二人はどのような覚悟を以て愛し生きているのか…『Red』三島有紀子監督に聞く!
家庭を持ちながらも、10年ぶりに再会した昔の恋人との禁断の愛、そして女性の生き様を描く映画『Red』が公開中。今回、三島有紀子監督にインタビューを行った。
映画『Red』は、直木賞作家の島田理生さんによる、センセーショナルな内容が話題を呼んだ小説「Red」を『幼な子われらに生まれ』『繕い裁つ人』の三島有紀子監督がメガホンをとり映画化した作品。誰もがうらやむ夫とかわいい娘を持ち、恵まれた日々を送っているはずの村主塔子だったが、どこか行き場のない思いも抱えていた。そんなある日、塔子は10年ぶりに、かつて愛した男・鞍田秋彦と再会。塔子の気持ちを少しずつほどいていく鞍田だったが、彼にはある秘密があった。
主人公の塔子を夏帆さん、塔子がかつて愛した男・鞍田を妻夫木聡さんが演じるほか、塔子に好意を抱く職場の同僚・小鷹淳役を柄本佑さんが演じ、塔子の夫・村主真役を間宮祥太朗さんが演じた。
小説の映画化の場合、三島監督は、原作を読み終え「自分が何処に反応するのかな」とおもしろがりながら読んでいる。今回、読み終えて、ヘンリック・イプセンの現代版「人形の家」だと直感。主人公の塔子について「専業主婦として何者でもない感覚があり、自分宛の郵便物が少なくなり、社会と自分を繋ぎ合わせているものが見えなくなってきて、自分は何者なんだと思っている。自分自身が何をしたいかより、周りが上手くいく方法を見つけていこうとする」と、尺度が外にあることを指摘。さらに「何かの感情を覚える時に『自分は好きだな』と思う前に、皆がどう思っているかを先に見てから自分はどうなのか考えていると、次第に『そもそも自分はどうだったのか』を忘れていく」と指摘し「『自分を見失っていく時代になっているな』と普段から思っていたので、読んだ時には、塔子は現代的でありながら、百年前に書かれた『人形の家』のノラの変形だと感じた」と表現する。映画化にあたり「塔子が自分の中にしっかりとした尺度を持てるようになって自分の人生を生きられる話に出来たら、現代の皆さんに観て頂ける価値のある作品になる」と確信した。また、鞍田について「自身に秘密があり、自分の人生で何が大事か見えている人」と語り「塔子は、かつて10年前に好きだった人に再会し『君は何を愛していて、どう生きたいんだ』と問いかけられる。覚悟をもって生きている人を近くで見ると、自分自身にも問いかけざるを得ない」と語る。さらに、物語の終盤、出張中、大雪のため帰れなくなってしまった塔子を鞍田が車で迎えに来る部分を映像的に感じ「男と女を描くときに非常に説得力がある。夜から朝を迎えるまでの一夜を主軸に膨らませて描きたいと思ったのです。その中に塔子と鞍田が再会した以降の出来事を入れ込んで映画にしたい」と本作の全体像が見えてきた。
主人公の塔子は演じる立場としても難しい役であるが、三島監督は、主役を演じる役者には細かい指示をあまり出さない。相対する相手役の役者に吹き込んで演じてもらうようにしており「役者の皆さんは演技が出来る方なので細かいことは云わない。こちらがどう仕掛けるか」という姿勢で本作に挑んでいる。理想は「役を演じようと思わず、現場の空間や美術から感じ取って自然な演技が出来るようになる」ことであり、塔子が自然と息苦しくなる環境の家を制作部と探し、美術部と共に環境を作っていく。とはいえ、夏帆さん自身は専業主婦や子供を持った経験がなく、塔子という難役に悩んで踠く姿を見る。だが「主役は自分の殻を破っていかないといけない。分からなくて踠くことが大事なのかな。理屈で分かることだけやっていたら新しいことは出来ない」という信念を以て、スタッフと万全の態勢で夏帆さんの演技を受けとめる態勢があり「頭で分からないことを思い切って演じてほしい」と依頼した。なお、塔子がしている結婚指輪は、妻や母という現在の立ち位置や縛りを象徴している。シンプルな結婚指輪ではなく、見栄えが良く、可愛らしくて華奢な造形にしており「婚約指輪ではなく、日常使いの結婚指輪としては高価なものを選びました。世の中における幸せを手に入れている人の象徴としてはシンプルな結婚指輪よりも可愛らしい。でも完全に縛っている」と示す。また、花を模して造られており「こんなに指輪は花開いているのに彼女は花開いておらず、ハンバーグを作っている姿はとても切ない」と表現した。
塔子の夫・真を演じた間宮祥太朗さんのことは「真は決して悪い人ではない」と話している。夫以外の男性との恋愛を描いた話では、夫が分かりやすい悪者の立場で描かれる場合が多いが、現実はもっと複雑だ。「彼も基本的には素敵な夫。だけど、育ってきた環境や文化や常識の違いが擦れ違いを起こす」と踏まえた上で「彼女をイライラさせたり追い込んだりしていく部分を当たり前のような感じで演じてほしい」と間宮さんに伝えている。間宮さんについては「非常にクレバーな人で、単語の選び方に品がある。彼は悪ぶった過激な役をやりたがる」と理解した上で「今回はクレバーで品のある間宮祥太朗を出してほしい」と依頼した。塔子に好意を寄せる小鷹を演じた柄本佑さんについては「達観した自由さを持っている。彼が小鷹を演じたら間違いない」と確信しオファーしている。柄本さんからは「小鷹は塔子が好きなんですよね」と尋ねられたが「小鷹は鞍田さんのことも好きなんですよ。鞍田さんに対する尊敬の気持ちもある」と応え、さらに「人間として塔子と鞍田が好きなんですよ。『どうも上手く生きているように見えない。もう少し上手く振舞えばいいじゃん、二人とも』と小鷹は思っている。何故か一人で生きようとする孤独な二人を憎めない。むしろ愛してしまっている」と解説した。
塔子と鞍田の関係を丁寧に描くにあたり、二人が結ばれるシーンは大切に描かれている。「最初に関係を持った時、基本的に鞍田が彼女の存在を慈しみ、存在を感じながら抱く。同時に、塔子の心と体が次第に開いていく」とその過程を捉え、塔子の表情に重点を置いていく。「鞍田が如何に彼女の存在を感じながら抱いているか。彼女がどのように心を開いているか」と、塔子の表情を真っ先に追いかけながら撮っており「二人が達した後にどういう表情をするか」を重視した。また「彼女が達した後にどういう顔をするか。どれだけ満たされているか」を撮影し「彼女は観音様のような神々しい顔を見せてくれました」と大いに満足している。
撮影は昨冬に行われたが、当時は暖冬で、ロケとなった新潟でも例年より積雪量はいつもより少なかった。想定より低く積もっていた場所もあり、カット毎に皆で雪を運んだり、降らせていたりする現場もある。寒かったが汗をかいた思い出が残っており「山に近い場所なので天気が変わりやすく、奇跡的に雪が降ってきたシーンもある。夜からのあるシーンの撮影では、スタッフ達が朝までやるつもりでいてくれた」と感謝の気持ちと共に振り返った。また、劇中に流れる音にも拘っており「二人が何を聞いているのか考えながら音をつけてほしい」とスタッフには伝えている。「二人が一緒にいる時に何に集中し、何を感じているか」を考え「実際には鳴っていない音だけれども彼等の耳には聞こえている音がある」と述べ「体内で感じるように作っており、隣にいる感覚で観て頂ける」と映画館での音の体感をお薦めしていく。
本作では、ジェフ・バックリィの「Hallelujah」が劇中歌として流れる。元々、三島監督が好きだったこの楽曲には「いつも寄り添ってくれる歌の一つ。歌い方にある種のエロスを感じる。どこかで崇高な哲学者的な深遠なる美しい声。『自分の人生を生きているか』と問いかけてくる」と魅力を感じていた。塔子にとっての鞍田のような存在である曲であり、鞍田のテーマとしても使用している。キャラクターの個性を考える時、音楽についても考えており「鞍田のキャラクターを考えた時、古い型のVOLVOに乗っている建築家だった。きっと、この曲が好きな人だろう。10年前、きっと二人は車の中で聴いていただろう」と思いを馳せながら「歌は歴史を感じさせる。二人がもう一度聴いた時、一瞬にして10年前の出来事が蘇ってくる。今、彼らはどういう気持ちでこの歌を聴くのかを撮りたいと思ったんです」と二人を撮りたいと思わせる楽曲となった。後に「ハレルヤ」の訳を見直してみると、二人の関係性と同じようなところがあると気づき「彼等は愛の強さを知っているけれど、脆さも知っている。だから、祈るように『ハレルヤ』と口ずさんでしまう」と、二人を象徴している楽曲であると改めて実感している。
なお、本作の主人公の選択とラストシーンは原作とは大きく違っており、三島監督は「現代版『人形の家』にするため、皆さんに強く問いかけられる方法は何なのか」と熟考した。「ずっと自分らしく生きることができなかった抑圧された女性の人生が爆発した瞬間、自分の尺度で一番大切なものを選び取った瞬間をしっかり描く」と念頭に置き「塔子だったら、あぁするな」と思いながら、その瞬間を描いている。本作は「二人はどのように生き、何を見たかったのか」と過去から未来までを辿っており「何かを選ぶことで何かを捨てる。捨てられた側は、傷を受ける。傷を与えた罪を背負ってでも覚悟をもって愛し生きていく選択をするのかどうか、塔子に突きつけたかった」と三島監督流の人生の選択を描いた作品が出来上がった。
映画『Red』は全国の劇場で公開中。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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