コロナ禍の時に偶々原作を読み直し、長塚さんがちょうどいいお年で、あの家が見つかった奇跡…『敵』吉田大八監督に聞く!
古い日本家屋で暮らす、妻に先立たれた老齢の男性が、パソコンに“敵がやって来る”という不穏なメッセージが届いたことで徐々に混乱していく様を描く『敵』が1月17日(金)より全国の劇場で公開中。今回、吉田大八監督にインタビューを行った。
映画『敵』は、筒井康隆さんの小説を、『桐島、部活やめるってよ』『騙し絵の牙』の吉田大八監督が映画化。穏やかな生活を送っていた独居老人の主人公の前に、ある日「敵」が現れる物語を、モノクロの映像で描いた。大学教授の職をリタイアし、妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋にひとり暮らす、渡辺儀助77歳。毎朝決まった時間に起床し、料理は自分でつくり、衣類や使う文房具一つに至るまでを丹念に扱う。時には気の置けないわずかな友人と酒を酌み交わし、教え子を招いてディナーも振る舞う。この生活スタイルで預貯金があと何年持つかを計算しながら、日常は平和に過ぎていった。そんな穏やかな時間を過ごす儀助だったが、ある日、書斎のパソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。主人公の儀助役を12年ぶりの映画主演になる長塚京三さんが演じるほか、教え子役を瀧内公美さん、亡くなった妻役を黒沢あすかさん、バーで出会った大学生役を河合優実さんがそれぞれ演じ、松尾諭さん、松尾貴史さん、カトウシンスケさん、中島歩さんらが脇を固める。2024年の第37回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、東京グランプリ/東京都知事賞、最優秀監督賞、最優秀男優賞の3冠に輝いた。
原作となる小説から脚本を書く時、基本的に自身の読後感を中心に書く吉田監督。これまでは、原作の一節やシーンについて掴み取り、再構成したり様々なものを新しく呼び込んで作ったりしながら様々な脚色をしてきた。今回、中学生時代から長年愛読してきた筒井康隆さんの小説であったため「自分を育ててくれた作家の作品なので、脚色している感覚があまり無かった」と思い返す。吉田監督の作品には、シュールレアリスムの要素が多く含まれているが、それは筒井康隆さんの作品にあるシュールレアリスムからの影響が大きいようで「中学・高校の時に一番のめり込んでいた世界。それに影響を受けていないわけがない。息を吸うように脚色できたのは、おそらく自分自身が愛読者だったから」と説く。「映画にするなら当然こうなるよね、という感覚があり、筒井先生もきっと同意してくれるはず。映画オリジナルの要素を加えたり膨らませたりしたところも含め、原作とは無理なく繋がるだろう」と確信し、自然な流れで書き始めて最後まで至っており、初稿がほぼ映画の完成形に近い状態で、自身としては珍しいケースだった。
脚本を書き上げた後、主人公の儀助を演じた長塚京三さんとは撮影前に2,3回程度の読み合わせを2人で行っている。長塚さんが儀助の台詞、吉田監督が他のキャラクターの台詞やト書きを読み、30分に1回のインターバルで休憩を入れ、雑談をする機会も挟んだ。その際には、脚本に対する印象を聞いたり、台詞の意図の確認を受けたり、若い頃のフランス留学時代に関するエピソードを聞いたりしていた。すると、次第に「儀助イコール長塚さん、と決めてしまったら面白いかもしれない」と考えるようになり「儀助のプロフィールを細かく作り込むことは一切しない。きっと儀助にはそういう歴史があったんだろうな、と自分の中では、都合のいいところだけ儀助と長塚さんをイコールに重ね合わせた。長塚さんがやることが儀助のやっていることだ、という段階にまで僕は読み合わせの機会に辿り着けた。これが今回の長塚さんとの共同作業の一番の成果」と胸を張る。クランクインして以降も「現場では楽ですよね。儀助がそこにいるわけですから、そこには嘘がない」と話し、長塚さんとの撮影は順調だったようだ。
儀助の周りに現れる3人の女性をそれぞれ瀧内公美さん、河合優実さん、黒沢あすかさん、が演じている。特に黒沢あすかさんについては「日本の俳優さんには珍しいスケールを感じている。黒沢さんが登場するだけで、画面がダイナミックに動く。稀有な俳優さんだ」と思っていたことから、お仕事をする機会を伺っていた。今作を機に「長塚さんと並んでもらいたいな」と願い、実現に至っており「(黒沢さんが演じた)信子が登場した瞬間に、儀助の表情も変わる。(瀧内さん演じる)鷹司靖子や(河合さん演じる)菅井歩美に対して格好つけていたのがスッと取れていた。迷子が母親と再会したような雰囲気。黒沢さんと長塚さんのお互いのケミストリーで生まれたもの」と驚きもある。長塚さんの姿を見ながら「女優3人に対してこんなに表情が違うんだな」と現場で楽しむことが出来た。また、男性のキャラクターに関しては、主人公の儀助だけでなく松尾諭さん演じる椛島や松尾貴史さん演じる湯島も原作とは外見的な特徴が違っており「年齢だけはほぼ原作の設定を踏襲し、あとは僕がその年代の中でお仕事したい俳優さんと長塚さんとの組み合わせを考えて、一番良いバランスを探っていった。それは、編集者の高橋洋さんやカトウシンスケさん、隣に住んでいる老人の二瓶鮫一さんも同じく」と説明し「思い通りのキャスティングができた」と納得している。
撮影の中心となった日本家屋については、まず美術デザイナーに原作から図面を起こしてもらい、動線をイメージしながら脚本を書き上げた。だが、もちろん図面通りの家は容易には見つからない。とはいえ、セットで日本家屋を建てることは予算的に不可能。そこから半年以上も探し続けて、ついに本作のロケ地となった日本家屋に巡り合う。とはいえ、原作では屋内にあった物置を庭にあった離れに設定したり、現実の条件に合わせて脚本を書き替えたりしており「映画がリアルに肉付けされていく」という手応えもあった。今回の映画化にあたり「コロナ禍の時にたまたま原作を読み直したタイミング、長塚さんがちょうどいいお年だったタイミング、そして、あの家が見つかったこと。この3つの奇跡のうち、どれが欠けても映画として成立しなかった」と実感している。
タイトルにある”敵”については「映画を観て何を感じるか、は人それぞれだ」と考えており「例えば、目の前にある具体的なハードル、あるいは目標、その先にある生きがい等も敵と言える」と最近は感じられてきた。翻って「好敵手という言葉もある。敵を設定し、その存在によって自分が高められたり、生かされたりすることもある」という考えもあり「少年漫画を読んで育ってきた男子っぽい考え方かな」と冷静に話す。本作においても「死や老いや孤独だけが敵ではなく、あの人にもう一度会いたい、とか、昔うまくいかなかった関係をもう1回うまくやり直したい、といった欲望にも生かされる。それらが全部消えてしまったら、人間が生きていくのは辛いんじゃないかな。結局、生かすも殺すも敵次第」と感じるようになり「敵という言葉、この漢字一文字のイメージの豊かさを日々感じますね」と物語る。
なお、昨年末筒井康隆さんに御挨拶に伺った際、雑談の中で「例えば、20年ぐらい前に『敵』を映画化し、主演をお願いしたら、受けてくれましたか」と訊ねてみると、少し考えた上で「ドタバタがないから、自分にとっては演じどころがない」と仰ったそうだ。
映画『敵』は、1月17日(金)より全国の劇場で公開中。関西では、関西では、大阪・梅田のテアトル梅田や難波のなんばパークスシネマ、京都・九条のT・ジョイ京都や烏丸御池のアップリンク京都、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開中。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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