最後は心に残っている人のことしか分からない…『オーファンズ・ブルース』工藤梨穂監督に聞く!
記憶が徐々に欠落していく病を抱える女性が、行方不明の幼馴染を探しに旅に出る姿と彼女の心の葛藤を繊細に描き出す『オーファンズ・ブルース』が関西の劇場でも6月15日(土)より公開される。今回、工藤梨穂監督にインタビューを行った。
映画『オーファンズ・ブルース』は、失われゆく記憶に苦悩しながら幼なじみを探す女性の旅路を描き、ぴあフィルムフェスティバル2018グランプリを受賞したロードムービー。夏が永遠のように続く世界で生きるエマ。記憶が欠落する病を抱える彼女は、常にノートを持ち歩いて些細なことでもメモをしている。そんな彼女のもとに、行方不明の幼なじみヤンから象の絵が届く。消印を手がかりにヤンを探す旅に出たエマは、ヤンの弟バンら関わりのある人々に出会う。しかし旅が進むにつれ、エマの記憶の欠落は加速していき……。主演は『赤い玉、』『クマ・エロヒーム』の村上由規乃さん。
本作は、現在の日本映画にはない独特の雰囲気を放っている。工藤監督に影響を受けた作品を聞いてみると「ロードムービーが凄く好きです。『天国の口、終りの楽園』のような熱帯のメキシコで旅が繰り広げられるのが良い。雰囲気としては、『アデル、ブルーは熱い色』のようなアップを多用している映画とか、『恋する惑星』や『天使の涙』、『ブエノスアイレス』の影響はけっこうあるかな」と応える。日本のようでありながら、異国感を放つロケーションが伺えるが「関西圏をほとんど回っている。四国でもロケをしており、市場の風景は高知。海が関係しているところは全部」と明かしていく。
主演の村上由規乃さんと辻凪子さんとは京都造形芸術大学の同期。現在の辻さんは、コメディー映画に出ることが多く、辻さん自身も「コメディエンヌを目指している」と宣言している。だが、工藤監督は本作で辻さんの違う面を見たいと考え「コメディーではない彼女の寂し気な演技もあっていいんじゃないか。彼女の違う面も引き出したい」と期待を込めてオファーした。村上さんが演じたエマはフェミニンではない男勝りな役柄であり「村上は私自身の仕草を意識して実践したようで、私もエマの人物設計で女っぽくない人物をイメージしていた。村上とは役についてずっと話していた。企画から関わっているので、言わずもがなで役作りをしていきました」と語る。
大学の卒業制作として作られた本作は、映画評論家の北小路隆志さんと映画編集の鈴木歓さんが担当教員として指導にあたった。撮影現場に関わる人達ではないが「脚本を改稿する度に鈴木歓さんは1シーン毎にアドバイスを下さった。北小路さんはポスプロ・編集あたりからアドバイスをくれました」と感謝している。完成した作品は、学内の合評会で初めて上映し、講師陣からも高評価を頂き、学生からの反応も良く安堵に包まれた。
さらに、ぴあフィルムフェスティバル2018ではグランプリを受賞している。ディレクターの荒木さんからは「村上さんが良い、村上さんでないと成立しないかもね」と村上さんの絶対的な存在感を評価してもらい喜んだ。また、最終審査員である生田斗真さんが絶賛しており「審査会議での第一声で一押しだったと聞いた。役者を凄く褒めてもらった。『彼らがそこに生きているような気がした。映画が終わった後も生き続けているような感覚になる』と仰って頂いた。授賞式後の懇談会でも、映画を理解した上での質問が嬉しかった」と感激している。
なお、本作は独自のストーリーテリングによって展開していく。主人公のエマは記憶が零れ落ちてしまう特質があるが、工藤監督は「私の祖母はアルツハイマー型認知症だったんです。症状が悪化するにつれて、人の名前が思い出せなくなる。私の名前も言えず、他人の名前で呼ばれる」と告白。この経験が印象に残っており「エマも自身でアルツハイマーを意識している。結局、心に残っている人のことしか分からない」と本作に反映し、印象的な作品に仕上がった。
工藤監督は、本作で取り扱った”光”というテーマが自身の中で未だに残っており「今後も、”光”についての映画を作っていきたい。現在書いているのは夜の話。夜の中にある車のヘッドライトが肝になる。”闇”は必然的に大事になってくるかもしれない。今作とは対称的な作品になるかもしれない」と未来を見据えている。
映画『オーファンズ・ブルース』は、6月15日(土)より、京都・烏丸の京都シネマで1週間限定公開。7月13日(土)からは、大阪・十三のシアターセブンで公開。また、神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
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