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常に人が交差しているスタジオでは何かが起こる…『マゴーネ 土田康彦「運命の交差点」についての研究』土田康彦さんと田邊アツシ監督に聞く!

2023年6月19日

イタリアのヴェネチア、ブラーノ島にアトリエを構える、ヴェネチアンガラス作家である土田康彦さんの創作と、料理人でもある土田さんと来訪者の交流を、8年間にわたってカメラに収めた『マゴーネ 土田康彦「運命の交差点」についての研究』が6月9日(金)より全国の劇場で公開中。今回、土田康彦さんと田邊アツシ監督にインタビューを行った。

 

映画『マゴーネ 土田康彦「運命の交差点」についての研究』は、世界的に活躍するヴェネチアンガラス作家の土田康彦さんの創作に迫るドキュメンタリー。水の都ヴェネチアで約1000年にわたって受け継がれ、多様な色彩と高い装飾性で知られるヴェネチアンガラス。熟練のガラス職人が集うムラーノ島にスタジオを構える土田康彦さんは、独自の哲学と日本の美を吹き込んだ作品で世界中から注目を集めている。映像作家の田邊アツシさんが8年間にわたって取材を続け、その作品と創作活動を追う。また、ヴェネチアの名店「ハリーズ・バー」で調理師として働いた経歴を持ち、一流の料理家としての面も持つ土田さんにとって、料理はガラス工芸と表裏一体をなす。自ら制作した美しいガラス食器に料理を盛りつけ、フェンシング選手、映像作家、ミュージシャンなどさまざまな悩みや葛藤を持つ来訪者たちを温かくもてなす姿も映し出していく。

 

美術作家のドキュメンテーションを長年手掛けてきた田邊監督。自身が住んでいる山口県山口市に土田さんがとある企画で招聘され、滞在時の模様を田邊監督がドキュメンテーションする仕事を依頼された。10日間程度を一緒に過ごし、普段なら仕事が終わった時点で別れるが「この人をもっと撮らなきゃ」と直感する。土田さんは快く了承しながらも、最初の1,2年は「僕が制作していたり街を歩いていたりする、といった生活の中でカメラを持った人がいるな」と違和感があった。だが、3,4年経つと、お互いが影のような存在で自然になっていき、5,6年目になると「彼がカメラを回していないと良い作品が出来ない」と信頼していく。田邊監督の撮影スタイルとして「被写体の方が活動されている世界や空気を乱したくない」ということを映像制作の大前提としており、撮影クルー隊で押しかけることはしていない。「影のような存在でいたい」というスタンスがあり、監督自身による記録のみを貫いている。

 

土田さんのスタジオに様々な方々が訪れる光景が映し出されていく本作。先方から来て頂いており、土田さん自身は来訪されることさえ知らないようだ。とはいえ「振り返ると、無謀だった。カメラを回していなければ、どんなストーリーになっていたんだろう」と苦笑いしながらも「名もなき若者がふらっと現れて、手伝ってくれる。将来について悩んでいた時にTVで観て感動して会いに来た。どんな方でも弟子にとるようにしている」と寛大な姿勢を貫いている。田邊監督はスタジオの在り方について「常に人が交差している。アトリエを中心にした彼の生活に有名無名に関わらず集ってくる場所」と受けとめており「カメラを持って待っていれば誰かしら来る。根拠はないけど、何か起こるだろう」と期待していた。だが「今思えば、無謀でした」と冷静にコメント。土田さんは「最終的に、皆、僕のところに学びに来ているふりをしてもらって、実は僕が教えてもらっている」と謙虚な姿勢を貫いている。なお、弟子となった者は、その後に必ずしもガラス作家になっておらず「スタジオの中で交わっているだけで、違う方向に向かっている。交わった時には同じ方向を向いて同じ夢を見ている」と捉えており「本物は自分の知らない世界にある、と常に思っている。自分の世界や状況に満足することなく、常に僕自身がよそ者になって、自分の知らない世界の人と交わりながら、新しい感覚を学ぶことが大切。そして、自分のフィールドに戻った時、自分の次の作品が更に成長していく。ものづくりをする人間は最初に必要なのは衝撃。衝撃がないとものづくりができない」と説く。

 

8年間にわたった撮影取材の中で、ムラーノ島の潮位が上がってくる時は、物理的に身の危険が迫ってくる緊張感があった田邊監督だが、大変だったり辛かったりする感覚はなかった。影の存在を貫き続けたが、最後の数日間に土田さんにインタビューを実施している。様々なことを聞き、応えてもらっており「どんな質問をぶつけても土田さんが返してくれる、と機が熟したと思えた頃、これで終われる、と思った」と振り返る。ポストプロダクションの段階となった時には、産みの苦しみのようなものがあったが「『マゴーネ』という軸を貫くことを決めれば、編集段階も辛いものではなかった。沢山の撮影素材が『マゴーネ』であるか判断して選んでいきながら繋ぐことで、物語が必要としている尺になった」と話す。なお、本作のナレーションは、田邊監督自身が担当しており「映画だけど、文学的には私小説に当てはまる。僕の主観で語っていくからこそ、僕が目撃したことを皆さんに共有するスタイルであるからこそ、この作品の魅力がある。不安はあったが自分が伝えることによって唯一無二の作品になる」と自負している。音無しで編集作業をしていたが、最終的に劇伴が付いてきた時に「一つの作品になった。目玉が入ったようだ」と実感できた。田邊監督の姿を見ながら、土田さんも「僕も、文章を書いていく中で文学に変わる瞬間がある。ものづくりの人間にとっては、その瞬間の快感のために生きているところがある」と共鳴している。

 

完成した本作を土田さんが最初に観る時、事前にどのような仕上がりであるか聞かされておらず「まさか時系列もバラバラで行き来しながら、僕の小説を引用しているとは夢にも思わなかった。冷静になってみれば、映画を作ってきた10年間と僕が小説を書いた10年間とほぼ被っている。同時進行で良かったな」と感慨深かった。劇場で公開されたばかりの本作について、お客さんからは「今の自分で良いんだ、と思わせてもらいました」「最後に一押し背中を押してもらえるような映画です」と感想を聞き、田邊監督は「希望がないといけない。誰かに希望を与える一つになれたら良いな」と楽しみにしている。

 

今後も、田邊監督は1人で撮影取材していくスタイルを貫く所存であり「既に企画が動き始めている。全然違う作品だけども、ドキュメンテーションを続けていきたい」と望んでいると共に「自分が手掛けるべき作品に巡り合えた時には、劇映画の監督もいつかやってみたい」とジャンルに固執していない。土田さんは先月に二作目の小説『神戸みなと食堂』を出版したが、既に三作目を書き始めており「幼年期に岡山の田舎で一緒に遊んでくれていたダウン症を患っているたーさんとの日々を書いた『僕とたーさん』を数年かけて書くことになる。今書いている分、初稿を坂本龍一さんに読んでもらった。すると『画が見えてくる、音楽は僕が作る』と言って下さった…」と言葉に出来ない思いもある。2人の今後の動向を真摯に待ち望んでいたい。

 

映画『マゴーネ 土田康彦「運命の交差点」についての研究』は、6月9日(金)より全国の劇場で公開中。関西では、大阪・九条のシネ・ヌーヴォと京都・烏丸御池のアップリンク京都で公開中。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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