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小林家はいつも明るく前向き、葛藤がないことが制作者としての葛藤になった…『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』常井美幸監督に聞く!

2020年10月14日

大勢の前で男性として生きていくことを宣言し、性別適合手術を受け、戸籍を変えるなどしたひとりの若者の変化と成長を映し出す『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』が関西の劇場でも10月16日(金)より公開。今回、常井美幸監督にインタビューを行った。

 

映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』は、性同一障害の若者の姿を追い、2019年にNHKで放映されてギャラクシー賞候補にもなったドキュメンタリー「僕が性別“ゼロ”になった理由」を、全長版として劇場公開。女性として生まれながら、自身の性に違和感を持ち続けていた小林空雅さん。13歳の時に、心は男性、生物学的には女性である「性同一性障害」と診断された小林さんは、17歳の時に出場した弁論大会で男性として生きていくことを宣言する。20歳で性別適合手術を受け、戸籍も男性に変えた小林さんの9年間の変化と成長をカメラが追っていく。

 

今から10年前に小林さんと出会った常井美幸監督。当時は、性同一性障害を大人の問題だと認識していた。だが、世間では、学校での性同一性障害への対策が全くなされていないという問題意識が出てきた頃。TV局に勤め、ニュース番組のディレクターをしていたので「子ども達が大変に辛い思いをしているに違いない」と感じ、取材できる相手を探していく。しかし、TV局による取材なので、基本的には顔出しとなる。多方面に対してコンタクトを取っていくなかで、小林さんの母親から連絡を受け、実際に会ってみると「可愛く幼気で、少しだけ表情が暗い。まだ自身を表現出来ていないけど、確固たる思いはある」と受けとめ、取材を決めた。小林さん本人は顔出しも本名出しもOK、と快諾し「タブーがないので、何でも聞いてください」と言いながら、ポツリと話し出していく。その姿から、自分の生き方を人々に伝えたい意思を感じ取る。

 

15歳の小林さんを取材した際には、暗い印象を受けた。しかし、2年後に母親から「高校生となり、全校生の前でカミングアウトするので取材に来てください」と連絡を受け、取材に向かう。そこでは、明るく様変わりしており、大きく印象が違っており「2年間で成長した空雅くんは、これからどんな大人になっていくんだろう。彼の軌跡を描いていったら、私達一人一人に大切なメッセージが伝えられるんじゃないかな」と追いかけていくことを決意。とはいえ「ドキュメンタリーは葛藤を描く。大変に違いない」と心得て、カメラを回し始めたが「小林家は葛藤がない家族だった。いつも明るく前向きで、葛藤がないことが制作者としての葛藤になった」と驚かざるを得ない。小林さんは、小学校高学年から中学校にかけて、自身の中にある問題が何か分からず、学校に行くのも嫌で、性別によって起きていると判明するまで悩んだ時期があった。だが、明らかになって以降、問題を取り除いていけばいい、と前向きな人生の目的に変わり、本人も母親も全く悩まず明るくなり、本作鑑賞後の印象も明るさが大きく残る。

 

18歳から20歳にかけての小林さんは様々な手術をしていく必要があった。性別を離れても、若者が大人になっていく過程で人生の局面があり、常井監督は要所要所で取材を実施。1人で始めたプロジェクトではあったが、取材していく中で本作のコ・プロデューサーである両角美由紀さんと出会い3,4年間は二人三脚で取材していく。信頼を寄せていたが「彼女がお亡くなりになってしまったことが一番辛かったです。私は1人で映画を完成させられるのか辛い時期があり、撮影がストップしていた」と告白。その時、小林さんが変化していた時期でもあったため、母親から取材依頼の連絡を受けた際には「私が映画を完成させるために一歩踏み出そうとするまでが一番辛かった。その時、母親の小林美由起さんが背中を押して頂いた」と振り返り、映画を完成させるために撮影を再開した。しかし、当時を振り返り「私一人きりで、おもしろい映画になる自信が全くなかった」と打ち明ける。印象に残ったシーンを見直していくなかで、胸手術の前日に行ったインタビューで本人の思いが滲み出ていると気づき「いつも明るい小林さんでも手術の前日は不安がある」と感じた。一歩踏み込んで小林さんに聞いたシーンを見て「これは映画になるかもしれない」と思った瞬間に本作のテーマがクリアになり、作品の核となり映画が形を成していく。9年間の取材で撮影は200時間近くにも及んだが、常井監督は編集についてあまり悩んでおらず「自分の中で9年間を振り返り、強く印象に残っているシーンや覚えている言葉を抽出していったら、自ずとストーリーが出来上がってきた。私が受け取った小林さんの生き方の中で一番印象に残った部分が84分に表れている」と納得できる作品になった。

 

元々はTV局のディレクターだった常井監督。小林さんの成長ぶりを見て、自費で撮影してきたが、番組として放送してもらうには、なかなか承認されなかった。自主制作映画にするしかないと決意し、完成した作品を自主上映していく中で、承認しなかったプロデューサーに映画を見せると「なんだ、おもしろいじゃないか」と云われ、短尺版の放送に至る。「映画は長い時間をかけて様々な方に観て頂ける。映画にしてよかった」と感慨深く「諦めずに頑張っていたら様々な方に助けて頂いて、ここまで来れた」と万感の思いだ。既に公開された劇場でのお客さんからは、監督が伝えたかったメッセージを十分に受け取ってくれている、と実感しており「自分も自分らしく生きていいんだ、とても気持ちが楽になりました。一人一人が違っていて、どんな人がいてもいいんだ」とコメントを頂き、感激しかない。本作は、性別をモチーフにした作品ではあるが「性別に揺れる若者の生き様を通して、どんなことが起きても自分らしさを失わずにどのように生きていけるのか」と描いており、誰にも起こり得ることだ、と伝えている。これまでに小林さんを9年間も取材し続けており「現在の小林さんは、自身の性別と折り合っており、とても自分が好きで受け入れている。そこで、自分らしさを以て、今後はどのように社会で生きていくのか、という問いが残っている」と感じており、監督自身も考えながら今後も取材を続けていく。

 

映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』は、10月16日(金)より京都・烏丸御池のアップリンク京都、10月17日(土)より大阪・十三のシアターセブンで公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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