戦後に何処の誰にでも起こり得る出来事であることが伝わった…『ほかげ』塚本晋也監督に聞く!
終戦直後の日本で、戦禍を生き延びた人々が抱える悩みと傷を見つめ、戦争を民衆の目線で描きだす『ほかげ』が12月1日(金)より関西の劇場で公開される。今回、塚本晋也監督にインタビューを行った。
映画『ほかげ』は、『野火』『斬、』の塚本晋也監督が、終戦直後の闇市を舞台に絶望と闇を抱えながら生きる人々の姿を描いたドラマ。焼け残った小さな居酒屋に1人で住む女は、体を売ることを斡旋され、絶望から抗うこともできずに日々をやり過ごしていた。そんなある日、空襲で家族を失った子どもが、女の暮らす居酒屋へ食べ物を盗みに入り込む。それ以来、子どもはそこに入り浸るようになり、女は子どもとの交流を通してほのかな光を見いだしていく。『生きてるだけで、愛。』の趣里さんが主人公の女を繊細かつ大胆に演じ、片腕が動かない謎の男役で森山未來さん、戦争孤児役で『ラーゲリより愛を込めて』の子役である塚尾桜雅さん、復員した若い兵士役で『スペシャルアクターズ』の河野宏紀さんが共演。2023年の第80回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、優れたアジア映画に贈られるNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞した。
かつて『野火』を作った時に埼玉県深谷市の方々にお世話になった塚本監督。その際には、深谷シネマも知ることができ、周囲には七ツ梅酒造跡があることも知り「闇市を撮るなら、ロケ地にしよう」と着想していた。『野火』では兵隊さんが見た戦争の恐ろしさを描いたが、今作においては「兵隊さんとして戦地に行かなくても戦争の傷跡を持った人がいることを描くべきだ」と考え、構想。以前から「野火」、時代劇、闇市に関する作品をいずれ作りたかったが「この10年で日本の動向が心配になった。戦争に近づいていっているような気がして心配になった。そして、3つの題材は合致するものがあったので、この10年でまとめて作ろう」と決意し、取り組んでいる。今回、闇市があった時代について入念に調べており「『野火』は、素晴らしい原作と、僕がインタビューで聞いたことが基盤になっているものの、参考にした資料は沢山はない。でも闇市や戦争孤児に関する資料は沢山あった。資料ので中でどれにも共通していることは本当だろう」と判断し、作品に取り入れた。「闇市では、相当な人数が暗躍していた。テキ屋、ヤクザ、愚連隊のことを思い描きながら、大規模な映画には出来ないので、なるべくシンプルにそれらを感じさせるような映画を作ろう」と試みた。
戦争孤児に関する出来事をストーリーの軸にして描いているが、映画の冒頭では、焼け残った小さな居酒屋に1人で住む女を映し出すところから始まっている本作。「最初は女の目線ではじまるが、段々と子供の目線に移っていく。目線の移り変わりに大事なものがある」と受けとめており「母性的な視点から子供が成長していく時の視点に映っていくことで、人類の歴史が繋がっていることを表している。女性がなんらかの病気を患っていることを表現しており、戦争によって抱えてしまったものが膿のようなものとなりグジグジしている。家の焼け跡がイメージとしてつながっており、そのまま焼け跡のイメージにつながっている」と示した。
撮影の準備期間中には、他の作品に出演したり、全国の映画館を巡っていたりしていた塚本監督。クランクインとなれば、1ヶ月に及ぶ撮影期間は現場に集中しており「大事な第一ブロックとしてセットでの撮影に取り組んだ後にロケで撮っている。小さな映画なので、移動時間がもったいない。深谷のとある場所でトンネルや居酒屋のセットを組み、遠くない場所で自然の風景を撮り、セットから遠くない深谷シネマの近くで闇市を作った」と振り返る。当初、セットでの撮影を考えていなかったが「深谷の人達がやる気を見せてくれた。ロケ地を見つけることは難しく、セットにしたが、深谷の人達の情熱と海獣シアターの美術スタッフが巧みに作り上げてくれた」と感心していた。
冒頭からのシーンで用いた居酒屋セットでは細かく拘っており「今回は、小さなカメラで撮りたかった。居酒屋は狭いので、俳優さんに自由に動いてもらいたくて、三脚も立てたくなかった。趣里さんや塚尾くんがカウンターの下に入っても撮れるようにしたい」と検討。iPhoneを用いた撮影も考えたが、iPhoneのカメラは暗部に弱いので、ざらついてしまうことが分かっており、暗部がざらつかない一番小さなカメラを選んで撮影した。暗部での撮影が得意なカメラではあったが「照明を作る時、手慣れた照明スタッフは最初に暗くし過ぎてしまい、初日は、映っているところや映っていないところもあった」と苦戦してしまう。だが「これは、おもしろいかもしれない」と考え「この画を活かし、完全に映っていなければ撮り直した。いつものように暗めに攻め過ぎたような状態で始まったが、おもしろくなった」と機転を利かした。今となっては「元々、闇は私の映画のテーマでもあったので、今回は、さらに闇が多めになりました。怪我の功名といいましょうか…」と受けとめている。
光の使い方にも拘っており「外から光らせているものもあれば、外からの光に見えるように中に置いた光もあります。全体的に、室内は暗くした。橙色の小さな炎がある以上、周りを明るく出来ない基本的な前提がある」と説き「本当は、小さな炎だけで撮りたかったけど、実現させようとしたら大変になってきた。バランスを調整しながら、自ずと暗さが出来上がった」と臨機応変に作り込んでいた。なお、過去作では『鉄男』について「コントラストを調整し、正面からフラットには当てないで、シーンは暗くして、背景は戸張りが掛かるように上部が暗くて下部にかけて明るさが広がっていく。ライトは3個だけ」と説明し「これが、基本の考え。その後の作品では、ライトが増えたり、プロフェッショナルな方が加わったりしながら施していく。基本的に、闇と光の世界は、ずっと貫いてきた」と拘りはブレていない。
戦争孤児や闇市と聞くと、『はだしのゲン』が思い浮かぶ方も多いだろう。塚本監督にとっても大事な作品であり「戦争をリアルに感じさせ、恐ろしくもあり、素晴らしい漫画」と評する。だが、近年になって学校の図書館から撤去されたことがあり「信じられない悪い出来事ですね。アニメーション映画もあり『戦争ってヤダな』と子供の時に思った。あれを観ないと、そう思う機会もない。下手したら戦争に近づいちゃう」懸念しており「建前としては、あまりにも残酷で相応しくない描写がある、と云いますが、子供の時は、そういったことで自分の精神はおかしくなりませんでした。恐る恐る観ながら、軽く傷つく程度のショックを受けることが大事だと思う」と話してもらった。
作品が完成し、映画祭で上映され、関東の劇場でも公開を迎えた本作。改めて「脚本が完成した時点で、映画が始まっている。映像ではシンプルなものしか映っていないのに、映っていないところで何が起こっているか感じさせるように脚本で頭の中でイメージを作っておいた」と振り返り「映画の背景には、こんなことがあったとお客さんに感じてもらうのが大事なテーマ。俳優さんの演技で感じてもらうことも大きい。実現できるのか、実際に作ってみると、お客さんが感じてくれたので、映画のおもしろさを改めて感じた。映画はこんなことも出来るんだ。やりがいがあるなぁ」と実感している。また「全てを描かなくともシンプルな構造の中で、映像の繋がりと俳優さんの存在だけで、お客さんに感じさせることが出来たので良かった。当時、何処の誰にでも起こり得る出来事であることが伝わった」と手応えがあった。現在は「早く別のテーマに移行したい」と望んでいるが「あと1つ戦争に関して以前から準備していた作品を作らないと終わった気がしない。それだけは作って、違うテーマにいきたい」という気持ちもある。次回作がどのようなテーマになるのか今から楽しみにしておきたい。
映画『ほかげ』は、関西では、12月1日(金)より、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田、京都・烏丸の京都シネマ、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開。また、兵庫・豊岡の豊岡劇場でも近日公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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