撮影で苦労を重ね続け、自分の映画の土台を築き上げた…「矢野瑛彦監督作品選」矢野瑛彦監督に聞く!
気鋭の新人監督を発掘し、劇場公開する“ReallyLikeFilms SHOWCASE”の第1弾として、「矢野瑛彦監督作品選」と題して映画『pinto』『賑やか』『yes,yes,yes』が7月29日(金)より関西の劇場でも公開される。今回、矢野瑛彦監督にインタビューを行った。
映画『pinto』…
誰からも愛されている実感が持てない女性を通し、若いある時期にだけ感じることができる愛の探求と冒険を描いたドラマ。父と名乗る男が代わる代わる家に出入りする奔放な母のもと、息苦しい生活を送ってきた由紀子は、家でいつも孤立していた。そんな由紀子を母は「あんたの良いとこはわがままを言わないこと」と褒めた。そんな由紀子にわずかな彩りを与えてくれたのは、何人目かの父親だった。写真家らしいその男が由紀子にプレゼントした一台のカメラ。レンズから覗く色彩あふれる世界は、彼女の世界観を一変させた。そんな由紀子の前に「わがままを聞いて欲しい」という男が現れる。
矢野監督にとっては3本目の作品となる『pinto』。基本的に、キャラクターを描くために、かなりの取材をしている。今作では、4,50人の女性たちに伺っている。まず、友人の女性に聞き、そこから様々な恋愛経験をしている女性がいないか尋ねていった。「男性にされて嫌だったこと、傷ついたことを取材していき、性描写のシーンにつながった。掘り下げていき女性のキャラクターを作りました。それだけで1本の映画を撮る予定だった」と明かし「相手側の背景などを作る時、共感しやすい男性、孤独を抱え、将来への葛藤、20代の青春時代を見せた方が、映画の幅が広がる」と気づき、二部構成の作品にしている。
舞台などで活躍している俳優も多く出演している今作。矢野監督自身も出演しており「大学時代、福岡に住んでいた。博多弁を一から学んでもらうより、自分で演じた方が早い」と考え「制作が大変で、時間の余裕がなく、僕が演じた方が効率的だ」と判断。とはいえ「こんなに大変なことは二度と携わりたくない。地獄でした」と吐露する。また、様々なことを作品に出演し名バイプレーヤーとして有名な木村友貴さんもキャスティングされており「僕の同期の監督が木村さんと仲が良く、紹介して頂いた」と話す。
撮影については「全てが大変だった」と打ち明け「基本的に、主役の二人と僕と音声の松本昌之さんの4人で現場を回していた」と振り返る。「お金や時間がなく、撮影は大変。自分の演出スタイルが固まっていない状態だったので、試行錯誤しながら撮っていたので、役者さんらに迷惑をかけた。役者さんもキャラクターを掴みづらかったようで」と申し訳なく話しながら「皆が苦労しながら撮った映画ですね」と感慨深い。とはいえ「手のかかった子ほど可愛い」と愛おしく「これで演出スタイルや撮影スタイルを築いた。自分の映画の土台が出来た。撮って良かった映画だな」と気に入っている。特に演出については「役者の質を引き出すことが本質ではないと思っていた。お客さんに対する見せ方を明確に言葉にして伝えることが演出だ」と認識し「役者さん達に対して『見え方の修正と見せ方の提案をします』と伝えられるようになった。自分の中にある映画制作に関する考え方がしっかり固まった映画ですね」と自信が出来た。
映画『賑やか』…
夜のネオンの輝く光と主人公が抱える孤独を対比させることで、外部からもたらされる人生の絶望や理不尽さを描いた。恋人の借金の肩代わりをすることになり、借金を背負った元お笑い芸人の優作は、ある男の持つバッグを盗むことを強要される。バックの強奪には成功するが、そのことをきっかけに、きらびやかな街のネオンの明るさとは対照的な、孤独で最悪な夜が始まる。演劇界で数多くの舞台に出演する武谷公雄が主人公を演じた。
『pinto』が完成し様々な映画祭に出品した矢野監督。だが、どの映画祭からも声がかからず「自信作なのに、不思議でしょうがなく…もう駄目だ」と落胆。映画制作に行き詰まり、自身や他人に対してネガティブな対応をしてしまう。そこで「世の中に対する理不尽さと抱えていた葛藤をぶつけよう」と『賑やか』を制作した。暴力シーンが多い作品だが「喧嘩は短く終わるものなので、長々と見せる必要はない。シンプルな暴力描写の中で、主人公の憤りや葛藤をワンショットで収めたくて作っていった」と凝縮した短編作品に仕上げている。
映画『yes,yes,yes』…
母親が余命宣告を受けたことを受け入れることができない思春期の青年を主人公に、家族の崩壊と再生を描いた。余命宣告を受けた母の小百合が入院することになった日、父の正晃と姉の樹莉は努めて明るく振る舞おうとしているが、雄晃はその現実を受け入れられずにいた。やり場のない感情を抱える雄晃は、病室から逃げるように飛び出し、自傷行為として髪を染め、自分の殻に閉じ籠ってしまう。自分のことだけしか考えられなくなってしまった家族がバラバラになっていく中、小百合だけが家族のことを思い続けていた。そんな彼女の家族への愛情が、やがて小さな変化をもたらしていく。
姪っ子が生まれ、抱っこしている父や母の顔に皴があることに気づき、老いを感じた矢野監督。その光景を客観的に見ながら、命のサイクルを見ているような感覚になり「自分の中にある蟠りや悲しみといった感覚を映画で表現して吐き出した作品です」と表す。また「母親が亡くなることは、この世で一番怖くて嫌だ」と話しながら、自身の中でも心の準備が必要だと自覚した。命、というものをメタファーとして表現するべく、本作では、妊娠している姉を登場させ、ストーリーを構成していき、脚本を書き上げた段階で「この映画は良くなる」と確信。キャスティングにあたり、オーディションを実施し、様々な点を考慮して「この子なら総合的に任せられる」と判断できた方を選んでおり「家族を演じた役者さん達が良かったです」と満足している。
撮影では、基本的に2台のカメラを用いており、Aカメラで映画的な画を撮り、Bカメラで役者の表情を狙って撮っていく。「Aカメラさえしっかりしていれば、ある程度決まっていく。僕がしっかりと把握していれば良い」と堂々としており「カット割りが特殊なので、カメラワークが独特に感じるかもしれません。こうあるべき、なセオリーはおもしろくない」と趣向を凝らし、考えながら撮っている。
なお、本作は全編を通してモノクロの映像が映し出されていく。当初の予定はカラーの映像だったが、役者やスタッフには「モノクロになるかもしれません」と伝えた上で、モノクロに対応できる色合いで撮影していった。カラー版で完成し、映画と関わっていない方にテスターとして観てもらったが「風景が綺麗だった」という感想を沢山頂く。想定していたが「僕が見せたかったものとは違う。もっとシンプルに役者さん達の演技と物語に没入してほしい」と求め、カラーによる情報を消し、モノクロにしている。
既に各地の劇場で上映されており「『yes,yes,yes』は、純粋な方ほど反応が良い。逆に合わなかった方は、『pinto』を褒めてくれる」とお客さんの反応を頂いた。今後は、再び宮崎で撮る予定にしており「3本企画しています。来年にクランクイン出来れば。作品のテイストは全て違う。ミヒャエル・ハネケ監督のような作品や山田洋次監督のようなハートフルな作品やドキュメンタリーのような作品」と明かしながら「この3本を全て実現させるのが現在の目標です」と未来を楽しみにしている。
「矢野瑛彦監督作品選」は、関西では、7月29日(金)より京都・出町柳の出町座、7月30日(土)より大阪・十三のシアターセブンで公開。7月30日(土)には、出町座とシアターセブンに矢野瑛彦監督を迎え舞台挨拶を開催予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
- 最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!