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今考えられる最良の状態で完全復元!『東京裁判』( 4Kデジタルリマスター版)小笠原清さんに聞く!

2019年8月9日

太平洋戦争後の1946年に開廷し、日本の戦争犯罪人に裁きを下した「」の全貌を、米国防省(ペンタゴン)に残されていた膨大な記録フィルムをもとにたどる『東京裁判』( 4Kデジタルリマスター版)が8月10日(土)より関西の劇場でも公開される。今回、制作時に監督補佐・脚本として携わった小笠原清さんにインタビューを行った。

 

映画『東京裁判』( 4Kデジタルリマスター版)は、『人間の條件』『切腹』の名匠・小林正樹監督が、戦後日本の進路を決定づけたともいえる〈極東国際軍事裁判〉、通称〈東京裁判〉の記録を、膨大な映像群からまとめあげた4時間37分におよぶ歴史的ドキュメンタリー。第2次世界大戦後の昭和21年、東京・市ヶ谷の旧陸軍省参謀本部の講堂を法廷として〈東京裁判〉は開廷された。それから2年半に及ぶ裁判の模様が、在日米軍の撮影班により戦時記録の一部として35ミリフィルムで撮影され、その後国防総省の機密資料として保管されてきた。25年後、それが法律により解禁され、その内50万フィートにも及ぶ関連フィルムを講談社が入手した。その中には、ヨーロッパ戦線や日中戦争、太平洋戦争などの記録も収められていた。それに戦前のニュース映画や諸外国のフィルムも交えた膨大なフィルムも加えて、小林監督のもと5年の歳月をかけて編集、戦後世界の原点をひも解いていく。
1983年公開され大きな話題となったが、初公開時から36年を経て、上映フィルムも劣化が進んだ。今後の上映のためにはプリントの新調が必要になった。だが、長尺作品を今後もフィルム上映で繰り返すことは今の時代にそぐわない。製作者の講談社はデジタル化による上映が最適と判断した。
実は製作スタッフにとっても、画像と音声の質の向上は作品完成時点からの宿題であった。小笠原さんは「フィルム素材を収集した時点では、すでに劣化や傷みの多い様々なフィルムがあったので、修復や調整のために何度も複製を重ねたので全体の画質が低下し、必ずしも満足しえない結果になった。いつか機会があればオリジナルフィルムのシャープな良い画像にして皆さんにお見せしたい」と願っていた。その後デジタル技術の進化でそれが可能となり、かねてから講談社に要望を出していたので、この時点で一気に実現の運びとなった。「この日を期して残しておいた一番オリジナルに近いネガから、シャープな画像や音声を取り出し、一番良い方法でデジタルリマスターが完成された。第一級の歴史資料としても後世に伝える価値がある」と語る。その成果の一例が「終戦時、音声機器の質の悪さと雑音で、国民の誰もがろくに聞き取れなかった〈玉音放送〉(〈終戦の詔書〉)だった。これを音声明瞭にしてルビ付きの字幕をのせて完全復元し、現時点では最良の状態で再現することが出来た」と安堵している。監督補佐・脚本の小笠原清さんらの監修のもとで修復された4Kデジタルリマスター版が、当初公開から34年後の2019年に、改めて公開される。

 

本作において、小笠原さんは、監督補佐の役割を担い、小林正樹監督と共に脚本を手掛けている。今回、小笠原さんから制作の日々を昨日の出来事のごとく鮮明に語って頂いた。

 

内容は三本柱の軸で構成されている。基本は裁判の推移、要点を記録するドキュメント。次に、裁判の訴状に即した戦争や当時の社会状況、歴史的事象について裏付けとなる検証フィルム、そして三つ目は、裁判開廷当時、すなわち終戦と戦後間もない頃の日本と世界の情勢。これらを組み合わせて観客に〈東京裁判〉について伝えている。また、被告の対応や周囲の人達の反応も採り入れた。膨大な映像資料をまとめるにあたり、その編集過程について、小笠原さんは「取りあげる対象はフィルム素材の有無、内容の重要性からおのずから決まってきます。それらを軸にして、どこまで掘り下げられるか。どういう組み合わせにしていくと、全体の流れ、文脈に上手くつながり、物語の流れとして構成できるか。そういうことを勘案しながらセレクトしていきました」と当時を振り返る。〈東京裁判〉では予測しない事態も度々起きていた。その一例が、裁判開廷初日、大川周明被告が、前に座っていた東條被告の頭を平手でピシャリと叩くシーン。「それが〈東京裁判〉のおもしろさの象徴の一つではないか。当時も話題になった出来事で新聞でも大々的に取り上げられ、世間の笑い種になった。時代がなせる技の悲喜劇もドラマの一つだった」と解説する。

 

本作は、あくまでドキュメンタリーであるが、劇映画を観ているような感覚に陥っていく。小林監督は人間と人間関係を見つめていくことを前提としていたため「膨大なフィルム映像からおのずから劇的な出来事が浮かび上がってくる。それらを抜き出し、裁判の中での人間群像の葛藤世界も描いた。小林監督はよく《劇映画を作るつもりだ》と言っていたが、人間を見ることを一番大事にして、ドキュメンタリーの中に潜んでいる劇的な人間の動静を捉え、組み合わせている。それがおのずからリアリティの高いドラマとなる」と編集の醍醐味を語る。
また、本作は一面において佐藤慶さんによるナレーターが主役と云っても過言ではない。小林監督は佐藤さんに特別な注文は出していない。「慶さんに台本を渡し、画面を見ないで自由に台本だけを読んでもらっています。佐藤さんは朗読的な読み方で、特に思い入れを込めたりせずに、ナレーションの内容に即して自分なりの解釈で読んで頂いた」と回想する。佐藤さんは自然体で読んでおり、それが観客が冷静に〈東京裁判〉の理解を深めることに役立った。なお、本作の制作には5年を要している。初期段階のフィルム資料の整理に当たって、「法廷シーンは同時録音で収録している。使用言語の基本は英語ですから、翻訳して何を言っているのか理解する必要がある。さらに、それが裁判過程の何処に該当するのか、速記録と照合していきます」と小笠原さんがプロセスを説明。映画以前の素材の調査と分析、学術調査的作業で1年半余りを要し、脚本作成に取り掛かったのは全てが整ってから。脚本執筆には2年程度かかっている。製作期間は結果的に、講談社のフィルム入手と企画の期間含めると、全体で5年を必要とした。

 

1983年の公開当時、戦時中や戦後の敗戦を体験し、裁判の実態に関心を持った方が多く、劇場は満員続きとなる。「敗戦により日本の体制が180度転換した時代。軍事体制下にあり、封建的な体質を色濃く残した大日本帝国から、民主主義国家となった。国民一人一人の人生が正反対にひっくり返ったわけですから大方の日本人は無関心じゃいられませんからね」と小笠原さんは言う。戦争当時の社会状況と国際社会の評価はどうだったのか、〈東京裁判〉を通じて、その全体の概要が明確となる機会だった。〈東京裁判〉について関心を持ってもらうことは、歴史の実像を認識し、今後の日本を考える上で非常に大事なことであろう。
「〈東京裁判〉の実態をどれだけ知って議論できるか。この映画はそのための第一級の映像資料を提供していると思います。これまでの様々な評価や批判があるでしょうが、それはそれとして、このような映像資料をきちんと確認して、それぞれ独自に考えをまとめ議論を進めていただくことが今必要でしょう」と語る。さらに「戦勝国が敗戦国を裁くはけしからん、無効だとする意見もよく聞きます。法の公平さ、〈平和に対する罪〉〈人道に対する罪〉という新たに設定した事後法の罪状で裁くことは確かに不当で、パル判事の主張の通りでしょう。しかしあの裁判当時、軍事裁判で戦勝国が敗戦国を裁かないとする例はなく、勝った国が負けた国に制裁を下すことは歴史上通例のことでした。仮に日本が戦勝国となった場合を想定しても、あの大日本帝国が戦勝国の裁判権を放棄して、第三国に公平な裁判権を委ねることなど考えられないことです。不当性があっても、国際政治の決着点、歴史事実としての〈東京裁判〉の存在は動かしようがありません。〈東京裁判〉は裁判の形式を借りた連合国の政治決着だとよく言われますが、私もそれが現実であると受けとめています。これを政治劇だと見た方が、むしろ豊かな情報が得られて興味が深まります。今は、冷静にもう一度現実を見直してみることが大事でしょう」と述べた。

 

 

映画『東京裁判』( 4Kデジタルリマスター版)は、8月10日(土)より、大阪・九条のシネ・ヌーヴォ、京都・烏丸の京都シネマ、神戸・元町の元町映画館で公開。

たった4時間37分、と感じる。膨大な記録映像の中から5年の歳月をかけて、1分1秒の無駄もなく凝縮し尽された映像。これほどの情報量をまとめあげたその力量と労力と、そこに込められた執念に敬意を表したい。

 

タイトル通り、東京裁判の様子を最初から最後まで追った内容は、瞬きをする暇もないほどに緊張感にあふれている。そして、何なら淡々と裁判の様子だけを延々と映しても相当面白いはずなのだが、そうではない構成がまた見事だ。

東条英機が極刑を言い渡される法廷。そのラストを知っている我々に、回想シーンのように歴史を遡って見せられる。どうしてこうなってしまったのか。日本が世界に何をしてきて、そして何をされたのか。語弊を承知で言うと、ミステリの謎解きのようにナレーションが続き、飽きさせない作りである。

 

終盤の判決文を読むシーンの編集も秀逸だ。ここだけは日本語字幕は表示されず、当時の法廷の同時通訳の音声が流される。つまり(大半は英語が話せない)被告たちが、英語で言い渡された自分への判決が、日本語に通訳されるのを待っている、そのときの心境と同じ気持ちで観ることになる。

 

すでに1983年に公開されている本作は、観たことのある人もいるだろう。しかし、今回のリマスターされた映像の鮮明さは格別だ。恐らく別物になっていると言っていい。この時代に、このクオリティで、この貴重な映像を観させてもらえた事に感謝したい。

fromNZ2.0@エヌゼット

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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