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1人1人のお客さんに違う物語が届いていた…『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』河邑厚徳監督と矢内真由美プロデューサーに聞く!

2025年5月30日

食を通して日本の自立を考え、日本の農業と食のあり方を見つめ続ける料理家の辰巳芳子さんを通じて、私たちの食や、現代の食糧事情、そして日本のゆくえについて考えるドキュメンタリー『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』が辰巳芳子100歳記念上映として、5月30日(金)より京都・烏丸御池のアップリンク京都で公開される。今回、本作を手掛けた河邑厚徳監督と矢内真由美プロデューサーにインタビューを行った。

 

映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』は、「良い食材を伝える会」「確かな味を造る会」などの会長を務め、生きる力を支える食の大切さを訴え続けている料理研究家である辰巳芳子さんのドキュメンタリー。かつて病床の父親のために工夫を凝らして作り続けたスープが、いつしか”いのちのスープ”として多くの人々に知られるようになった辰巳さん。スープの食材を誠実な志をもって作り上げる生産者や、その素材をいかして丁寧に調理する辰巳さん、そしてスープを口にする人々の姿などを通し、農が食を与え、食が人の命を支えることへの理解を深めていく。

 

NHKに入局以来、39年にわたり現代史や芸術、科学や宗教などを切り口にドキュメンタリー番組を制作してきた河邑さん。とはいえ、本作のような食や料理をテーマに扱った作品には携わってこなかった。NHKの『きょうの料理』にプロデューサーとして30年以上も携わっている矢内さんは、その中で辰巳芳子さんと出会うことに。番組では、「辰巳さんの四季のスープ」と題して年に4回は辰巳さんのスープを紹介してきた。当時、辰巳さんが自宅で主宰する「スープの会」などの料理教室も人気で、予約が600人待ちになる程の話題にまで至っている。矢内さんにとっても、辰巳さんは「スープだけじゃなく、日本にある四季折々の食文化を正しく丁寧に伝える方」と印象深かった。その後、2009年度のNHK放送文化賞を辰巳さんが受賞。矢内さんは感謝の言葉を伝えたが、辰巳さんからは喜びの言葉ではなく「私にはまだやり残したことがある」と伝えられた。矢内さんは「辰巳さんには伝えきれてないものがあるんじゃないか」と察し、熟考していく中で河邑さんと出会い、事情を話してみることに。そこで、河邑さんは「映画にしたらいいんじゃない?」と返答。「ドキュメンタリー番組とドキュメンタリー映画では似ているようで性質が異なるメディア。基本的にはTV放送は1度だけ、あるいは再放送で終わる。映画なら広がっていく可能性がある」と述べ、「出演している番組の中では、レシピの紹介だけで、思想が含まれていなく、辰巳さんは哲学を語ることができない。映画なら、辰巳さんの思想や思いを活かせる可能性がある。辰巳さんには多くの著書があるけれども、記録映画は撮っていないから、是非製作しよう」と提案した。矢内さんも「映画は残る。そして、私達が亡くなっても、次の世代がリバイバルのタイミングで観る可能性がある」と考えると共に「映画館は、真っ暗な空間の中で大きな音で、沢山の方が没入して、この世界観の中にスーっと入っていく非日常な空間。自分の勘を開いてみる特殊な空間は家の中では実現できない、別の魅力があり、定着度が違う」と気づかされていく。だが「映画はどうやって製作するんだろう」という状態からスタート。映画を提案した河邑さんにとっても初めての映画製作であり、お互いに不慣れで自信がない領域の仕事を始めた。まずは、辰巳さんに相談してみると「あら、おもしろそうね」と快諾していただく。スタッフを募り、製作委員会を作り資金を集め、NHK社内の理解も得て、制作をスタートするにあたり、まずは「作品の中で大きな世界観を描いてくださる方だ」と確信し、発案者でもある河邑さんに監督を依頼した。

 

撮影にあたり、まずは「四季を描くことで、日本の美しい自然、食材の豊かさ、バラエティの素晴らしさがある辰巳さんの料理、彼女が季節と呼応して出てくる言葉を以て実践していること、それらを全部描こう」といった思いで1年間の撮影スケジュールを計画する。河邑さんは、初めての映画監督でありながら「アートに近い美しい映像を、大きなスクリーンを通して鑑賞していく映像詩のような作品を意図していた。だから、日本の四季は全て撮らないといけない。撮影期間が長くなるけれども、初めて作る映画は、テレビでは実現できなかったことを手掛けよう」と意識し、脚本も執筆していた。だが、2010年に親友が癌になり、「何かしてあげられることはないか」とスープを作ったというハンセン病患者の宮﨑かづゑさんからの手紙が辰巳さんに届き、お会いすることになり、慌てて撮影クルーを組んで、一期一会のシーンを撮ることに。しかし、この出会いこそが本作の核となる、と皆が確信できた。以降、次々に撮影を進めていったが、翌年3月に東日本大震災が起こり、食べることと生きることの繋がりを目の当たりにする。矢内さん自身も「放射能に晒されてしまうような食べ物が増えていく中で、我々は何を選んで食べていくべきか。自然には恵みがあるけれども、脅威もある。この状況下、我々はこのまま撮影を続けていいのだろうか」と迷いがあった。そんな頃、辰巳さんのお弟子の方が被災地の方達にスープを運んでいると知り、「その現場を撮れないだろうか」と岩手県釜石市に伺うことに。そこで「起こったことに対してしっかりと向き合って撮っていくことで1本の映画ができる。これこそがドキュメンタリーだ」と気づき、「辰巳さんの哲学、食の哲学、生産者たちの気持ちや生き様を撮っていこう」と改めて認識し、1年半をかけてじっくりと撮影していった。河邑監督も「ドキュメンタリー映画は、シナリオありきの作品ではない。レンズの向こう側から映画のテーマがやってくる。時代が作らせたことであっても、実はその時だけでは終わらないテーマなんだ」と実感している。なお、撮影毎に、辰巳さんから「生きること、愛すること、それはなんだと思う?」「湯気の向こうに見える実存的使命を追いかけなさい」といった宿題が投げかられ、「これは、料理の映画ではない。辰巳さんの言葉を現実にするなら、映像では表現できない」と熟考。今となっては「”実存的使命”は撮れないが、宮﨑かづゑさんの経験を通して、スープが持っている実存的使命を、具体的な映像として撮影できた」と確信している。

 

8月を迎えた頃、辰巳さんから、夫の話を伺った。1944年の早春に結婚し、3週間余りで夫はフィリピンに出征し9月に戦死しており、矢内さんは「1人の女性として、ずっと命と向き合っている。様々な葛藤を抱えている」と感じ取っていく。この話を通じて「本作の根幹に関わる部分を聞くことができた。とても深い内容がある作品になる」と手応えを感じていった。河邑さんも「今まで誰にも話してこなかったこと。御著書にも書いていない。御自分のプライベートなことは、そんなに話さない人。あれは象徴的だった」と思い返し、「戦争で戦死した人達の7,8割が餓死と病死。その中に一番大事なものがある。これは反戦映画ではないけど、根幹にある。辰巳さんご自身の記憶を、60年以上経った今の時点で話してくださったのは大きかった」と実感している。

 

1年半に及ぶ撮影を終えた後、編集作業を進めていく中で、草笛光子さんによる朗読と谷原章介さんによるナレーションを収録した。草笛さんについては河邑監督が選んでいる。「辰巳さんの言葉はものすごく短いが深い。ナレーションでもないし、辰巳さんのモノローグでもない。辰巳さんの言葉を伝えるためには…」と検討していく中で、「草笛さんは、女優として才能もあるし、優れた人。テーマ的にも共感を持ってくれるかな」と閃いた。草笛さんには即快諾していただいた。「自分のこととして、辰巳さんの言葉を大事に語ってくださった」と受けとめている。矢内さんも、「草笛さんと辰巳さんがお会いした際には、”あなたも苦労なさったんでしょ”とお互いに讃え合っていた。辰巳先生のお宅に草笛さんが招かれて、一緒にごはんを召し上がり、スープを飲まれて、大変感動されていらっしゃいた」と明かす。谷原さんは、「きょうの料理」内で司会進行を務めており、谷原さんの料理に対する温かい思いは知っていた。6人のお子さんがいらっしゃる大家族の家庭で、朝昼晩の食事作りも担当している。「食べる人への思いを大切にしている方なので、ナレーションの仕事を気持ちよくやっていただけるのではないか。」と矢内さんは思い、オファーした。谷原さんにとっては、ナレーションを担うのは初めての経験であったが、「本当に柔らかく、全体を包み込むようなナレーションが心地良かった。柔らかいけど、慈悲がある独特のスープが体に沁み込んでいくような感覚が、この映画にとっては良かった」と河邑監督は身に沁みていた。

 

完成した作品を試写した際、矢内さんは「MAが全て終わり、劇伴の音楽が付き、2人の音声も入った作品に感極まった」と万感の思いに。同時に「映画をどのようにして皆さんに観てもらうか。沢山の方々とお金が動き、心を砕いていかないといけないんだ」とプロデューサーとして非常に緊張感のある瞬間を迎えた。2012年に劇場公開を迎え、辰巳さんをよくご存じの方々に鑑賞いただき、介護をしている方、農業従事者、子育てをしている方々それぞれの感想を伺い、「1人1人が全く違う物語を持っていた。1人1人の胸に届くものが違うんだな」と噛み締めている。河邑監督は、同僚でもあった音楽監督の尾上政幸さんから「ドキュメンタリー映画でみんながこんなに泣く映画はないよ。泣かせようとする作品はいくらでもある。でも、これはそういった作品でもないし、泣き方が違うんだ。こんなことはあまりないと思う。泣かせようとする作意がないのに、みんなが涙を流すのは、映画として成功したんじゃないか」と聞き、驚いた。そして、辰巳さんからは「本当にありがとう。こんな映画ができて、私はとっても幸せです」という言葉をいただき、映画が完成に至ったことを認識した。ドキュメンタリー番組を長年手がけてきたが、「ドキュメンタリー映画は、素材として対象の相手を撮る。こちら側の意図を以て撮り、カメラの向こうにいる人から奪ったものによって映画をつくる。僕はそういった作り方をしたくない、と若い時から思っていた。ドキュメンタリーは相手との共作でも成立する。共同制作として、相手も自身の作品が生まれた、と思ってくれたらOK」と改めて説いた。矢内さんとしては「この映画は、昔の出来事ではない。料理というのは、今もすぐ隣で作っている方たちがおり、非常に身近なことだと伝えたい」と思っており、「命の現場に向き合っている人達にはあたたかさと慈しみがあり、そういう人たちが身近にいっぱいいらっしゃることもお伝えしたい」とも願っている。

 

昨年の秋、河邑さんが監督を務めたドキュメンタリー映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』『天地悠々 兜太・俳句の一本道』が、特集上映「勇気をくれる伝説の人間記録」として、東京都写真美術館ホールで開催された。そこで、改めて『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』が注目され、昨年12月に辰巳さんが100歳を迎えたことを記念しアップリンク吉祥寺でリバイバル上映が行われ、今回のアップリンク京都での上映へと至っている。河邑監督は、公開待機作があり、矢内さんはNHKを退職したばかりで、「これからどんな作品を作っていこうかな。映像作品だけじゃなく、食に関するプロデュースをする等、少しずつ考えていこうかな」と今後を楽しみにしている。

 

映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』は、5月30日(金)より6月5日(木)まで京都・烏丸御池のアップリンク京都で公開(6月1日(日)のみ12:30~、他の日は、12:10~)。なお、5月30日(金)と5月31日(土)には河邑厚徳監督の上映後の舞台挨拶を開催予定。5月31日(土)は、矢内真由美プロデューサーがMCを担当する。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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