クーデター後のミャンマーでの拘束から帰還した日本育ちのティンダン監督の帰還を記念し『めぐる』『エイン』がいよいよ劇場公開!
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2021年4月、クーデター後のミャンマーで取材中に、市民の抗議デモを支持したなどとして拘束され、約2年にわたり刑務所に収容されていた、日本育ちのミャンマー人映像作家のティンダン監督が手がけた『めぐる』『エイン』が3月6日(金)より全国の劇場で公開される。
映画『めぐる』は、映像作家のティンダンが、2020年に手がけた群像劇。めぐみは、大切な入社試験の面接の日の朝も、いつもの悪夢にうなされていた。その夢とは、放課後の教室で行われる妹の奈緒への集団いじめと、奈緒が駅のホームへ向かう光景だった。寝坊しためぐみは駅へと走り、途中でスーツを着た男にぶつかりながらも、電車に駆け込む。この駆け込み乗車によるわずかな電車の遅延が、その後さまざまな人々の運命を狂わせることになる。ある1人の小さな行動が、見知らぬ誰かの運命を狂わせ、あるいは救っていく様を通して、他人の人生に思いをはせることの意味を問いただす。脚本は『おじいちゃん、死んじゃったって。』『愛に乱暴』の山﨑佐保子さん。生越千晴さん、小野花梨さん、小出水賢一郎さん、小野孝弘さん、泊帝さん等が出演。監督が拘束されていたため公開が遅れていたが、2026年、ティンダン監督作『エイン』と同時上映で劇場公開が実現した。
映画『エイン』は、ミャンマー生まれで6歳の時から日本で育った映像作家ティンダンが、自身の境遇をもとに、2006年に手がけた作品。異なる文化や言語の中で生きる家族の姿を通して、誰もが抱える“居場所を探す気持ち”を描く。家族でミャンマーから日本へ移住して1年になるアウンメインは、日本人の上司に体調が悪いことも言えず無理をする父親や、新品ではなく古着の服を大量にプレゼントしてくる近隣の女性に笑顔を見せる母親の姿を見て、級友たちの視線に偏見が込められているように感じてしまう。そんなことから次第に”学校”、”日本人”、”家族”というものに反発するようになったアウンメインは、ある日、学校でトラブルを起こして父親と衝突し、家を飛び出してしまう。後についてくる無邪気な弟のウィンタウンとともに、行く当てのない2人が目指した先は………。タイトルの『エイン』はミャンマー語で”家”を意味する。
映画『めぐる』『エイン』は、3月6日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のテアトル梅田や京都・烏丸御池のアップリンク京都で公開。
ティンダン監督は、世の中で起きている出来事に対して、半径5メートル以内のリアリティを以て、端的に映像化できる作家と云えるだろうか。
2020年に手がけた群像劇『めぐる』は、周囲の出来事や人物に不干渉でありながらも、決して自身に起こる数分先の出来事とは関係ない、と言い切れないことを端的に表現している。本作を鑑賞するお客さんは、この”めぐる”という言葉について、最初は、どのような印象を持つだろうか。主人公は、”めぐみ”である。”めぐる”という人物は、群像劇である本作においては、脇役寄りのキャラクターである。だが、思わぬ形で、物語の中心へと近づいていくのだ。鑑賞しながら、ひょっとしたら…と思うかもしれない。最後まで観終えると、このタイトルが持つ意味に気づかされ、様々な感情がうごめくことになるのではないだろうか、と記しておく。
そして、『エイン』は、2006年に手がけられた作品でありながら、まさに今こそ観るべき作品である。自身の中学生時代を思い出してみれば、ミックスの生徒がおり、偶然にも同じ部活の先輩や後輩でもあった。興味津々になってしまう相手であったが、一歩間違えれば、本作のような出来事には、なりかねなかっただろう。それを、ティンダン監督が、自身の境遇をもとにして描いていることが秀逸である。劇中に登場するような人物に出会っただろうか。生まれた国は違え土、お互いが経緯を以て歩み寄っていくことで相互理解ができ、仲を深めることが出来る、と改めて気づかされる作品であった。
短編作品にして、これほどまでに興味深い作品を作り出せるティンダン監督。長編作品なら、どのような作品を手掛けるのか、大いに楽しみにしたい。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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