コロナという世界的な災害を全世界の人達が同時に経験していることはほぼなかった…『親密な他人』中村真夕監督に聞く!
愛する人を失い、身代わりを見つけようとする母親と、企てを隠し彼女に近づこうとする、母親の愛を知らない孤独な青年の姿を描きだす『親密な他人』が関西の劇場でも4月15日(金)から公開。今回、中村真夕監督にインタビューを行った。
映画『親密な他人』は、『冷たい熱帯魚』の黒沢あすかさんと『彼女が好きなものは』の神尾楓珠さんが共演し、親子でも恋人でもない男女の間に生まれる不思議な愛の行方を描いた心理スリラー。パート販売員として働く46歳の石川恵は、1年前に行方不明になった息子である心平の帰りをずっと待ち続けている。そんな彼女の前に、心平の消息を知っているという20歳の青年である井上雄二が現れる。心平の行方をめぐり、2人は親子のような恋人のような不思議な関係になっていく。しかし雄二には隠された目的があり、一方の恵も誰にも言えない秘密を抱えていた。監督・脚本は『ハリヨの夏』などで国内外から高く評価された中村真夕さん。
コロナ禍よりかなり前から本作の企画に取り組んでいた中村監督。話がまとまってきたのが、2020年夏頃。プロデューサーの山上さんと相談して、コロナ禍の出来事に設定にした。外出時はマスクをする設定にし「本作を室内の密室劇として書いていた。外ではマスクで身を守らないといけない危険な世界、中では人と親密になれる」と差別化を図っている。
ドキュメンタリー作品も手掛けてきた中村監督は「コロナ禍になった時こそ、何かを描きたい」と強く思い「局地的ではなく、世界的な災害を全世界の人達が同じ経験をしていることはほぼなかったので描きたかった」と注目。また、コロナ禍でのオレオレ詐欺についても調べ「あの人達は凄いですね。直ぐに新たな手法を考えてくる」と感心しながらも「そういうのを取り入れるとおもしろいな」と興味津々。今作は、母と子のいびつな関係がテーマだが「オレオレ詐欺が日本で特に多いのが気になっていた。母と息子の関係が濃密だからかな。息子のためなら困っていたら、いくつになってもお金は出すよね」と述べ「欧米社会では考えられない。18歳を過ぎたら、大人なので親には頼らない。日本では男の子が大事だから、困ったら助ける。家父長制の名残り」と説く。
脚本執筆にあたり、当初は、行方不明の息子を探しているお母さん、という設定で書いていた。今回、様々なプロデューサーと取り組み、一時は岩井俊二さんが関わっていた頃があり「当時、岩井さんはノンフィクションやクライム・サスペンスにハマっており、本作のアイデアを提案して頂いたものを取り入れました」と打ち明ける。本作は低予算で短期間で一気に撮っており「密室の中で、どれだけ面白く出来るか」と考え尽くした。
キャスティングにあたり、石川恵という役は難しいと感じ「様々な顔を持っている女性を演じられる女性がいいな」と直感。黒沢さんについて「普通のおばさんから妖艶で狂気な女まで様々な顔を演じられる人」だと認識しており「この役を演じられるのは彼女しかいないだろう」とオファーした。コロナ禍の設定では、劇中の1/3はマスクをしている状態であり、顔の半分以上は隠れているため「井上雄二役には眼力の強さが必要」だと考え「神尾さんは、美しい顔でありながら、眼力の印象が強い俳優。目に闇や影があるのが良いな」と思い、最終的にお願いしている。心平役を演じたのは『許された子どもたち』の上村侑さん。オーディションで選んでおり「眼力が強い。こんなワイルドな感じの子が出てきたんだ」と印象に残っている。オレオレ詐欺集団のボスを演じた尚玄さんとは以前からの友達であり「彼もアメリカで演技を学んでいた。本人は優しく怖くない。見た目がシャープなのでお願いした。『義足のボクサー GENSAN PUNCH』撮影の合間に撮ったので、鉛筆のように体を絞っていた」と振り返った。
石川恵が住むマンションの一室は、ロケハンしながら探していく中で、東京都新宿区の曙橋にある築50年ぐらいのマンションを見つけ、空いている部屋を探して装飾している。「昔のマンションは様々な増改築を繰り返しているので、変な間取りになっている」とは思っていたが、物件を見つけた時に「洗濯機の排水口がリビングのど真ん中に鎮座していた」と驚いた。カメラマンの辻智彦さんとは「これ、おもしろいところにあるよね、これを活かしたセットにしようか」と意気投合し「彼女の家が彼女の体、家電達は彼女の相棒。それぞれが自己主張している。『イレイザーヘッド』の如く、家電に彼女の狂気が憑依していく。いびつな部屋を活かそう」と細部を設定。「少しずつ何かが変。部屋にある違和感を彼女の違和感に活かそう」と美術の小林美智子さんと相談し「妙に殺風景な部屋、綺麗にしているように見えるけど、よく見ると換気扇が汚れていて汚い。全体的には不調和や違和感がある」と拘った。また、衣装については世の中を賑わしたK親子を参考にしており「マダムとして、外では洋菓子店に通い、ベージュのマダム風の格好をしている。家ではセクシーな雰囲気を醸し出したい」と衣装の宮本まさ江さんにKさんの写真を提示して応じて頂いており「あの2人こそ日本の歪な母と息子の共依存関係の象徴」だと話す。
10日間という短期間の撮影となった本作。映画づくりをアメリカで勉強した中村監督は、「10日間しか撮影できないなら、現場で演出する時間もない。次々に撮っていくしかない。細かいところは事前のリハーサルをしっかりやって詰める」とリハーサルで演出を決め演技に拘っている。黒沢さんと神尾さんに会って、作品のテーマやそれぞれの人物の背景など様々な話をして、メインとなるシーンを一通り演じてもらった。「黒沢さんはベテランなので、やり過ぎないようにした」と抑えたが「神尾さんは演技経験はあるが、役を掴んでもらうために3回程度リハーサルして、最終的にアクティングコーチを入れて、役の心情を理解するために自らの様々な経験や心情を掘り返してもらって演じてもらう作業をしました」と明かす。カメラマンの辻さんは、普段はドキュメンタリーの現場がメインのカメラマンであり「ドキュメンタリーを撮っている方は機動力があり、良い意味で早い。辻さんは役者の演技をドキュメンタリーの如く捉えられる。役者を待たせることがない。現場の進行が早かった。辻さんだから撮りきれた」と信頼を寄せている。なお、石川恵が「圧力鍋の中にいるみたいな気分なの」と話すシーンを撮影している時は十分に考えながら撮っており「私自身、外国から帰ってきて、体感的に、日本社会にある圧を、圧力鍋に例えて表している。撮っていて楽しかった。自分の好きな映画の要素を撮りれている」と満足感を得られた。
既に、各地の劇場で公開しており、男女のお客さんで見方や反応が違い「女性は社会的要素に共感する。男性は肉体的な要素に反応する」と受けとめている。映画『TITANE/チタン』に似ているという声もあった。なお、現在は、ドキュメンタリーや劇映画の作品の公開を予定しており、多様な作品を手掛ける制作意欲はまだまだ止まらない。
映画『親密な他人』は、関西では、4月15日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、4月16日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。また、神戸・元町の元町映画館でも近日公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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