敵な人ですよね」と業界の先輩として信頼。 京都造形芸術大学で教えており、数年前には、同大学で教えている『凪待ち』の椎井友紀子プロデューサーに呼ばれて卒業制作の合評会に伺ったことがあり「合評会の後、夜な夜な卓爾さんと話しながら、良い顔しているなぁ、と思った。阿部さんとも『トキワ荘の青春』で共演していて仲が良いですよね」と話してもらった。
阿部さんが演じたシリアルキラーについては「原作が中性寄りなんですよね。今作でも中性感ある雰囲気を出したい」と検討していく中で、衣装合わせでまずスカートを履いてもらったりしました。結果、太めのパンツくらいの塩梅に落ち着き、榛村ならではの独特な美学を作り上げている。水門があり小屋が建てられるロケーションを見つけられたことが大きく「そこから衣装や美術の方向性が見えてきた。ロケの場所には毎回助けられている。イメージが湧いてくることも多い。ロケの場所が上手くいくと、映画が上手くいく可能性が飛躍的に上がるのがいつものパターンですね」とスタッフには感謝している。また、榛村から届く手紙の字はスタッフに書いてもらいオーディションして決めた。「段違いで上手な字だった。字は人を表しますからね」と称えた。スタッフの協力もあった中で出来あがった榛村の人物像について「偶々、人を殺していないと生きている実感を持てないだけ。実際は優しくて人当たりも良くて自分に素直で純粋で嘘をつかない完璧な人。偶々、人を殺しちゃうから、社会の中で上手く生きていけない」と冷静に話す。また、榛村のようなシリアルキラーは現実には存在しないが「一つ一つの事件については起こる可能性がある。ネグレクトやDVは現在に至るまで永遠に続いてきた。社会との向き合い方は考えざるを得ない。この話はスリラーでもあるけど、何周かすると笑えてくる話でもある」と捉えていた。
面会室でのシーンを沢山撮ってきた白石監督。『凶悪』では、俳優の正面からカメラを動かさず、照明を当ててストイックに撮っていた。今作では「出来ることは何でもやってみよう」と挑んでおり、最後の面会室でのシーンは台本で20ページに及ぶ程に長く、美術の今村力さんがカメラを動かしやすいように楕円の壁を作った。完成した壁を見てみると、気づきが沢山あり「光を落としてみると、楕円である構造が分からない。撮りながら演出方法を発見していく」と楽しんだ。また、大学でのシーンについては「雅也が生きている時間を他の学生とは変えたくて、時間のスピードが違う。雅也だけノーマルのスピードで撮り、後ろの大学生は、歩いている時はスローモーションになっている」と明かし「CGで合成しているが、無茶苦茶大変だったな」に苦笑い。雅也が榛村に影響を受けて変わっていく姿を様々なシーンで見受けられるようになり「変化のポイントを共通して理解したら、岡田君は自分で計算して明確に話していた。自然と抑制を効かせて演じており、予想以上だった。どんな役者になっていくのだろうか」と楽しみにしている。
なお、2020年の『孤狼の血 LEVEL2』クランクイン前には、リスペクト・トレーニングに白石監督やキャストをはじめ、作品に携わる約50人が参加しており、本作においても同様に実施した。「クランクイン前に実施することが当たり前になってほしい」と願っており「監督やプロデューサーは、映画を作る現場における権力は当然持っていることを認識した上で仕事をしないと、当たり前に安心して働ける現場を作れない。それは誰から見ても明らかになってきている。各自が認識してほしい」と厳しく語る。さらに「スタッフ全体に向けたリスペクト・トレーニングだけでなく、プロデューサーや監督といった力のある人専門の講習会を常設すべき」と訴え「そういうことから初めていかないと、一般の方々に納得頂けない。安心して作れない映画をお客さんは安心して観てくれることがあるわけない。そういうことから健全化していかないといけない」と断言。昨今では、性加害に対して声を上げた人達によって様々な事件が発覚しており「問題が顕在化して、ようやく動きが出てきている。まずは被害を受けた人を孤立させない。明確に加害した人達は追放すべき。映画会社も業界も共通認識を持って強い態度で臨まないと、次の新たなことが起こってしまう」と危惧している。「誘惑に応じた後に仕事になったとしても続かないし、応じないで。危ないところには近づかないで」と呼びかけ「事務所に所属していないフリーの俳優たちにもオーディションに呼んでチャンスを平等に与えられるシステムなど、様々なところで構造から変えないとダメだと思います。大手映画会社や映連や監督協会などが一枚岩になって業界全体に声明を出すことも重要です。自分たちとは関係ないからと放っといていい問題ではなくなってきている」と述べ、今後も積極的に活動していく予定だ。
映画『死刑にいたる病』は、5月6日(金)より全国の劇場で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
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- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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